Daryl Bem の予知実験の追試成功が科学界に与えた衝撃
前置き
「Daryl Bem の予知実験」について Jimmy Akin が解説している動画を AI で整理した。
要旨
予知実験と科学論争
この文字起こしは、ポッドキャスト番組「Jimmy Akin's Mysterious World」のエピソード377の一部であり、心理学者ダリル・ベムによる「未来を感じる(Feeling the Future)」と題された予知実験とそれを取り巻く科学論争について焦点を当てています。
ベムの実験は、被験者が将来の出来事についての情報を無意識に知覚する能力、すなわち予知能力を持っている可能性を強く示唆し、その結果は統計的に非常に有意であり、懐疑的な科学界に大きな衝撃を与えました。
この議論では、予知現象の科学的根拠、頻度論的統計とベイズ統 計の適用、そして再現性(レプリケーション)の重要性といった主要な科学的手法の問題が掘り下げられ、多くの懐疑論者が結果を受け入れ難いと感じたにもかかわらず、その後のメタ分析でもベムの結論が裏付けられたことが解説されています。
目次
- 前置き
- 要旨
- ダリル・ベムの予知実験と科学的論争に関するブリーフィング
- 「未来を感じる」— 心理学者ダリル・ベムの驚くべき9つの予知実験を徹底解説
- 科学を揺るがした「予知実験」から学ぶ、科学的思考のレッスン
- 予知実験が暴いた科学の脆さ:ダリル・ベム論文が心理学に残した教訓
- 研究論文レビュー:ダリル・ベムの『Feeling the Future』が提起した予知能力の科学的証拠とその論争
- 実験の概要と背景
- 予知実験の具体例
- 実験結果と統計的意義
- 科学界の論争と反応
- 再現性
- 情報源
- 文字起こし(話者識別)
ダリル・ベムの予知実験と科学的論争に関するブリーフィング
エグゼクティブ・サマリー
2011年、社会心理学者のダリル・ベムは、権威ある学術誌『Journal of Personality and Social Psychology』に『Feeling the Future』と題する論文を発表し、科学界に衝撃を与えた。この論文は、一般の人々が未来の出来事を無意識に予知する能力を持つことを示唆する9つの実験結果を報告した。実験のうち8つは統計的に有意な結果を示し、その総合的な結果は、偶然によって生じる確率が数十億分の1以下(6.5シグマ)という驚異的なものであった。
この発見は、特に懐疑的な科学者たちから激しい反発を招き、「狂気の沙汰」とまで評された。批判は主に、①探索的研究と確証的研究の混同、②ベイズ統計学ではなく頻度論的統計学を使用したこと、③未発表の研究が結果を歪める「ファイルドロワー効果」、④再現性の欠如、という4点に集中した。
しかし、これらの批判に対してベムと彼の擁護者たちは、統計的手法を用いた反論や、再現研究の重要性を強調することで応じた。ベム自身が実験手法を公開し、再現を奨励した結果、2016年には彼の研究を含む90の実験(33の研究室、14カ国)を対象としたメタ分析が発表された。この分析でも、予知の存在を支持する結果は6シグマを超え、ベムの当初の結論を強力に裏付けた。ベイズ統計学を用いた分析でも、その証拠は「決定的」と評価された。本資料は、ベムの実験、その結果、巻き起こった論争、そして再現研究による検証の全容を詳述する。
1. 序論:ダリル・ベムと『Feeling the Future』論文
ダリル・ベムは、コーネル大学の社会心理学者であり、当初は主流の心理学を専門としていたが、1990年代から超心理学の研究に関心を持つようになった。彼の研究の集大成として、2011年に発表された論文が『Feeling the Future: Experimental Evidence for Anomalous Retroactive Influences on Cognition and Affect』 (未来を感じる:認知と感情に対する異常な遡及的影響の実験的証拠)である。
この論文が主流の心理学界で非常に権威のある学術誌に掲載されたことが、その影響を一層大きなものにした。論文の核心は、人間が未来の出来事から無意識に情報を受け取る能力(予知)を持つという仮説を検証した9つの実験の結果報告であった。
主な発見:
- 実施された9つの実験のうち、8つで統計的に有意な結果が得られた。
- 9つの実験結果を統合すると、そのp値は2.6 x 10⁻¹¹となり、偶然による結果である確率は約370億分の1に過ぎなかった。
- この結果は統計的に6.5シグマに相当し、素粒子物理学において新粒子の発見を宣言するために必要とされる「ゴールドスタンダード」の5シグマを大きく上回っていた。
2. 9つの予知実験の概要
