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AI整理 : 1999-07、フランスの UFO 研究報告: Cometa 報告書

· 約86分
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前置き

Cometa 報告書(1999-07 に公開された、フランスの UFO 研究報告)の 英文 pdf を AI(NotebookLM) で整理した。AI によって、80ページを超えるこの英文資料をまともに取り扱うことが可能となった。

重要なのは、フランス政府の専門家集団による準公式な調査報告書だということ。素人(Mick West や CSICOP といった UFO 否定派は軍事や航空工学の専門知識が欠如し、航空機の実務経験も皆無という意味で全くの素人。天文学の博士であろうと同様)の発言とは雲泥の差がある。

要旨

AI

フランスにおけるUFO研究:コメタ報告書

本資料は、フランスの‌‌COMETA協会によるUFOに関する独立報告書‌‌からの抜粋です。

この報告書は、‌‌UFO現象を科学的かつ戦略的な観点から分析‌‌しており、フランス国家高等防衛研究所(IHEDN)の専門家たちが作成に関わっています。‌‌UFOの目撃情報、その科学的仮説、そして防衛、政治、宗教、メディアへの影響‌‌について詳細に論じられています。

特に、‌‌世界各地で報告されたレーダーと目視によるUFO遭遇事例‌‌や、‌‌磁気流体力学(MHD)推進などの先進技術‌‌がUFOの挙動を説明する可能性について考察されています。最終的に、‌‌UFO現象が地球外生命体によるものであるという仮説‌‌が、現在最も有力な科学的説明であると示唆し、‌‌フランスおよび国際社会がこの問題にどのように対応すべきか‌‌について具体的な提言を行っています。

目次

  1. 前置き
  2. 要旨
  3. AI の要約動画
  4. 概要
    1. I. 報告書の目的と背景
    2. II. 未解明なUFO現象の証拠
    3. III. 研究の組織と方法
    4. IV. UFO:仮説とモデリングの試み
    5. V. 各国における研究の組織
    6. VI. UFOと防衛
    7. VII. 結論と提言
  5. 時系列
  6. 主要関係者
  7. 情報源

AI の要約動画

概要

AI

COMETA 報告書: UFOと防衛の考察

COMETA報告書:主要テーマと重要事項のレビュー

このブリーフィング文書は、フランスのCOMETA(深層研究委員会)協会によって作成されたUFOに関する独立報告書「UFOと防衛:何に備えるべきか?」の主要テーマと最も重要なアイデアまたは事実をレビューすることを目的としています。この報告書は、フランス国防高等研究院(IHEDN)による研究結果を詳細に記したもので、1999年7月にVSD誌の特別号に掲載されました。

I. 報告書の目的と背景

COMETA報告書は、未確認飛行物体(UFO、より科学的には未確認航空宇宙現象:UAP)に関する現象を「非合理的な層から剥ぎ取る」ことを目的としています。フランス国立宇宙研究センター(CNES)の元議長であるアンドレ・ルボー教授は、序文で、科学界がUFO現象を「人気のある神話の範疇に入る」ものとして軽視する傾向があることを指摘しています。しかし、彼は、現象が「集団的かつ議論の余地なく可視的」である場合、科学的事実の地位に昇格させることができると主張しています。

  • 科学的アプローチの必要性: ルボー教授は、「強い非合理的な環境の存在そのものが、UFOの問題にこの方法の教訓を適用するもう一つの理由である」と述べています。これは、UFO現象を客観的かつ科学的な方法で調査することの重要性を強調しています。
  • 事実の確立: 報告書は、GEPAN(未確認航空宇宙現象研究グループ、後のSEPRA)の作業に裏打ちされており、「目撃情報、証言、および説明された事例の分析に大きな位置を与えている」とルボーは述べています。

元IHEDN所長であるベルナール・ノルラン将軍は、「具体的な問題が提起されており、行動という観点からの対応が求められている」と述べ、この研究が純粋な学術研究ではないことを強調しています。COMETA委員会は、国防、産業、教育、研究など、様々な分野の専門家から構成されており、UFO現象のあらゆる側面に対処することを目指しました。

デニス・レティ空軍将軍(COMETA委員長)は、「よく文書化され、信頼できる証人によってなされた目撃情報の蓄積は、未確認飛行物体、すなわちUFOの起源、特に地球外起源仮説に関して、今後あらゆる仮説を考慮することを強いる」と述べ、研究の開放性を強調しています。

II. 未解明なUFO現象の証拠

報告書の第一部では、フランス国内外の注目すべき事例を複数紹介し、現象の物理的実在と既存の科学的知識では説明できない特性を強調しています。

A. フランスのパイロットの証言

  • ミラージュIVパイロット(1977年3月7日): ヘルベ・ジローパイロットとナビゲーターは、9600mの高度でマッハ0.9の速度で飛行中、非常に明るい光を目撃しました。その光は、驚異的な速度と機動性でミラージュIVを追跡し、航空機を追い抜き、後方に位置取りました。レーダー管制官は対応するレーダー接触を検知しませんでした。「戦闘機だけがAlおよびA2(それが同じ機体であるかどうかにかかわらず)の性能(速度、機動性)に匹敵する性能を持っていたはずである。この場合、C(管制官)はその航空機のレーダー接触を持っていたはずである...この高度では、ミラージュIVの近くに他の交通がなかったため、彼はそれをよりよく見ていたはずである。」さらに、音速を超える速度を示唆するにもかかわらず、「音速爆音は発生しなかった」。
  • 戦闘機パイロット(1976年3月3日): ツアーの戦闘飛行学校の訓練生パイロットであるクロード・ボスク大佐(当時は匿名希望)は、夜間ソロ飛行中、巨大な緑色の光の球体が自身の航空機に向かってきて、間一髪で衝突を回避する様子を目撃しました。球体は「非常に明るく、リン光性の緑色の光に包まれて」おり、パイロットの右翼をかすめました。レーダー管制官は何も検知していませんでした。
  • エールフランス3532便(1994年1月28日): ジャン=シャルル・デュボック機長とヴァレリー・ショーファー副操縦士は、高度11,900mで飛行中、気象バルーンのような現象を最初に目撃しましたが、すぐにそれが既知の航空機とは異なることに気づきました。物体は「茶色のベルのような形から栗色のレンズ状の形に変形」し、ほぼ瞬時に消失しました。ランス航空管制センターは、付近の航空機の存在を確認できませんでしたが、同時刻に「Cinq-Mars-la-Pile管制センターによって開始されたレーダートラックを記録し、その位置と時間が観測された現象と一致した」。物体は約250mの長さと推定され、パイロットの視界とレーダーから同時に消失しました。

