Peter Robbins + Larry Warren : Rendleshalm UFO 事件を語る
前置き
2015-10-08 収録の動画(2015-11-28 に up)から。この時点では Peter Robbins はまだ Larry Warren とは決別しておらず、Larry Warren の証言を事実だとアピールしている。
関連
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要旨
レンドルシャム事件の経験者と著者
この音源は、1980年のレンドルシャム・フォレスト事件に焦点を当て た、ポッドキャスト番組『フェノメノン・レディオ』のエピソードの文字起こしです。
この番組は、ジョン・バロウズとリンダ・モールトン・ハウがホストを務め、元空軍兵ラリー・ウォーレンと、彼の著書の共著者ピーター・ロビンズをゲストに迎えています。
ウォーレンは、事件の翌年に軍を離れ、1983年に最初にこのUFO遭遇事件を公にした人物であり、その証言と、チャールズ・ホルト中佐の公式メモの公開に至るまでの経緯を詳述しています。
また、ウォーレンとロビンスは、事件の物理的証拠として採取された土壌分析の結果についても議論し、目撃者への軍からの脅迫や情報操作の試みといった、事件の論争的な側面にも触れています。
目次
- 前置き
- 要旨
- レンデルシャムの森事件:ラリー・ウォーレンとピーター・ロビンスによる証言と調査のブリーフィング
-
レンデルシャムの森事件に関するインシデント報告書
- 1.0 事件概要 (Incident Summary)
- 2.0 関係者情報 (Personnel Involved)
- 3.0 時系列による事象の経過 (Chronological Progression of Events)
- 4.0 目撃された物体および現象の詳細分析 (Detailed Analysis of Witnessed Objects and Phenomena)
- 5.0 事件後の対応と影響 (Post-Incident Actions and Effects)
- 6.0 証言の矛盾点と特記事項 (Discrepancies in Testimony and Noteworthy Items)
- レンデルシャムの森事件:情報公開と隠蔽工作に関する調査ジャーナル
- レンデルシャムの森の夜:ラリー・ウォーレンが見た真実
- レンデルシャムの森事件:主要登場人物ガイド
- Larry Warren の証言と役割
- その他の主要目撃者と出来事
- 調査と論争
- 情報源
レンデルシャムの森事件:ラリー・ウォーレンとピーター・ロビンスによる証言と調査のブリーフィング
要旨
このブリーフィング文書は、1980年12月に英国のRAFベントウォーターズ・ウッドブリッジ空軍基地周辺で発生した「レンデルシャムの森事件」に関するポッドキャストの文字起こしを統合・分析したものである。特に、事件の最初の内部告発者である元米空軍兵ラリー・ウォーレン氏と、彼の著書の共著者であるピーター・ロビンス氏の証言と調査に焦点を当てる。
本文書で詳述する主要な点は以下の通りである。
- ラリー・ウォーレンの証言: ウォーレン氏は、事件3日目の夜(1980年12月27日深夜から28日未明)に、森林に隣接するキャペル・グリーンと呼ばれる野原で、物理的な航空機と非人間的な存在との遭遇を直接目撃したと主張している。彼の証言には、基地司令官ゴードン・ウィリアムズ大佐が現場にいたこと、複数の映画カメラが設置されていたこと、そして物体との間でテレパシーによる「相互作用」があったことが含まれる。
- 物理的証拠: ピーター・ロビンス氏が主導した調査により、ウォーレン氏が物体の着陸地点と特定した場所から採取された土壌サンプルから、科学的に異常な結果が示された。これには、土壌のpH値の劇的な変化、4倍以上の鉄分含有量、そして最も重要な点として、砂が溶けてシリカ(ガラスの中間形態)に変化していたことが含まれる。この物理的証拠は、心理作戦(PsyOp)や誤認といった説明を覆す強力な根拠となる。
- 矛盾と論争: ウォーレン氏の証言は、長年にわたり論争の的となってきた。特に、彼が最初に事件を公にした1983年の「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙の記事内容(彼はインタビューを否定)、同僚のエイドリアン・バスティンザ軍曹 の体験談との混同、そして当時の基地副司令官チャールズ・ホルト中佐による長年の存在否定が挙げられる。
- 脅迫と隠蔽工作: ウォーレン氏を含む複数の目撃者は、事件について口外しないよう「弾丸は安い」といった直接的な脅迫を受けたと証言している。また、ウォーレン氏は事件後、空軍から不可解な形で除隊させられており、組織的な隠蔽工作の存在が示唆される。
結論として、レンデルシャムの森事件は、複数の信頼性の高い軍関係者の目撃証言、公式文書(ホルト・メモ)、そして強力な物理的証拠が組み合わさった、UFO研究史上最も重要な事例の一つである。事件から数十年が経過した今もなお、目撃者間の対立や情報の混乱が続いているが、その核心には、通常の説明では解明できない異常現象が存在することが強く示唆されている。
1. 1980年レンデルシャムの森事件の概要
1.1. 事件の時系列
ポッドキャストの司会者リンダ・モールトン・ハウ氏による説明に基づき、事件は1980年12月の3夜にわたって発生した。
| 日付(夜間シフト) | 部隊 | 主な関係者 | 報告された出来事 |
|---|---|---|---|
| 12月25日~26日 | Cフライト | ジョン・バローズ、ジェームズ・ペニストン、エド・カヴァンセック | 森の中で奇妙な光を調査。バローズとペニストンは、光の中から現れた黒い三角形の航空機に遭遇。航空機にはシンボルが浮き出ていた。 |