ベムの実験設計の独創性は、確立された標準的な心理学実験のプロトコルを基にしながら、原因(刺激)と結果(反応)の順序を逆転させた点にある。これにより、通常の因果関係ではなく、未来の出来事が現在の反応に影響を与える「遡及的因果(retro-causation)」、すなわち予知を検証することが可能になった。
| 実験番号 | 実験名 | 目的と手法 |
|---|---|---|
| 実験1 | エロティックな刺激の予知的検出 | 参加者は2つのカーテンのどちらかの後ろに画像があると信じて選択する。選択後、コンピューターがランダムに画像の表示位置を決定する。セクシーな画像が未来に表示される位置を、偶然(50%)以上に正しく選択できるかを検証した。 |
| 実験2 | ネガティブな刺激の予知的回避 | 参加者は2つの鏡像画像のどちらを好むかを選択する。選択後、コンピューターはランダムに片方を「ターゲット」と定め、選択が一致すればポジティブな画像を、不一致ならばネガティブな画像(攻撃的な犬など)をサブリミナルで表示する。未来の罰(ネガティブ画像)を無意識に避けられるかを検証した。 |
| 実験3 | 遡及的プライミング | 参加者は画像がポジティブかネガティブかを判断する。判断後、コンピューターがランダムにポジティブまたはネガティブな単語(プライム)を表示する。未来に表示されるプライム単語と画像の感情価が一致する場合、判断時間が短縮されるかを検証した。 |
| 実験4 | 遡及的プライミング(再現) | 実験3の再現。ただし、プライム単語を画像と意味的に関連するものに限定し、手続きを洗練させた。 |
| 実験5 | 遡及的馴化 | 参加者は2つの類似画像から好む方を選択する。選択後、コンピューターはランダムに片方をターゲットとし、その画像をサブリミナルで繰り返し表示する。未来で繰り返し接触する画像を、より好ましく感じるかを検証した。 |
| 実験6 | 遡及的馴化(再現) | 実験5の再現。ただし、刺激にセクシーな画像を追加した 。セクシーな画像は繰り返し見ると飽きが生じるため、未来で繰り返し表示される画像を逆に好まなくなるという仮説も検証した。 |
| 実験7 | 遡及的退屈誘導 | 参加者は2つの中立的な画像から好む方を選択する。選択後、コンピューターが片方をターゲットとし、その画像を意識的に知覚できる長さで繰り返し表示する。未来の反復表示によって生じる「退屈」を予知できるかを検証した。この実験のみが統計的有意水準に達しなかった(p値 = 0.096)。 |
| 実験8 | 遡及的想起促進 | 参加者に単語リストを提示し、覚えている単語を答えてもらう。その後、コンピューターがリストの半分の単語をランダムに選び、参加者にその単語を練習させる。未来で練習することになる単語を、現在においてより多く想起できるかを検証した。 |
| 実験9 | 遡及的想起促進(再現) | 実験8の再現。練習方法を一部変更して実施した。 |
3. 科学界の反応と主要な批判
ベムの論文は、科学界、特に懐疑論者たちの間で激しい反発を引き起こした。彼の仮説は、「狂気が狂気の上に積み重なったもの」と見なされた。なぜなら、①予知が存在し、②訓練されていない一般人がそれを使用し、③しかも無意識かつ常時使用している、という三重の意味で常識に反すると考えられたからだ。
ある著名な心理学者は論文を読んで「 物理的に気分が悪くなった」と述べ、また別の心理学者は「結果は明らかに不正操作されている」と断じた。これらの感情的な反応とは別に、科学的方法論に基づいた主要な批判が4つ提起された。
- 探索的研究と確証的研究の混同
- 批判者たちは、ベムが仮説を生成するための探索的研究と、仮説を厳密に検証するための確証的研究を明確に区別していなかった可能性を指摘した。実験の途中で手順を変更すると、意図した結果を導きやすくなる危険性がある。
- ベイズ統計学の不使用
- ベムは、心理学で標準的な頻度論的統計学(p値など)を用いた。しかし批判者たちは、特に「ありそうもない」仮説を評価する際には、事前の信念(prior beliefs)を考慮に入れるベイズ統計学を用いるべきだと主張した。
- ファイルドロワー効果(出版バイアス)
- 学術誌は肯定的な結果(統計的に有意な結果)が出た研究を掲載し、否定的な結果(有意差なし)が出た研究を掲載しない傾向がある。このため、ベムの肯定的な結果だけが公表され、予知を否定する多くの未発表研究が「ファイルキャビネットの中(in file drawers)」に眠っているのではないかという懸念が示された。
- 再現性の必要性
- 科学において、ある発見が本物であると認められるためには、独立した第三者による再現実験で同じ結果が得られることが不可欠である。批判者たちは、ベムの結果が再現されるまでは結論を保留すべきだと主張した。
4. 批判への 反論と再現研究の結果