B. 世界中の航空事例

報告書は、視覚とレーダーの両方で検出された、または多数の独立した証人によって観測された注目すべき国際的なUFO事例を挙げています。

  • レイクンヒース(英国、1956年8月13-14日): USAFとRAFの共同基地で、レーダーが未確認物体を検出しました。物体は「信じられないほどの速度」で移動し、地上からも明るい光として視認されました。レーダー技術者は、物体が「静止状態から時速600~950kmの速度に突然移行した」と報告しています。RAFの夜間戦闘機が追跡を試みましたが、UFOは戦闘機をはるかに上回る機動性を示し、追跡を振り切りました。コンドン委員会のレーダー専門家であるセイヤーは、「情報の高い信頼性と報告の一貫性および継続性、ならびにそれらの高い『奇妙さ』を考慮すると、このUFO事件は今日まで知られている中で最も厄介な事件の一つである」と結論付けています。
  • RB-47機(米国、1957年7月17日): RB-47爆撃機は、視覚、レーダー、およびパルスマイクロ波放射によって検出された発光する未確認飛行物体に遭遇しました。物体は、航空機を追い抜き、周囲を旋回し、航空機と一定の距離を保ちながら、パイロットの機動に追随しました。物体からの信号は地上のレーダーと同じ特性を持っていましたが、パルス長が異なっていました。
  • テヘラン(イラン、1976年9月18-19日): テヘラン空港管制塔は、空に「奇妙な静止した発光物体」を報告する複数の電話を受けました。迎撃に送られたファントムF-4は、物体に近づくと計器と通信手段が停止しました。2機目のF-4が接近すると、UFOは加速し、F-4と一定の距離を保ちました。UFOから発射されたと思われる小さな物体がF-4に接近した際、パイロットの射撃管制装置と通信が再び停止しました。DIA(国防情報局)の報告書は、この事件を「正当なUFO現象の研究に必要なすべての条件を満たす古典的な事件」と評しています。
  • ロシア(1990年3月21日): 空軍防衛軍司令官のイゴール・マルツェフ航空将軍は、100~200mの円盤状物体が「軸を中心に回転し、垂直および水平面の両方でS字型の機動を行った」と報告しました。物体は「現代の戦闘機の2~3倍の速度」で飛行し、「いかなる種類の騒音も伴わず、驚くべき機動性」を示しました。「UFOは完全に慣性が欠如しているように見えた。言い換えれば、何らかの形で重力に打ち勝っていた」。
  • サン・カルロス・デ・バリローチェ(アルゼンチン、1995年7月31日): アエロリネアス・アルヘンティナス674便が着陸準備中に、町全体の停電が発生しました。航空機が着陸進入中に、別の巨大な航空機のような物体が平行に飛行し、空港の照明も消えました。物体は航空機の後方に移動し、静止し、垂直に上昇し、再び静止した後、アンデス山脈の方向に消失しました。この事件は、複数の独立した目撃者、電磁現象(照明の消滅)、および物体の異常な軌跡によって注目されました。

C. 地上からの目撃情報

  • アンタナナリボ(マダガスカル、1954年8月16日): 数百人の目撃者が、高速で移動する「大きな」緑色の「球体」を目撃しました。物体は「金属製のラグビーボールのような形をしており、明確に分離された緑色のレンズ状の部分が先行し、後方からは火花が出ていた」と表現されています。物体が移動すると、店の電気が消え、動物たちは「本当の不安」を示しました。
  • ディスクの目撃(フランス、1979年12月9日): 元空軍中佐のジャン=ピエール・ファルテックと彼の妻は、直径20m、厚さ7mの「2枚の重ねられたソーサーのような形」の物体が地上約3mをホバリングしているのを目撃しました。物体は金属灰色の上面と暗い(青みがかった)下面を持ち、「騒音を立てず、地上に乱気流も痕跡も残さず、非常に高速で水平方向に飛び去った」。
  • ロシアのミサイル基地(1989年7月28-29日): KGBが機密解除した文書によると、軍関係者はカプースチン・ヤール近郊のミサイル基地で、夜間に最大3つのUFOを同時に目撃しました。物体は「ぎくしゃくした動き、非常に突然の始動と停止、および静止期間」を示し、「電光石火の速さで逃げ去り、航空機がホバリングしているような印象を与えた」。

D. フランスでの接近遭遇

  • ヴァランソル(フランス、1965年7月1日): モーリス・マッセは、ラベンダー畑で「6本の足と中央の軸に立つ『ドーフィン』自動車を思わせる」物体と、2人の小さな存在を目撃しました。存在の一人が彼にチューブを向けた後、マッセは「完全に動けなくなり、麻痺したが、目の前で起こっている出来事を完全に意識していた」。物体は音を立てずに離陸し、痕跡を残しました。憲兵隊の調査により、物体が着陸した場所に「地面に刻まれた窪み」と、その領域のラベンダー畑が数年間「乾燥した」ままであったことが確認されました。
  • キュサック(フランス、1967年8月29日): 2人の子供が、非常に明るい球体と、その近くにいる身長1.20m以下の「小さな黒い存在」を4人目撃しました。存在たちは球体に戻り、球体は「シューという音を立てて離陸し、高速で連続的ならせん状の動き」で空に上昇しました。犬は吠え、牛は鳴き始め、「非常に強い硫黄の臭い」が空気中に充満しました。現場に到着した憲兵は、子供たちが示した場所に「地面に足跡」を発見し、硫黄の強い臭いを記録しました。
  • トランス=アン=プロヴァンス(フランス、1981年1月8日): 一人の男性が、自分の庭に無音の金属物体が着陸し、数秒後に高速で飛び去るのを目撃しました。物体は「卵形」で「明らかな突起、翼、操縦翼面、またはエンジン」はありませんでした。憲兵隊とGEPANの綿密な調査により、着陸地点の土壌と植物サンプルが分析され、「未確認の重金属物体が実際に地球のプラットフォームに着陸した」ことが「明確に」示されました。植物は「光合成装置が著しく変化」しており、これは「高周波(マイクロ波)範囲の強力なパルス電磁界」によるものと推測されました。
  • ナンシー(フランス、1982年10月21日、通称「アマランス」事件): 細胞生物学の研究者が、自分の庭の上空に20分間ホバリングする卵形の物体を目撃しました。物体は「直径約1m、厚さ80cm」で、「下半分は磨かれたベリリウムのような金属光沢」、上半分は「ラグーンの奥深くのような青緑色」と表現されています。物体は「何の音も発せず、熱、冷気、放射線、磁気、電磁気も発していないようだった」。離陸後、草は「まっすぐに立ち上がり、その後通常の姿勢に戻った」。植物に残された痕跡、特にアマランサスの葉の先端が完全に乾燥していたことから、「強烈な電界」に晒されたことが示唆されました。

E. 説明された現象の例

報告書は、ほとんどの目撃情報は説明できると指摘していますが、それが「少数派」である未解明な事例を強調しています。

  • 高速道路を横断する奇妙な物体(フランス、1988年9月29日): 「巨大な赤い球体」が高速道路を横断し、煙に包まれて野原に停止したと目撃されました。当初、放射能検出器を持った保安要員が現場に派遣されましたが、後にそれは「ジャン=ミシェル・ジャールのコンサートの飾り付けとして意図されていた球体」であり、トラックから落下したものであることが判明しました。
  • ドンブ地方の村の明るい輝き(フランス、1979年3月10日): 目撃者は「青みがかった紫色の発光する塊」と報告し、村の広場が昼間のように明るく照らされました。翌日、養魚池のすべての魚が死んでいるのが発見されました。調査の結果、養魚池の上に架かっていた10kVの電力線が溶けており、老朽化による「電力アーク効果」と「コロナ効果」が原因で、発光現象と停電、そしてアルミニウムの滴による魚の死を引き起こしたことが判明しました。

