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Frieve(小林由幸) : このままAIが発展するだけでAGI達成可能な理由

· 87 min read

前置き

先日は悲観的にな見通しを取り上げた(*1)ので、今回は楽観的な見通しを取り上げる。話者は SONY の AI 研究者(*2)。

(*1)

Andrej Karpathy : LLM とAIエージェントの現状と将来を語る

(*2)

ソニーグループポータル | 機械学習を誰もが使える当たり前の技術に https://www.sony.com/ja/SonyInfo/technology/stories/entries/2021_kobayashi/

要旨

AI

AIのスケーリング則とAGI達成戦略

この動画の書き起こしは、AIの急速な発展が‌‌スケール則‌‌、すなわち計算リソースやデータ量などの資源を投入し続ければ性能が向上するという経験則に基づき、‌‌汎用人工知能(AGI)‌‌の達成が技術的なブレークスルーなしに可能であるという見解を解説しています。

話し手は、このスケール則によりAIの性能が人間を超越する可能性を指摘し、特に‌‌マルチモーダルAI‌‌のような多様なデータ種類を統合することで、さらなる飛躍的な進化が期待されると論じています。

研究開発者に対しては、将来的に巨大なAIモデルに置き換えられるであろう小手先の技術開発を避け、スケール則を活用するか、その恩恵を受ける応用開発に注力するよう推奨しています。ただし、資源の枯渇やコストの高騰といった限界についても触れつつ、AIの効率化技術の進展により、スケール則に基づく成長がしばらく継続するだろうと予測しています。

目次

  1. 前置き
    1. (*1)
    2. (*2)
  2. 要旨
  3. AIのスケール則とAGI達成への道筋
    1. 1. AGI達成の鍵:スケール則
    2. 2. スケール則の進化と多角化
    3. 3. スケーリングのコストと持続可能性
    4. 4. スケール則がもたらす課題と限界
    5. 5. AI研究開発者への戦略的提言
  4. AI性能を規定する「スケール則」:原理、発展、そしてAGIへの道筋
    1. 1. はじめに:AI開発の羅針盤となるスケール則
    2. 2. スケール則の基本原理
    3. 3. スケール則の進化と拡張
    4. 4. スケーリングの経済的現実と持続可能性
    5. 5. スケール則が直面する課題と理論的限界
    6. 6. AI技術者のための戦略的指針
    7. 7. 結論:スケール則と共に未来を築く
  5. AGI 達成の主要因 : スケール則
    1. 1. スケール則の定義とAGI達成への示唆
    2. 2. スケール則を構成する資源(N)の種類
    3. 3. スケーリングのコストと効率化
    4. 4. スケーリングの限界とボトルネック
  6. AGI 実現に向けた課題と限界
    1. 1. 資源の持続可能性とコストの限界
    2. 2. 理論的・技術的なボトルネック
    3. 3. 社会実装と運用上の課題
  7. 研究開発とビジネス戦略
    1. 1. 研究開発(R&D)戦略:スケール則への集中と応用へのシフト
    2. 2. ビジネス戦略:巨大モデルの「利用側」への集中
  8. 情報源

AIのスケール則とAGI達成への道筋

AI

エグゼクティブサマリー

本ブリーフィングは、AI分野における「スケール則(Scaling Law)」が、汎用人工知能(AGI)の達成において中心的な役割を果たすという見解をまとめたものである。核心的な主張は、AGIの実現には新たな技術的ブレークスルーは不要であり、現在のディープラーニング技術の延長線上、すなわちAIモデルの規模(スケール)を拡大し続けることで十分に達成可能であるという点にある。

スケール則とは、計算資源(コンピュート)、学習データ量、モデルのパラメータ数を増大させると、AIの性能(誤差の低減)が予測可能な形で、かつ天井知らずに向上するという経験則である。この法則は、近年ではAIを構築する際の「学習時」リソースだけでなく、AIを利用する際の「推論時」リソース(思考時間や参照情報量)にも適用されることが判明しており、AIの能力向上をさらに加速させている。