ベムと彼の支持者たちは、これらの批判に対して詳細な反論を行った。そして最終的には、最も重要な検証である再現研究によって、その主張の妥当性が試されることになった。
ベム側の応答
- 探索的研究と確証的研究について: ベムは、研究の初期段階では後年ほど厳密ではなかった部分があったことを認めつつ、最終的な解決策は再現研究にあると主張した。
- ベイズ統計学について: ベムは2人の統計学者と共に、自身のデータをベイズ統計学で再分析した論文を発表。その結果、予知仮説を支持するベイズ因子は13,669となり、一般的に「決定的な証拠」とされる基準値100をはるかに超えることを示した。
- ファイルドロワー効果について: 2016年のメタ分析では、公表された効果を統計的に無意味なレベルまで引き下げるには、544件もの未発表の失敗研究が存在する必要があると算出された。超心理学分野の研究者の総数を考えると、これは非現実的な数字であると結論付けられた。
再現性の検証:2016年のメタ分析
ベムは当初から再現を奨励しており、実験に必要なプログラムや資料を誰でも利用できるように公開していた。これにより、世界中の研究室で再現実験が行われた。
2016年、ベムと彼の共同研究者たちは、これまでの再現研究を統合したメタ分析の結果を発表した。
- 対象: ベム自身の研究を含む、14カ国33の研究室で実施された90の実験。
- 頻度論的分析の結果:
- 全90実験を統合した結果は6シグマを上回り、p値は1.2 x 10⁻¹⁰(偶然である確率は約100億分の1)であった。
- ベムの最初の9実験を除外しても、p値は1.1 x 10⁻⁵(偶然である確率は約10万分の1)であり、依然として非常に高い統計的有意性を示した。
- ベイズ分析の結果:
- 全実験を統合したベイズ因子は51億(5.1 x 10⁹)に達した。
- ベムの実験を除外しても、ベイズ因子は3,853であり、どちらも「決定的な証拠」の基準値100を大幅に超えていた。
このメタ分析は、ベムの実験結果が単なる偶然や研究上の欠陥によるものではなく、再現性のある現象であることを強力に示唆している。
5. 信仰の観点からの考察
カトリック教会の理解では、ベムが発見したような現象は信仰と必ずしも矛盾しない。特に、教会の博士と称される聖人たちは、人間が持つ自然な能力としての予知を認めていた。
- 聖グレゴリウス大教皇: 「魂は時として、それ自身の精妙な力によって未来を予見することがある」と述べており、人間の魂が持つ自然な能力としての未来予知の可能性に言及した。
- 聖トマス・アクィナス: 神から与えられる超自然的な預言とは区別される「自然的預言」という概念を提唱した。この自然的預言は、 infallible(誤り得ない)ではなく、蓋然的な未来の知識をもたらすものであり、現代の超心理学が示す予知の確率論的な性質と一致する。
したがって、ベムの研究結果は、キリスト教の教えと根本的に対立するものではないと解釈できる。
6. 結論
ダリル・ベムが2011年に発表した『Feeling the Future』論文は、一般人が無意識に予知能力を使用している可能性を示唆し、科学界に大きな論争を巻き起こした。当初は懐疑論者から方法論的な欠陥や統計解釈の誤りを厳しく批判されたが、ベムとその支持者たちはこれらの批判に反論し、最終的には科学的検証の根幹である再現研究にその結論を委ねた。
2016年の大規模なメタ分析は、独立した多数の研究室による再現実験を統合した結果、ベムの当初の発見を裏付ける強力な証拠を示した。頻度論的統計とベイズ統計の両方で得られた結果は、予知現象が統計的に頑健で再現可能であることを示唆している。この一連の出来事は、常識に反すると思われる現象であっても、厳密な科学的手法によって検証され、その証拠が積み重ねられた重要な事例と言える。
「未来を感じる」— 心理学者ダリル・ベムの驚くべき9つの予知実験を徹底解説
導入:科学界を揺るがした「予知」の実験
この記事の目的は、コーネル大学の社会心理学者ダリル・ベムが行った、「未来予知」に関する9つの画期的な実験の概要を 、専門用語をできるだけ避け、平易な言葉で分かりやすく解説することです。
2011年、ベムは「Feeling the Future(未来を感じる)」と題された論文を発表しました。この論文が、エリートで非常に尊敬されている主流の心理学雑誌『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載されたことで、科学界に衝撃が走りました。なぜなら、彼の実験結果は、私たちの常識を根底から揺るがすものだったからです。
この研究が検証しようとした核心的な問いは、非常にシンプルかつ深遠なものです。
人間の脳は、まだ起きていない未来の出来事を無意識に察知できるのか?