III. 研究の組織と方法

A. フランスでの研究体制

  • GEPAN/SEPRAの設立: 1977年、CNESは「未確認航空宇宙現象(UAP)の研究のための恒久的構造」としてGEPANを設立しました。GEPANは、後にSEPRA(大気圏再突入現象専門サービス)に引き継がれ、UFO現象に関するデータ収集と分析を行っています。
  • 憲兵隊との連携: 1974年以降、フランス国家憲兵隊はUFOに関する自発的な証言を収集・集約する任務を負っており、その報告書はGEPAN/SEPRAに転送されます。これにより、広範なデータ収集が可能になりました。
  • 空軍および民間航空当局との連携: 空軍および民間航空当局もUFO目撃情報の報告と処理に関する手順を確立しており、レーダー情報や飛行記録などもSEPRAに提供されます。
  • 追加研究資源: ETCA(中央技術兵器機関)などの軍事・民間研究所が、土壌や植物サンプルの分析、写真処理、衛星監視システム「ORION」の開発などに貢献しています。

B. GEPAN/SEPRAの開発した方法論

GEPANは、「まれでランダムに発生する現象」を研究するための独自の方法論を開発しました。この方法は、ジャン=バティスト・ビオが1803年にエイグル村で隕石の落下を調査した際の成功例に触発されています。

  • 総合的なデータ分析: 証人(生理学、心理学)、証言(説明、質問への反応)、物理的環境(天候、航空交通、写真、レーダーデータ、環境に残された痕跡)、心理社会学的環境(証人の読みと信念、メディアの影響など)の4種類のデータを総合的に分析します。
  • UAPの分類: 研究後、各事例は以下の4つのカテゴリに分類されます。
    • カテゴリA: 完全に特定された現象
    • カテゴリB: おそらく特定できるが、証拠不足のため確実に特定できない現象
    • カテゴリC: データ不足のため特定できない現象
    • カテゴリD: 豊富なデータと質の高いデータにもかかわらず特定できない現象
    • カテゴリDのUAPは、全体の4~5%を占め、「UAP D」と呼ばれます。これには、地上から数メートルという至近距離で目撃された現象も含まれます。最も奇妙で神秘的なケースは、「CE3」(第三種接近遭遇)と分類されます。

C. UAP Dの物理的実在

GEPAN/SEPRAの20年以上にわたる調査は、UAP Dが「既知の自然現象または人工現象に分類できない、発生頻度が変化する物理現象のカテゴリー全体が存在する」ことを示しています。

  • ツワイニング将軍の報告(1947年): アメリカ空軍資材コマンド長官ツワイニング将軍は、現代のUFO目撃の第一波の直後である1947年11月に、「空飛ぶ円盤」に関する報告書を作成し、以下の結論を述べています。
    • 「報告された現象は現実である。幻覚や想像の問題ではない」。
    • 「我々の航空機のサイズに匹敵する円盤状の物体は存在する」。
    • 「非常に高い上昇率、機動性、および円盤が検出された際の回避行動は、それらが操縦されているか、または遠隔操作されていることを示唆している」。
    • 「ほとんどの証人は、金属製の表面を持つ円形または楕円形の物体で、上部がドーム状になっており、3機から9機の編隊で音を立てずに飛行している」と記述しています。
  • フランスの航空事例との整合性: フランスの軍用航空UAP D事例(1951年オレンジ、1976年ツアー、1977年リュクセイユ)は、ツワイニング将軍の結論、特に第4項を支持しています。パイロットたちは、物体が自分たちに向かってきているように見え、その機動能力が彼らが知っているものよりはるかに優れていると報告しています。
  • フランスの接近遭遇事例との整合性: トランス=アン=プロヴァンスの事例では、現場での鑑定により、金属的な外観と円形をした物体が、2.5mの壁からそれほど遠くない場所に着陸し、その後無音で離陸したことが示されました。「現代の航空機は、これらの無音の機動、またはこの着陸精度を可能にするものは何もない」。
  • 結論: 「これらの事実の全体から、一つの強力な結論が導き出される:一部のUAP Dは、自然または人工的な知能によって誘導される、並外れた性能を持つ完全に未知の飛行機械であるように見える」。

IV. UFO:仮説とモデリングの試み

報告書は、UFO現象の特定の側面について、既存の物理法則に基づく部分的な説明を試みています。

A. 部分的なモデル

  • 推進:
    • 磁気流体力学(MHD)推進: プロペラやジェットエンジンを必要としないMHD推進は、理論的には可能であると説明されています。空気中で電流を流し、磁場を発生させることで推進力を得る原理です。これは、物体が超音速で移動しても「バン」という音を立てない理由を説明する可能性があります。超伝導コイルの使用は、数年前までは理論的でしたが、常温超伝導体の発見により「信用できる見込み」となっています。
    • その他の推進方法: 真空中では、化学反応によるジェット推進や、粒子ビームの高速排出による推進などが考えられます。反物質をエネルギー源として利用する推進は、さらに桁違いの進歩をもたらす可能性があります。
  • 地上車両エンジンの停止: 目撃情報として頻繁に報告されるエンジンの停止現象は、マイクロ波などの高周波放射によって説明できる可能性があります。これらの放射線は、エンジンの高電圧回路周辺の空気をイオン化させ、点火パルスをショートさせることでエンジンを停止させることができます。
  • 証人の運動麻痺: これもまたマイクロ波の影響によって説明できる可能性があります。人間の姿勢や呼吸は小脳によって制御されるのに対し、随意運動は大脳によって制御されます。報告された麻痺は随意運動のみに影響を与えており、これは特定の脳領域に対するマイクロ波の影響と一致する可能性があります。

B. 仮説と信頼性

報告書は、これらの現象が将来の技術によって可能になる可能性が高いと述べています。「現在私たちの能力をわずかに超えている物体の動きは、たとえ用いられる知識が私たちが予測しているものでないとしても、数十年、あるいは数世紀のうちに技術的に可能になるだろうと、高い確実性をもって結論付けることができる」。

  • 文明の発展: 宇宙における他の知的な存在の発展は、地球と同じ速度ではなかったと仮定すると、「彼らの発展レベルは、私達のあらゆる領域における予測能力を確実に超えるだろう」。

C. UFO:全体的な仮説

報告書は、UFO現象を説明するために様々な仮説を分類しています。

  • 非科学的仮説: 精神現象、集団幻覚、未来の人間による過去の観察など、証明できない仮説が含まれます。
  • 超大国の秘密兵器: UFOが地球起源の操縦された、または遠隔操作された機体であるという仮説です。しかし、機密を保持する必要があるにもかかわらず、「数十年にわたりこれらの現象が発生している間、秘密が必然的に漏洩したであろう」という点で、この仮説は弱いです。
  • 偽情報工作: 特殊効果や捏造されたものが、世論を操作するために利用されるという仮説です。
  • ホログラフィックイメージ: 超大国または地球外のクルーによるホログラフィックイメージの利用。しかし、この技術は空気中で光を拡散させるのが難しいため、「非常に限定的な利用」しかできないとされています。
  • 未知の自然現象: UFOが既知の自然現象によって説明できるという仮説。しかし、「UFOが明らかに知的な方法で行動する場合(接近、追跡、回避、脱出の機動など)」には、この仮説は支持しがたいとされています。
  • 地球外仮説: 「今日、多くの人々がUFOは宇宙の非常に遠い場所から来た知的な存在によって操縦されており、私たちを監視し、私たちと接触を開始する任務を負っていると確信している」。この仮説は、広大な宇宙の距離という大きな困難に直面しますが、宇宙飛行士リベスとモネによる「宇宙の植民地化」シナリオ(付録4にまとめられている)は、惑星間航行の可能性に「ある程度の妥当性」を与えています。このシナリオは、地球外文明が小惑星帯に基地を確立し、地球を訪れる際に現在の私たちがUFOとして認識するような機体を使用するというものです。