| 12月26日~27日 | Dフライト | ボニー・タンプリン中尉 | シフト司令官のタンプリン中尉が森の中でジープに光が侵入するのを経験し、恐怖のあまり叫び声を上げ、任務から外された。 |
| 12月27日~28日 | Dフライト | チャールズ・ホルト中佐、ラリー・ウォーレン、エイドリアン・バスティンザ他 | ホルト中佐が調査チームを率いて森に入る。ウォーレンは別部隊と共に森の別の場所で航空機と存在に遭遇したと主張。基地司令官ゴードン・ウィリアムズもいたとされる。 |
1.2. 主要人物
- ラリー・ウォーレン: 事件当時、RAFベントウォーターズに所属していた米空軍兵。1983年に最初に事件を公にした内部告発者であり、本件の中心的な証人。
- ピーター・ロビンス: ウォーレンの著書『Left at Eastgate』の共著者。ウォーレンの証言を検証するため、徹底的な調査を行った。
- ジョン・バローズ: ポッドキャストの司会者であり、事件初日の中心的な目撃者の一人。
- チャールズ・ホルト中佐: 事件当時の基地副司令官。「ホルト・メモ」として知られる公式覚書を執筆。彼の証言とテープ録音は事件の重要な証拠と なっているが、ウォーレンら他の目撃者の存在については長年否定的な立場をとっていた。
- エイドリアン・バスティンザ軍曹: Dフライトの軍曹で、ウォーレンと共に事件に遭遇。事件による精神的トラウマを負い、脅迫も受けたとされる。
- ジェームズ・ペニストン軍曹: 事件初日にバローズと共に航空機に遭遇した中心的な目撃者。
- ゴードン・ウィリアムズ大佐: 事件当時の基地司令官。ウォーレンは、彼が現場におり、非人間的な存在とコミュニケーションをとったと主張している。
2. ラリー・ウォーレンの目撃証言
2.1. 事件当夜の行動
ウォーレン氏は、事件当夜の行動を時系列で詳細に語っている。
- シフト開始前: 日中は非番で、イプスウィッチへ向かう。PXで「Keystone 110」カメラを購入し、基地のメインゲートとウッドブリッジ飛行場の東端の写真を試し撮りした。
- 任務開始: Dフライトの夜勤に就く。当初、前の晩の出来事に関する話は一切なかった。ベントウォーターズ基地の警備ポスト(P-18)に配置される。
- 招集と出動: ポストからピックアップトラックで呼び出される。運転はエイドリアン・バスティンザ(バスティ)。モータープールでライトオール(大型投光器)の準備が行われており、その後、部隊はウッドブリッジ飛行場の東端からレンデルシャムの森へ向かった。
2.2. キャペル・グリーンでの遭遇
ウォーレン氏が所属した部隊は、ホルト中佐の部隊とは別に、森の中のキャペル・グリーンと呼ばれる野原に到着した。
- 現場の状況: 現場には既に多くの米空軍と英国警察の警備担当者が集まっていた。ウォーレン氏は、肩乗せ式のテレビニュースカメラのような映画カメラが2台設置されていたのを目撃した。彼は現場の感覚を「スローダウンしたような、半分のスピードで物事が進むような感じ」と表現している。
- 現象の発生: 地面に霧のようなものが漂っていた。そこにバスケットボールのような琥珀色の光が飛来し、霧の上空で閃光を発した。
- 物体の出現: 閃光の後、その場所には「デルタ形状で、常に変化し続ける、雪のように白い物体」が出現した。金属製や黒い物体ではなかったという。
2.3. 物体と「存在」の描写
ウォーレン氏は、物体から分離した現象と、その中に見たものについて詳述している。
- 物体からシャボン玉のように青みがかった金色の光の球体が分離し、空中に浮かんだ。
- その光の中に、「顔のようなもの」や輝くものが見えた。ウォーレン氏は、自身が「銀色のスーツを着た3体の存在」を直接見たわけではないと強調している。その描写は、他者が目撃したと聞いた話であり、後に「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙によって歪められたものだと主張する。
- 彼は、基地司令官ゴードン・ウィリアムズが現場におり、物体との間に物理的な接触ではなく、テレパシーによる「相互作用(interaction)」があったと考えている。
2.4. 事件後の出来事
- 身体的影響と記憶の欠落: 現場を離れた後、ウォーレン氏は口の中に金属の味を感じ、目がひどく潤むなどの体調不良を経験した。現場を離れてから中央警備指令所(CSC)に戻るまでの記憶が欠落している。
- 母親への電話: 食堂でペニストン軍曹と遭遇した後、基地の公衆電話から母親に電話をかけ、「基地の近くにUFOが着陸した」と話したところ、通話が基地側から切断された。
- デブリーフィングと脅迫: その日の午後、ジークラー司令官のオフィスに呼び出された。そこには私服の人間や海軍関係者もいた。事前に作成された「我々は非番中に光を見た」という内容の供述書に署名させられた。海軍の担当者から尋問を受け、その際に「もし我々を困難にさせるなら、弾丸は安いものだ」という脅し文句を言われた。 また、遭遇した技術は「地球外(off-earth)」のものだと告げられた。
3. 論争と矛盾点
3.1. 「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙の報道
1983年10月2日、ウォーレン氏が「アート・ウォレス」という偽名で「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙に証言したと報じられた。しかし、ウォーレン氏はこれを明確に否定している。
- ウォーレン氏の主張では、彼は同紙の記者キース・ビーブと短時間話したが、実名でのインタビューを拒否した。
- 記事は、ウォーレン氏が研究者ラリー・フォーセットに提供した断片的な情報と、全く別の情報源の話を捻じ曲げて構成されたものであり、彼自身の直接のインタビューに基づくものではないとしている。
- また、ホルト・メモが同紙に渡ったのは、英国の弁護士が25,000ポンドで売却したためだと述べている。