この問いに、ベムは厳密な科学実験の手法で挑みました。
1. ベム実験の核心的アイデア:時間を逆転させる
ベムの実験がいかに独創的であったか、その秘密は「時間の逆転」というシンプルなアイデアにあります。彼は、すでに確立されている心理学の実験モデルを取り上げ、その「原因(刺激)」と「結果(反応)」の順序を単純に逆転させたのです。
この「時間逆転」のコンセプトを最も直感的に理解できるのが、彼が行った9つの実験のうちの8番目、「逆行性記憶促進」です。
通常の記憶実験は、以下の手順で行われます。
- 単語リストの学習(原因): 参加者に単語のリストを見せます。
- 一部の単語の練習: リストの一部の単語を練習させます。
- 記憶テスト(結果): リスト全体の単語をどれだけ覚えているかテストします。
この場合、練習した単語の方がよく思い出せるのは当然です。
しかし、ベムはこの順序を逆転させました。
- 単語リストの学習: 参加者に単語のリストを見せます。
- 記憶テスト(結果): 先に、どれだけ覚えているかテストします。
- 一部の単語の練習(原因): テストの後で、コンピューターがランダムに選んだ単語を練習させます。
これはまるで「宿題をやる前にテストを受ける」ようなものです。常識的に考えれば、未来に行う練習が現在のテスト結果に影響を与えるはずがありません。しかし、ベムは「もし予知能力が存在するなら、未来に練習する単語を無意識に感じ取り、現在のテストの時点で、その単語をより多く思い出せるのではないか?」という仮説を立てました。
それでは、この独創的なアイデアに基づいた9つの具体的な実験を、一つずつ詳しく見ていきましょう。
2. 9つの予知実験:その巧妙な手法と仮説
ベムの9つの実験は、検証する心理現象によって大きく3つのグループに分けることができます。
グループA:本能的な「引き寄せ」と「回避」の実験
このグループは、人間が持つ本能的な反応が、未来の出来事によって影響を受けるかを検証しました。
実験1:魅力的な刺激の予知
- 仮説: 人々は、未来に提示される「性的な画像」を無意識に予知し、それを引き寄せようとするのではないか。
- 実験手順:
- 参加者は、コンピューター画面の左右に表示された2つのカーテンのうち、絵が隠されていると思う方をクリックします。
- 重要なのは、参加者がクリックを終えた後で、コンピューターがランダムにどちらかのカーテンの裏に性的な画像(または中立的な壁の画像)を配置することです。
- もし予知能力があれば、偶然の確率である50%を超えて、性的な画像が配置されるカーテンを選択するはずです。
実験2:不快な刺激の予知的回避
- 仮説: 人々は、未来に提示される「不快な画像」を無意識に予知し、それを避けようとするのではないか。
- 実験手順:
- 参加者は、左右に並んだ瓜二つの画像(鏡像)のうち、好ましいと思う方をボタンで選びます。
- 参加者が選択を終えた後、コンピューターがランダムにどちらかを「ターゲット」として決定します。
- もし参加者が未来の「ターゲット」を選んでいれば、ご褒美としてポジティブな画像(例:美しい夕焼け)がサブリミナル(意識に上らないほど一瞬)で表示されます。外れていれば、罰としてネガティブな画像(例:獰猛な犬)が表示されます。
- もし予知能力があれば、罰を避けるために、未来の「ターゲット」を偶然の確率(50%)以上に選択するはずです。
本能的な反応だけでなく、ベムはより高度な認知プロセスである「プライミング」にも未来からの影響が及ぶのかを検証しました。
グループB:「未来からのヒント」で反応は変わるか? (プライミング実験)
まず、「プライミング効果」とは、先に見聞きした情報(プライム)が、その後の判断や行動に無意識のうちに影響を与える心理現象です。例えば、「美しい」という単語を見た後では、美しい夕焼けの写真を「ポジティブだ」と判断するス ピードが速くなります。
実験3 & 4:逆行性プライミング
- 仮説: 未来に表示される「プライム単語」が、現在の画像の判断速度に影響を与えるのではないか。