V. 各国における研究の組織

A. 米国における研究

  • 公式見解: 米国政府は、UFO現象が国家安全保障上の脅威であることや、地球外起源であることを否定しています。空軍は、1948年から1969年まで「ブルーブック計画」の枠組みでUFOを研究しましたが、公式研究は1969年12月に終了しました。
  • コンドン報告書への批判: アカデミー・オブ・サイエンスによって承認されたコンドン報告書は、その結論が本文中の分析と矛盾しているとして、AIAA(米国航空宇宙学会)によって厳しく批判されました。
  • 情報公開と軍事報告: 1974年の情報公開法(FOIA)改正により、機密解除されたUFO関連の公文書が公開され、軍が国家安全保障上の脅威となるUFOの報告をブルーブック計画とは別のシステムで処理していたことが明らかになりました(JANAP 146および空軍マニュアル55-11)。
  • マリー・ガルブレイスの活動: 元駐仏米国大使の妻であるマリー・ガルブレイスは、UFO研究を促進するため、米国の主要なUFO研究団体を統合し、政府の秘密主義の終焉を目指しています。彼女の書籍「Unidentified Flying Objects, Briefing Document」は、UFO現象の「正当な研究に必要なすべての条件を満たす古典的な事例」である1976年のテヘラン事件などを挙げています。
  • コルソ大佐の主張: 1997年に出版された「ロズウェル事件の翌日」で、コルソ大佐は、ロズウェルで回収された物体が地球外の宇宙船であり、その破片から印刷回路、レーザー、光増幅器などの高度な技術が米国の産業に密かに導入されたと主張しました。彼は、高位の軍人や一部の議員が地球外文明の存在を知っているが、パニックを避けるために隠蔽していると述べています。

B. 英国における研究

英国国防省(MOD)には、1964年からUFO研究部門(Sec(AS)2a)が存在し、主に防衛目的の「関心領域」であるかどうかを判断するために、報告書を受け取り調査を行っています。ニック・ポープ(1991年から1994年まで同部門の責任者)は、「UFO目撃情報の小さな割合が説明を拒絶している」ことを認め、国防省がこれらの問題について「心を開いている」と述べています。

C. ロシアにおける研究

ソ連科学アカデミーは1979年からUFOの研究を行っており、KGBは1991年にUFO目撃に関する124ページに及ぶ機密解除文書を公開しました。1989年のカプースチン・ヤール近郊のミサイル基地での事例や、1990年のペレスラヴル=ザレスキーでの事例など、ソビエトの軍事報告書も地球外仮説を支持する異常な現象を記録しています。

VI. UFOと防衛

報告書は、未確認飛行物体が地球外起源であるという仮説がもたらす戦略的、科学的、政治的、宗教的、およびメディア上の影響を詳細に検討しています。

A. 戦略的計画

  • 「彼ら」とは誰か、彼らの意図は何か?: UFOは「ソーサー、発光球体または円筒形」で、「雷のような加速を伴うホバリング、騒音の不在、音速を超える速度での音速爆音なし、近くの無線または電気機器の動作を妨害する関連する電磁効果」といった一貫した特徴を示します。彼らの意図は不明ですが、報告書は、「私たちを観察するのではなく、彼らは私たちに自身を徐々に示し、彼らの存在の考えに慣れさせたいと思っている」と示唆しています。
  • 核施設への関心: 1947年以降のUFOの出現は、核戦争の脅威に対する地球の未来への懸念と関連付けられています。核ミサイル基地の上空飛行や航空機に対する威嚇的な操縦(ルクセイユ、テヘラン)は、これらの地球外文明が核技術の進歩に懸念を抱いている可能性を示唆しています。
  • 国家間の接触の可能性: 米国が地球外文明と接触している可能性が指摘されており、1947年のロズウェル事件がその一例として挙げられています。米国が「地球外の船舶の破片または完全な残骸、さらにはヒューマノイドの死体」を回収した可能性がある場合、「ある種の接触が確立された可能性がある」。
  • 秘密主義の理由: 米国の秘密主義は、パニックの防止、ライバル国に対する軍事的技術的優位性の維持、または「軍が空域侵犯を阻止できなかった」ことへの批判を避けるためと考えられます。JANAP 146などの軍事規制は、UFO目撃情報の無許可開示を10年の懲役と1万ドルの罰金で処罰すると規定しており、これが米軍関係者のUFOに関する情報開示を躊躇させている可能性があります。

B. 航空上の影響

  • パイロットと管制官への影響: 何百もの確認された航空事例は、航空機乗務員、特にパイロットが未解明な現象に直面していることを示しています。これらの現象は、「衝突の危険性」や「電磁干渉」、航空機の「追跡」、さらには「明らかに攻撃的な行動」を引き起こす可能性があります。
  • 国防上の責任: 「飛行物体の行動が知的な存在によって操縦されていることを示唆する場合、私たちの空域の定期的な通過によって現れる現象を無視できると主張できるだろうか?」と問いかけ、空軍にはこれらの現象を考慮する責任があると主張しています。
  • 情報提供と訓練: 航空関係者(パイロット、管制官、気象学者、CNESのエンジニアなど)に対して、UFO現象に関する情報を提供し、対処法を訓練することが必要です。

C. 科学技術上の影響

  • データ収集と分析の強化: GEPAN/SEPRAによるデータ収集、初期分析、分類を継続し、可能であれば地理的に拡大することが推奨されます。
  • 先進技術の監視: 磁気流体力学などの最先端推進技術の「受動的および能動的な技術監視」が必要です。
  • 地球外仮説に関する研究: 太陽系外惑星の検出、生命の起源、文明の進化、および恒星間航行に関する研究は、UFO現象の全体的な解釈にとって重要です。小惑星帯に存在する可能性のある「宇宙都市」の検出に関する研究も挙げられています。
  • 特殊な研究: 恒星間航行における社会の安定性や、外国政府による偽情報工作の分析、地球外文明との接触が発生した場合に取るべき措置の事前検討も推奨されます。

D. 政治的・宗教的影響

地球外文明の存在が正式に確認された場合、政治的、宗教的に大きな影響が予想されます。

  • 観察段階: 地球外文明は、まず遠隔から私たちの文明を観察するでしょう。この観察は、「言語、宗教、信仰、芸術、科学、武器技術、政治制度、社会組織、歴史」などを分析することを目的としています。
  • 現地でのサンプリングと隠密な出現: その後、地球外文明は、鉱物、植物、動物のサンプルを採取し、目立たない形で出現することで、現地住民の心理的・宗教的影響を評価するでしょう。
  • 前産業時代文明への影響: 前産業時代の人々は、UFO現象を「自然、神聖、並外れた、超自然的、異常な、または悪魔的な現象」と見なすかもしれません。これは、新しい宗教を刺激したり、既存の宗教観を再構築したり、あるいは新しい創世神話を生み出したりする可能性があります。
  • 産業時代文明への影響: 現代社会は、地球外文明の存在の「反論の余地のない証拠」が提供されれば、深い影響を受けるでしょう。
  • 文明への影響: 地球外文明は、私たちの環境や文明を自分たちのやり方で進化させるために、影響を及ぼすことを検討するかもしれません。これには、遺伝子変異の誘発や、神々としての役割を演じることによる道徳観、宗教観、法律、政治制度への影響などが含まれる可能性があります。ロズウェル事件は、「新しく不可欠な技術的知識」が私たちに提供される方法の例として挙げられています。
  • 直接接触: 直接接触は、「社会的な大混乱、パニック、エネルギーの動員解除、終末論的カルトの増殖、宗教的原理主義への大規模な逃避」を引き起こす可能性があります。リーダーは、「自分たちが嘘をついた」と非難されることを恐れるかもしれません。彼らは「私たちを救世主として、すべての問題を解決し、平和と繁栄をもたらすことができる存在として、熱狂的に歓迎する」人々に出会うかもしれません。しかし、また、「侵略者」として私たちを疑い、抵抗運動を組織する人々もいるでしょう。

E. メディアへの影響

  • 政府の懸念: 政府は、メディアが「パニック」を引き起こすような情報を広めること(オルソン・ウェルズの「宇宙戦争」のラジオ放送の例)、不信感を生み出すこと、嘲笑されること、またはロビー団体によって操作されることを恐れています。
  • メディアの姿勢: タブロイド紙は売上のためにセンセーショナルな記事を掲載する傾向があります。主要な新聞は、「タブー」な主題としてUFOを扱う際に皮肉や攻撃的な姿勢をとることが多いです。テレビや映画は、フィクションとしてUFOを扱うことで想像力を解き放ちますが、必ずしも科学的な正確さを持っていません。
  • 推奨事項: 報告書は、メディアが「大衆を教育する」のを助けることができると述べ、SEPRAがジャーナリストの訓練に力を入れ、インターネット上にドキュメンタリーサイトを作成することを推奨しています。

VII. 結論と提言

報告書は、UFO問題が「単なる辛辣で不用意なウィット」で片付けられるものではないと結論付けています。GEPAN/SEPRAによる20年以上の研究と、海外で行われた他の研究は、「驚くべき飛行性能と無音性を持ち、知的な存在によって操作されていると思われる、完全に未知の飛行物体のほぼ確実な物理的実在」を実証しています。

  • 地球外起源の仮説: 「事実を十分に考慮し、現行の科学のほとんどを必要とする唯一の仮説は、地球外からの訪問者という仮説である」。これは「最も優れた科学的仮説からは程遠い」が、「強力な推定がその有利に存在し、もしそれが正しければ、結果を伴う」。
  • 勧告:
    • 政治、軍事、行政の意思決定者、および航空機とヘリコプターのパイロットに情報を提供する。
    • SEPRAの人員と物的資源を強化し、調査・分析能力を向上させ、国際的な関係を強化する。
    • UFOの検出を、衛星や宇宙デブリとの衝突防止などの他の理由で開発する必要のある民間および軍事の宇宙監視システムによって検討する。
    • SEPRAと協力して、国家最高レベルに部隊を創設し、すべての将来の仮説を策定し、科学技術研究を促進し、他の国とのセクター別協力協定の確立に参加する。
    • 米国に対して、他の国々や欧州連合の支援を得て、この重要な問題の明確化を促す外交的措置を開始する。
    • UFOの壮大で議論の余地のない出現(公然とした接触の試み、多数の目撃者の前での着陸、その他の実質的な行動など)が発生した場合に取るべき措置について、公的機関レベルで検討する。

この報告書は、UFO現象に対するフランス国防高等研究院の元監査官と資格のある専門家からなるCOMETA委員会の真剣な取り組みを反映しており、この問題が国家安全保障と人類の未来にとって重大な意味を持つことを強調しています。