- 実験手順:
- 参加者は、画面に表示された画像(例:美しい夕焼け、獰猛な犬)がポジティブかネガティブかを、できるだけ速くボタンを押して判断します。
- 参加者が判断を終えた後で、コンピューターがランダムにポジティブな単語(例:beautiful)またはネガティブな単語(例:ugly)をプライムとして表示します。
- もし予知能力があれば、未来に表示されるプライム単語と画像の感情が一致する場合(例:夕焼けの画像 → beautifulという未来の単語)、反応時間が速くなるはずです。
反応速度だけでなく、未来の出来事が現在の「好み」にまで影響を与える可能性について、ベムはさらに探求を進めました。
グループC:未来の「慣れ」と「飽き」が現在の好みを左右する (ハビチュエーション実験)
次に、「ハビチュエーション(慣れ)」の効果です。これは、何度も見たり聞いたりしたものに対して、人は親しみを覚え、好意を抱きやすくなる心理現象です。
実験5, 6, 7:逆行性ハビチュエーションと退屈
- 仮説: 未来に何度も繰り返し見せられる画像に対して、現在時点ですでに「慣れ」を感じ、より好ましく思うのではないか。また、性的な画像の場合は未来の反復提示で「飽き」が生じ、逆に好ましく思わなくなるのではないか。
- 実験手順:
- 参加者は、2枚の似た画像のうち、どちらが好きかを選択します。
- 参加者が選択を終えた後で、コンピューターがランダムにどちらか一方を「ターゲット」として選びます。
- その後、選ばれた「ターゲット」画像が何度も繰り返し(サブリミナル、または意識的に)表示されます。
- 中立的またはネガティブな画像(実験5)の場合、未来に繰り返し表示される方の画像を、現在時点ですでに「慣れ親しんだ」ものとして好みやすく(偶然の50%以上に)なると予測されました。
- 性的な画像(実験6)では、新たな仮説が検証されました。未来の反復提示による「飽き」を予知し、逆にその画像を好まなくなる(選択率が50%以下に)のではないか、というものです。この効果が実際に観測されたため、続く実験7では「退屈」という現象に焦点を当てたデザインが採用されました。
これら独創的な9つの実験は、一体どのような結果をもたらしたのでしょうか。その衝撃的なデータを見ていきましょう。
3. 結果:偶然では説明できない驚異的なデータ
実験結果は、驚くべきものでした。9つの実験のうち、実に8つで、「統計的に有意な」結果、つまり偶然とは考えにくい明確な効果が確認されたのです。
ここで、「統計的有意性」や「p値」という概念を簡単に説明します。
- p値: ある実験結果が「単なる偶然」によって得られる確率を示します。
- p値が0.05未満: 科学の世界では、これが「統計的に有意」と判断される一つの基準です。これは、「その結果が偶然である可能性が5%未満(20回に1回未満)であること」を意味します。
ベムの実験では、8つの実験がこの基準をクリアしました。しかし、本当に衝撃的なのは、9つの実験結果をすべて統合した際の数値です。
| 評価指標 | 結果 | 説明 |
|---|---|---|
| p値 | 2.6 x 10⁻¹¹ | 結果が偶然である確率は、約370億分の1 という天文学的な低さでした。 |
| シグマレベル | 6.5シグマ | これは、素粒子物理学で新粒子発見の「ゴールドスタンダード」とされる「5シグマ」(偶然である確率が約170万分の1)をはるかに超える驚異的な数値です。 |
物理学の世界であれば、新粒子の発見を宣言できるレベルを遥かに超える強力な証拠が、心理学の実験で示されたのです。
これほど強力なデータが示されたにもかかわらず、科学界はこれを素直に受け入れることができませんでした。なぜなら、それ は常識を根底から覆すものだったからです。
4. 科学界の衝撃と論争、そして「再現」の重要性
ベムの論文が発表されると、懐疑的な科学者たちから強烈な拒否反応が巻き起こりました。ある著名な心理学者は「狂気の沙汰だ、純然たる狂気だ」と述べ、別の科学者は論文を読んで「気分が悪くなった」とさえ語っています。