時系列

AI
  • 紀元前紀元前78年頃(第78回オリンピック):ギリシャの年代記者が「火の球が空を何度も横切った」と記している(ダイマコス)。
  • 古代ギリシャ・ローマ時代:ディオ・カシウス、プリニウス長老、ティトゥス・リヴィウス、ユリウス・オブセクエンス、キケロなどが空に光、光る盾、複数の月や太陽、黄金の飛球が出現したと記録。ホメロスも光の束や盾の出現について記述。
  • 中世9世紀頃(シャルルマーニュ大帝の治世):リヨンのアゴバール司教が「飛行船から降りてきた」と主張する3人の男性と1人の女性を火刑から救う。
  • 1000年~1500年:年代記者が空で様々な光る球体、車輪、槍、棒が急速に移動するのを目撃したと記録。
  • 1327年~1335年:ユーゴスラビアのデチャニ修道院のフレスコ画に「飛行する船に閉じ込められた天使」が描かれる。
  • 16世紀1561年4月(ニュルンベルク):ニュルンベルクの空で多数の明るい色の球体、円盤、「葉巻」が一種の戦闘を繰り広げたと記録され、住民に深い影響を与えた。
  • 1566年8月(バーゼル):バーゼルで同様の現象が発生。
  • 1583年:フランスのオロンス・フィーヌが南極大陸の氷がない地図を描く(大陸発見の約3世紀前)。
  • 18世紀1768年:ゲーテがフランクフルトからライプツィヒへの旅行中に、地面に設置された大きな光るチューブと、それを囲む多数の非常に明るい動く炎を目撃。
  • 19世紀1803年:物理学者ジャン=バティスト・ビオがライグル村に落下した石に関する詳細な調査を実施し、隕石の科学的存在を確立。
  • 1880年~1900年:米国と英国で数万人の証人が、現代の飛行船に似た飛行機械(「飛行船」)を目撃。多くは強力なサーチライト、エンジン音、プロペラを備えていた。特に米国では1896年~1897年に集中。
  • 20世紀1940年~1945年(第二次世界大戦中):「フー・ファイターズ」がすべての作戦地域で目撃される。赤または緑の光る球体の群れ、あるいは小型の金属製円盤の群れが航空機に追随したり、周囲を飛行したりした。レーダーで検出されないことが多かった。
  • 1944年6月以降:「フー・ファイターズ」に関する報告が多数記録され始める。
  • 1946年2月~12月:スウェーデン上空で「ゴーストロケット」と呼ばれる細長い物体(球体や円盤のことも)が多数(約1000件)目撃され、スカンジナビア、英国、米国の軍当局が調査。
  • 1947年1月:RAFモスキート夜間戦闘機が北海上空の非常に速い物体をレーダーで検出するが、迎撃に失敗。
  • 1947年6月:ケネス・アーノルドが米国北西部レーニア山付近で9つのUFOを目撃し、世界中で報道される。これが現代のUFO目撃の最初の波となる。
  • 1947年6月~7月:米国で850件のUFO目撃が記録される(ブルーブック・プロジェクトによる)。
  • 1947年7月(ロズウェル):ロズウェル基地が「空飛ぶ円盤が牧場に墜落し、軍が残骸を回収した」と発表。同日午後、フォートワースのレイミー将軍が「気球の残骸だった」と発表し、事件は30年以上隠蔽される。
  • 1947年11月:ツワイニング将軍が「空飛ぶ円盤」に関する秘密報告書を作成し、その存在を明記する(ただし、この報告書の存在は22年後のコンドン報告書まで明らかにされなかった)。
  • 1948年:日本とソ連で最初の「レーダー/視覚」UFO目撃が報告される。
  • 1948年~1966年:天文学者ハイネックが米空軍の顧問として、多くのUFO目撃を天文現象として矮小化する役割を果たす。
  • 1948年~1969年:米空軍がUFO研究プロジェクト「ブルーブック」を運営。
  • 1951年:フランスで最初のUAP D(未確認航空宇宙現象カテゴリD)事案がオレンジ地域で記録される(ヴァンパイア軍用機による)。
  • 1952年:UFO目撃の報告数が最多の年となり、68件が記録される(ブルーブック)。アダムスキーが金星人との接触を主張(後に拡大された偽情報の一部とされる)。
  • 1952年12月:CIAが設置したロバートソン委員会が「UFO現象の神秘性を剥ぎ取る」ことを勧告し、UFO研究団体を監視・潜入させる政策を推奨。
  • 1953年~1957年:コルソ大佐が国家安全保障会議スタッフとして勤務。
  • 1953年以降:米国がAFR 200-2とJANAP 146という軍事規則を制定し、UFO情報の公開を制限・禁止。
  • 1954年8月16日(アンタナナリボ):マダガスカルのアンタナナリボで、数百人の目撃者が「金属製のラグビーボールのような物体」が低空飛行し、街灯を消し、動物を恐怖に陥れるのを目撃。
  • 1955年:マッカーサー将軍がナポリ市長との会話でUFO問題に言及。
  • 1956年8月13日~14日(レイクンヒース):英国レイクンヒースとベントウォーターズの米空軍・英空軍基地で、レーダーと目視の両方で未確認物体が検出される。RAFの戦闘機が追跡するも、UFOが異常な機動性を見せた。
  • 1957年7月17日(米国):RB-47爆撃機が、米国中部上空で、視覚、レーダー、パルスマイクロ波排出によって未確認の発光物体を検出。
  • 1961年:ロシアが最初の生態系実験を実施。
  • 1961年~1962年:コルソ大佐が陸軍R&D部門の対外技術部長として、ロズウェルの残骸(プリント基板、レーザー、光増幅器など)からの技術移転を米国産業界に密かに促進したと主張。
  • 1962年:マッカーサー将軍がウェストポイント陸軍士官学校での演説で「宇宙からの脅威」について言及。
  • 1964年:英国国防省(MOD)にUFO研究ユニットSec(AS)2aが設立される。
  • 1965年7月1日(ヴァレンソール):モーリス・マスがラベンダー畑でUFOと小型の2つの生命体を目撃。地面には着陸痕と植物の損傷が残された。
  • 1967年8月29日(キュサック):2人の子供が、非常に明るい球体と、その近くにいる小型の黒い生命体4体を目撃。物体は硫黄臭を残し、子供たちに生理的影響を与えた。
  • 1969年:米空軍のコンドン委員会が「UFO研究は科学の進歩にほとんど貢献しない」と結論付け、米国の公式UFO研究は終了。
  • 1969年10月:米空軍のボレンダー准将が、ブルーブック・プロジェクト終了後も国家安全保障上の脅威となるUFOの軍事報告はJANAP 146および空軍マニュアル55-11に従って処理され続けると記した書簡を作成。
  • 1969年~1972年:ラルフ・ノイズがMODのSec(AS)2aの責任者を務める。
  • 1971年~1973年:ロード・ヒル=ノートン海軍元帥が国防参謀総長を務める。
  • 1974年2月:フランス国家憲兵隊がUFOに関する自発的証言を収集・一元化する任務を付与される。
  • 1974年:米国で情報公開法(FOIA)が改正され、UFOに関する機密解除文書の入手が可能になる。
  • 1975年:米国でミサイル基地上空の飛行事案が発生。
  • 1976年3月3日(トゥール):戦闘機パイロット(クロード・ボスク)がT-33練習機での夜間飛行中に、まばゆい緑色の球体に遭遇。
  • 1976年9月18日~19日(テヘラン):テヘラン上空で未確認飛行物体が目撃され、イラン空軍のF-4戦闘機が迎撃を試みる。F-4は計器と通信システムが停止し、UFOは異常な機動性を見せた。
  • 1977年:フランス国立宇宙研究センター(CNES)がUAP(未確認航空宇宙現象)研究のための常設組織GEPAN(未確認航空宇宙現象研究グループ)を設立する任務を付与される。
  • 1977年3月7日(ディジョン):ミラージュIVのパイロット(ルネ・ジロー)が夜間任務中に、ミラージュIVに追随し、同機を追い越す異常な飛行物体に遭遇。レーダー管制官は何も検出せず。
  • 1977年5月以降:国家憲兵隊が収集したUFO情報がGEPANに送られるようになる。
  • 1978年:ロズウェル事件の目撃者、マーセル中佐(退役)がテレビで、回収された残骸が「間違いなく地球外起源」であると証言。
  • 1978年:キュサック事件についてGEPANの科学評議会の要請で再調査が開始される。
  • 1979年:ソ連科学アカデミーがUFO研究を開始。
  • 1979年12月9日(ディジョン近郊):ジャン=ピエール・ファルテック元空軍中佐が自宅近くで、2つの皿が重なったような形状の静かで高速な未確認物体を目撃。
  • 1981年1月8日(トランス=アン=プロヴァンス):モーリス・マッセが庭で無音の金属製楕円形物体が着陸し、離陸するのを目撃。地面には着陸痕と植物の変異が残され、GEPAN/SEPRAが詳細な調査を実施。
  • 1981年~1985年:エヴァン・グリフィス・ガルブレイスが駐仏米国大使を務める。
  • 1981年~1988年:ETCAで画像処理作業が実施され、UFO写真研究のための技術と手順が確立される。
  • 1982年10月21日(ナンシー、通称「アマランス事件」):細胞生物学研究者が自宅の庭上空で約20分間ホバリングする楕円形の物体を目撃。植物には強い電界に晒されたような痕跡が残る。GEPAN/SEPRAが調査。
  • 1985年:ゴルバチョフ書記長がレーガン大統領から「地球外からの侵略」に対する協力の可能性について聞かされたと述べる。
  • 1987年9月21日:レーガン大統領が国連総会で「宇宙からの脅威」について言及。
  • 1988年:GEPANがSEPRA(大気圏再突入現象専門サービス)に改組される。ステルス航空機の存在が公になる。
  • 1988年9月29日:パリ-リール高速道路で「巨大な赤い球体」が道路を横切り、煙を上げて畑に停止する事件が発生。当初はソ連の衛星落下が疑われたが、後にジャン=ミッシェル・ジャールのコンサート用の装飾品であることが判明。
  • 1989年7月28日~29日(カプースチン・ヤール):ロシアのミサイル基地近くで、最大3つの円盤状UFOが異常な機動(急発進、急停止、ホバリング)を見せ、ソ連の戦闘機が追跡するも高速で逃走。7人の軍人が目撃。
  • 1989年:ロサンゼルス沖でカナディアCL-227シーセンチネル軍用ドローンが撮影される(軍用機がUFOと誤解される例)。
  • 1990年:イゴール・マルツェフ航空将軍が新聞「Rabochaya Tribuna」に、1990年3月21日のペレスラヴル=ザレスキー事件(音のない円盤状物体が現代の戦闘機の2~3倍の速度で飛行)について寄稿。
  • 1991年:KGBが「ソ連領土上空での異常現象目撃事例、1982-1990年」と題された124ページ分の文書を機密解除。ニク・ポープが英国国防省のUFO研究部門Sec(AS)2aの責任者に就任(~1994年)。
  • 1991年~1993年:バイオスフィア2で最初の2年間の実験が行われ、4人の男女がほぼ完全に自給自足の生活を送る。
  • 1994年1月28日(AF 3532便):エールフランス3532便のジャン=シャルル・デュボック機長らが、コロンミエール付近で変形する大型の未確認物体を目視。同時にレーダーでも50秒間追跡され、約250mの物体と推定される。
  • 1994年:米空軍がロズウェルに関する最初の公式報告書を発表し、モグル計画の気球の残骸だったと主張。
  • 1994年:ボリス・ソコロフ大佐が1978年~1988年に軍関係者が行った調査のコレクションをABCニュースに売却。
  • 1995年:米国のGAO(会計検査院)がロズウェル事件に関する報告書を発表。「議論は続いている」とし、関連文書の消失を指摘。
  • 1995年7月31日(サンカルロス・デ・バリローチェ):アエロリネアス・アルゼンチナス674便の乗務員と乗客、および他の航空機、管制官らが、街の停電と空港の消灯を伴いながら異常な飛行物体を目撃。
  • 1995年夏~秋:1947年の「人型生物の死体解剖」とされる映像が世界中のテレビで放送されるが、信憑性は疑わしい。
  • 1995年:マリー・ガルブレイスが「Unidentified Flying Objects, Briefing Document」を出版し、米国政府と他の政府に対しUFOに関する秘密の開示を求める。
  • 1996年3月:フランスのテレビ局ArteがUFOに関する真面目でよく文書化された番組を放送。
  • 1996年:映画『インデペンデンス・デイ』とテレビシリーズ『Xファイル』がロズウェルに多数言及。
  • 1997年6月:タイム誌の世論調査で、米国人の4分の1近くが1947年7月初旬にロズウェルで地球外の乗り物が墜落したと信じていることが示される。
  • 1997年7月:コルソ大佐の著書『The Day After Roswell』が出版され、ロズウェル事件が地球外生命体のものだと主張。米空軍はロズウェルに関する第2の報告書を発表し、地球外生命体説を再び否定。
  • 1997年9月:ローレンス・ロックフェラーがポカンティコでUFOに関する物理的証拠に焦点を当てた国際科学シンポジウムを主催。
  • 1999年7月29日:米国の探査機「ディープ・スペース1」が小惑星1992 KDに接近予定。
  • 1999年7月:フランスのCOMETA報告書「UFOと国防:何に備えるべきか?」がVSD誌の特別号で発表される。

主要関係者

AI
  • アンドレ・ルボー教授 (Professor Andre Lebeau)元フランス国立宇宙研究センター(CNES)理事長。

    • COMETA報告書の序文を執筆し、UFO現象を科学的アプローチで研究することの重要性を強調している。GEPAN、後のSEPRAによる研究を支持。
  • ベルナール・ノルラン将軍 (General Bernard Norlain)元高等国防研究所(IHEDN)所長。

    • COMETA報告書の序文を執筆し、ドニ・レティの委員会設立プロジェクトを支援。UFO現象が提起する具体的な問題に対して行動による対応が必要であると述べ、COMETAの提言が実施されることを願っている。
  • ドニ・レティ空軍将軍 (General Denis Letty)元高等国防研究所(IHEDN)のオブザーバー。

    • COMETA(詳細調査委員会)の委員長であり、後にCOMETA協会の会長となる。UFO現象の起源、特に地球外仮説について全ての仮説を検討する必要性を強調。報告書の作成を主導し、多くの専門家や証言者を集めた。
  • ジャン=ジャック・ヴェラスコ (Jean-Jacques Velasco)CNESのSEPRA責任者。

    • ドニ・レティ将軍によって、COMETA報告書の作成に貢献した人物として挙げられている。SEPRAはGEPANの後継組織として、UFO関連データ収集と分析を担当。
  • フランソワ・ルーアンジュ (Francois Louange)Fleximageの最高経営責任者。

    • ドニ・レティ将軍によってCOMETA報告書の作成に貢献した人物として挙げられている。報告書には彼による「真正性について、否定的な結論だけが決定的なものだ」と題された記事が掲載されており、UFO写真分析における課題について解説している。
  • ジャン=シャルル・デュボック (Jean-Charles Duboc)エールフランス3532便の機長。

    • 1994年1月28日、ニース-ロンドン間のフライト中に変形する大型の未確認物体を目視し、レーダーでも確認された事件の主要な証言者。
  • ジャン=ピエール・ファルテック (Jean-Pierre Fartek)元空軍中佐、ミラージュIIIのパイロット。

    • 1979年12月9日にディジョン近郊の自宅で、皿状の未確認物体を目撃した主要な証言者。
  • ルネ・ジロー (Rene Giraud)ミラージュIVのパイロット。

    • 1977年3月7日、夜間任務中に異常な機動性を持つ未確認飛行物体に遭遇した主要な証言者。
  • エドモン・カンパニャック (Edmond Campagnac)元砲兵将校、元マダガスカルのエールフランス技術サービス部長(退役)。

    • 1954年8月16日にアンタナナリボで、数百人の目撃者とともに「金属製のラグビーボールのような物体」を目撃した主要な証言者。
  • ミシェル・ペリエ (Michel Perrier)国家憲兵隊の中隊長。

    • ドニ・レティ将軍によって、COMETA報告書の作成に貢献した人物として挙げられている。
  • M. スーン (M. Soun)民間航空総局(DGAC)所属。

    • ドニ・レティ将軍によって、COMETA報告書の作成に貢献した人物として挙げられている。
  • ジョゼフ・ドマンジュ空軍将軍 (General Joseph Domange)オブザーバー協会代表。

    • ドニ・レティ将軍によって、COMETA報告書の作成に貢献した人物として挙げられている。
  • クロード・ボスク大佐 (Colonel Claude Bosc)1976年3月3日のトゥール事件で、T-33練習機での夜間飛行中にまばゆい緑色の球体に遭遇した戦闘機パイロット。当初は匿名を希望していたが、後に名前が明かされた。

  • モーリス・マス (Maurice Masse)1965年7月1日のヴァレンソール事件の主要な証言者。ラベンダー畑でUFOと2体の小型生命体を目撃し、その後、麻痺や睡眠障害を経験した。

  • ジャン=バティスト・ビオ (Jean-Baptiste Biot)19世紀初頭の物理学者。

    • 1803年のライグル隕石落下事件を詳細に調査し、隕石の科学的存在を確立した人物として、GEPANの調査方法の先駆者として挙げられている。
  • ユベール・キュリアン (Hubert Curien)GEPANの科学評議会の議長を務めた人物。

  • クロード・ポエール (Claude Poher)GEPANの初代責任者。

    • フランスのUAP D事案約200件、世界中の約1000件のUAP D事案から物理的特性の統計的分布を決定する研究を行った。
  • ジェームズ・マクドナルド (James MacDonald)物理学者。

    • 1971年に「アストロノーティクス・アンド・アエロノーティクス」誌で1957年のRB-47航空機事件の調査結果を発表した。
  • フィリップ・クラス (Philippe Klass)ジャーナル「アビエーション・ウィーク・アンド・スペース・テクノロジー」の編集者。

    • コンドン委員会時代からUFO目撃事案を矮小化しようと試み、特に1956年のレイクンヒース、1957年のRB-47、1976年のテヘランの3つの主要な航空機事件を批判したが、その解釈は「議論の余地がある」とされている。
  • イゴール・マルツェフ航空将軍 (General Igor Maltsev)ソ連防空軍司令官。