この結果は、既存の科学的世界観に対するあまりに大きな挑戦であったため、単に「予知は存在しない」と結論づけるのではなく、「科学(という手法)自体が根本的に壊れているに違いない」と主張する記事まで現れるほど、議論は過熱しました。
このような反応の中で、科学が最も重要視する原則が前面に押し出されます。それは「再現性」です。一つの研究だけでは結論は出せません。他の独立した研究者が同じ実験を追試して、同じ結果が得られることが不可欠なのです。
しかし、この再現性の議論において、しばしば見過ごされがちな重要な事実があります。それは、超心理学の研究者たちが、主流の科学者たちよりも methodologicalな基準を高く設定する傾向があるという点です。例えば、結果が出なかった研究が公表されず、成功例だけが世に出る「ファイル・ドロワー効果(出版バイアス)」という問題に対し、超心理学の学術誌は早くか ら「有意な結果が出なかった研究」も積極的に掲載してきました。また、実験計画を事前に公開する「事前登録」といった不正を防ぐ手法も、他の分野に先駆けて取り入れています。
この「再現性」という科学の根幹をなす要求に、世界中の研究者たちが応えました。そして数年後、その集大成となる衝撃的な報告が発表されたのです。2016年に発表されたメタ分析(複数の研究結果を統合して分析する手法)です。
その結果は、再び科学界を驚かせました。
- 対象: 14カ国、33の研究室で行われた90の実験
- 結果: ベムの最初の実験結果は再現され、全体として6シグマを超える非常に強力な効果が確認された。(p値は1.2 x 10⁻¹⁰、偶然である確率は約100億分の1)
- 洞察: ベムの元々の実験データを除外し、再現実験の結果だけを分析しても、ベイジアン統計という手法において「決定的証拠」とされる基準(ベイズファクター100)をはるかに超える3,853という値が示された。
このメタ分析は、ベムが見出した現象が、彼一人の研究室だけの特殊な結果ではないことを強力に示唆しました。
5. まとめ:私たちは皆、無意識に未来を感じているのかもしれない
この記事で解説したダリル・ベムの研究は、 巧妙にデザインされた実験手法によって、ごく普通の大学生の中に、まだ起きていない「未来からの影響」が存在することを示唆しました。
この研究の最も重要な洞察は、超能力者のような特殊な人物が特別な能力を発揮するのではなく、「ごく普通の人間が、日常生活の中で無意識に予知能力を使っている」可能性を示した点にあります。未来に魅力的な出来事があればそれを引き寄せ、不快な出来事があればそれを避けようとする。未来のヒントを無意識に得て現在の判断を速め、未来に慣れ親しむものに現在から好意を抱く。これらは、私たちが日々経験していることかもしれません。
ベムの実験は、時間と意識についての私たちの理解に、大きな問いを投げかけています。もしかしたら、私たちが感じる「直感」や「虫の知らせ」には、まだ科学が解明しきれていない、未来からの微かなシグナルが含まれているのかもしれません。
科学を揺るがした「予知実験」から学ぶ、科学的思考のレッスン
導入:科学の世界を震撼させた論文
2011年、著名な心理学誌『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載された一編の論文が、科学界に大きな衝撃を与えました。コーネル大学の社会心理学者ダリル・ベムが発表したその論文のタイトルは「Feeling the Future」。内容は驚くべきもので、「人間には未来の出来事を無意識に感知する予知能力がある」ことを、一連の実験によって証明したと主張するものでした。
さらに科学者たちを驚かせたのは、その実験結果が偶然である確率が約370億分の1という、統計的に極めて強力な証拠を伴っていたことです。常識を覆す主張と、無視できないほどの強力なデータ。この論文は、科学の正しさを測る物差しとは何か、そして科学はどうあるべきかという、根源的な問いを投げかけ、科学界を揺るがす大論争へと発展していきました。