    • 1990年4月19日付の新聞「Rabochaya Tribuna」に、1990年3月21日のペレスラヴル=ザレスキー地域でのUFO目撃(ディスク状の物体が異常な機動を見せた)に関する記事を執筆。
  • マリー・ガルブレイス (Marie Galbraith)元駐仏米国大使のエヴァン・グリフィス・ガルブレイスの妻。

    • 米国の主要なUFO研究団体3つ(CUFOS、FUFOR、MUFON)をまとめ、1995年に『Unidentified Flying Objects, Briefing Document』を監修。米国政府にUFOに関する秘密の開示を求めた。
  • ローレンス・ロックフェラー (Laurance Rockefeller)デビッド・ロックフェラーの兄弟。

    • マリー・ガルブレイスの活動を精神的・財政的に支援し、1997年9月にUFOに関する物理的証拠に焦点を当てた国際科学シンポジウムを主催した。
  • ピーター・スタロック (Peter Sturrock)宇宙物理学者。

    • ローレンス・ロックフェラーが主催した1997年のシンポジウムの司会を務めた。また、70年代にアメリカ天文学会会員2611名にUFOに関する詳細なアンケートを送り、60件の目撃情報を収集した。
  • コルソ大佐 (Colonel Corso)1997年の著書『The Day After Roswell』で、ロズウェル事件が地球外生命体のものであり、米国政府がその技術を秘密裏に利用してきたと主張した。

  • ストロム・サーモンド (Strom Thurmond)上院軍事委員会委員長。

    • コルソ大佐の著書『The Day After Roswell』に序文を寄せた(後に撤回を要請)。
  • ニック・ポープ (Nick Pope)1991年から1994年まで英国国防省(MOD)のUFO研究部門Sec(AS)2aの責任者を務めた。

    • 自身の著書『Open Skies, Closed Minds』でMODの活動を記述し、UFOに関する一部の未解明な事案については地球外仮説を強く支持している。
  • ラルフ・ノイズ (Ralph Noyes)1969年から1972年までニック・ポープの先任としてMODでUFO研究を担当し、後に国防次官補で退職。

    • MODに秘密のUFO研究部門が存在する可能性が高いと考えている。
  • ロード・ヒル=ノートン (Lord Hill-Norton)海軍元帥、1971年から1973年まで国防参謀総長。

    • 秘密のUFO研究部門の存在に同意しており、ティモシー・グッドの著書『Above Top Secret』に序文を寄せた。
  • ウラジーミル・ミグーリン (Vladimir Migouline)ソ連科学アカデミーの会員。

    • 1979年以降、ソ連におけるUFO研究の進捗について「ラ・リシェルシュ」誌で自身の見解を発表。「ほとんどの目撃は実際の現象に対応しているが、高度な文明による技術的顕現であるという議論の余地のない証拠はない」と述べた。
  • プラートフ (Platov)ミグーリンの助手。

    • 1992年に「UFOと現代科学」という著書を出版し、ミグーリンとともにSEPRAに科学技術協力プログラムを提案した。
  • ジャン=クロード・リベ (Jean-Claude Ribes)COMETA報告書の付録2「天文学者の目撃」を執筆した天文学者。

    • 地球外生命体とUFO、宇宙植民地化について考察し、SETIやMEGASETIプログラムについても言及。
  • ギー・モネ (Guy Monnet)ジャン=クロード・リベと共に、宇宙における将来のシナリオで、星間飛行の可能性を提示した天文学者。

  • ケネス・アーノルド (Kenneth Arnold)1947年6月24日に米国で9つのUFOを目撃し、これが「空飛ぶ円盤」という言葉と現代のUFO現象の広範な認識のきっかけとなった。

  • リンカーン・ラ・パズ (Lincoln La Paz)ニューメキシコ大学隕石研究所所長。

    • 天文学者によるUFO目撃の調査で、未解明な現象を目撃したと証言した10%以上の天文学者の一人としてハイネックに挙げられている。
  • クライド・トンボー (Clyde Tombaugh)冥王星の発見者。

    • 天文学者によるUFO目撃の調査で、未解明な現象を目撃したと証言した10%以上の天文学者の一人としてハイネックに挙げられている。
  • ジョルジュ・クルテ (Georges Courtes)マルセイユの天文学者。

    • UFO目撃が頻繁に引用されるフランスの天文学者の一人。
  • モーリス・ヴィトン (Maurice Viton)マルセイユの天文学者。

    • UFO目撃が頻繁に引用されるフランスの天文学者の一人。
  • J.A.ハイネック (J.A. Hynek)天文学者、米空軍のブルーブック・プロジェクトの顧問。

    • 「第三種接近遭遇(CE3s)」というUFO分類を提案した人物。また、天文学者への非公式調査でUFO目撃の事実を明らかにした。
  • ジョン・マック博士 (Dr. Mack)ハーバード大学の精神科医。

    • UFOによる一時的な誘拐(実体験か想像か)の問題を真剣に扱っている人物として挙げられている。
  • バリー・ゴールドウォーター将軍 (General Barry Goldwater)米国の将軍。

    • 特定のUFOファイルが「トップシークレット」以上の機密指定を受けていると指摘し、米国のUFO関連の秘密保持政策について言及。
  • ジェームズ・オニール (James O'Neill)物理学者。

    • 地球を周回する巨大な人工構造物「宇宙の緑の島々」や、小惑星内に数百万人が住む人工惑星のアイデアを研究した人物として挙げられている。
  • ヨアニス・パパギアニス (Ioannis Papagiannis)天文学者。

    • 小惑星帯に存在する可能性のある宇宙都市を検出するため、NASAの研究契約を受けて赤外線天文衛星IRASのデータを調査した。
  • オーソン・ウェルズ (Orson Welles)1938年にラジオ番組「宇宙戦争」を放送し、現実と信じた聴衆に大パニックを引き起こした人物。ロズウェル事件における米軍の対応に影響を与えた可能性が示唆されている。

  • ベンニューヴィッツ (Bennewicz)UFO研究家の物理学者。

    • カートランド空軍基地の試験場からパルスマイクロ波を記録し、それをUFOが「拉致被害者」を制御するために使用していると主張した。後に、AFOSIによって虚偽の情報(「EBE」など)を信じるように誘導されたとされている。
  • ジョン・リア (John Lear)航空機メーカーの息子。

    • ベンニューヴィッツの「暴露」に、ネバダ州のグルームレイク基地(「エリア51」)が米国軍と地球外生命体(EBE)が共同で所有しているという詳細を追加したとされる。
  • ビル・クーパー (Bill Cooper)海兵隊士官。

    • 世界を支配する外交問題評議会(CFR)が地球外生命体(EBE)と緊密に連携していると「暴露」したとされる。
  • ピエール・ラグランジュ (Pierre Lagrange)社会学者。

    • ロズウェル事件に関して、米空軍の報告書やカール・プフロックの出版物を考慮し、ロズウェルにおける「空飛ぶ円盤」の物語は「大衆科学フィクションの範疇に入る」と結論付けた人物として紹介されている。
  • カール・プフロック (Karl Pflock)「UFO研究家」、元CIAおよび国防総省職員。

    • 著書『Roswell in Perspective』で簡略化された偽情報を使用し、ロズウェル事件の目撃証言を矮小化しようと試みたとして批判されている。

情報源

Cometa report の英文 pdf download 先

https://www.narcap.de/dokumente/COMETA-Report-englisch.pdf

(2025-09-09)