特に重要な進展として「モーダルスケーリング」が挙げられる。これは、テキストや画像だけでなく、動画、音声、ロボットの動作データなど、多種多様なデータ(モダリティ)を統合して学習させるアプローチである。これにより、異なる種類の情報間で知識が相互補完され、AIはより汎用的で高度な能力を獲得し、物理世界とのインタラクションといった従来困難だったタスクの実現に道を開く。

スケーリング戦略の最大の課題は、指数関数的に増大するコストと資源(データ、電力)の制約である。しかし、この課題に対し、アルゴリズムやハードウェアの「効率化」も同時に進行しており、性能向上のペースは当面維持されると予測される。この状況は、かつてのムーアの法則と同様に、技術革新が限界を押し上げる構図を描き出している。

このパラダイムシフトは、AI研究開発者に対して戦略的な転換を迫る。特定のタスクに特化した小規模なAIや、細かなアルゴリズムの改善といった従来型の研究の多くは、将来的に巨大なスケールを持つ汎用AIに代替され、「無用の長物」となる可能性が高い。したがって、今後のAI開発における最も有効な戦略は、以下のいずれかに集約される。

  1. 巨大テック企業のように、スケールをさらに加速させるための基盤技術(効率化、資源配分最適化)開発に注力する。
  2. 大多数の研究者や開発者は、最先端の巨大AIモデルを「使いこなす」ことに専念し、応用分野で新たな価値を創出する。

結論として、スケール則はAGIへの最も確実な道筋を示しており、AIに関わるすべての関係者は、この巨大な潮流を前提とした戦略を立てることが極めて重要である。

1. AGI達成の鍵:スケール則

1.1. 技術的ブレークスルーは不要

AGIの実現を巡っては、現在のAI技術の延長線上で達成可能か、あるいは何らかの根本的な技術的ブレークスルーが必要かで研究者の間でも見解が分かれている。本稿の基調となる主張は前者であり、「現在の技術の延長線上でAGIは達成できる」というものである。その根拠となるのが「スケール則」という経験則の存在である。

「個人 的 な 見解 と し て は 何 ら 難しい こと なく 今 の 技術 の 延長 戦 上 で AGI 達成 でき ちゃ う って 思っ て ます。 で、 なん で そう 思う か って 言う と やっぱり 先ほど お 話し た スケール 速 です ね。」

1.2. スケール則の基本原理

スケール則(スケーリングロー)は、2017年頃からディープラーニングの世界で認知され始め、2020年には論文として定式化された経験則である。

基本式: L ≈ a * N^(-α) + b

変数説明
L (Loss)AIの誤差。AIがどれだけ間違えるかを示す指標。
N (Resources)投下される資源。AIのサイズ(パラメータ数)、学習データ量、計算量(コンピュート)など。
α, aモデルやデータによって決まる定数。αはグラフの傾き、aは切片に相当。
b (Bayes Error)理論的な性能限界。本質的に解決不可能な曖昧さによる誤差。

この法則の要点は、AIに投下する資源(N)を増やせば増やすほど、誤差(L)が対数グラフ上で直線的に減少、つまりAIが賢くなり続けるという点にある。

ディープラーニング以前との違い: 従来の機械学習技術では、データを増やしても性能向上が比較的早い段階で頭打ち(プラトー)になる傾向があった。しかし、ディープラーニングに基づく現代のAIは、理論的限界(b)に達するまで、資源を投入し続ける限り性能が向上し続けるという特性を持つ。これは、AIが人間の性能を超えても、さらに賢くなり続ける可能性を示唆するものである。

「この ディープ ライニング と いう の は 本当 に この 限界 この ベース 誤差 に 近づく まで どこ まで も 性能 が 上がる。 この 資源 を 与え て あげれ ば 与え て あげる だけ 性能 が 上がっ て い く って いう ところ が 全然 違う。」

2. スケール則の進化と多角化

当初のスケール則は、主にAIモデルの学習段階における資源に焦点を当てていたが、2022年から2024年にかけて、その概念は大きく拡張された。

2.1. 学習時から推論時への拡張

AIの性能は、モデルを構築する「学習時」だけでなく、実際にモデルを「利用(推論)する時」に投下する計算資源によっても向上することが明らかになった。

種類内容人間への例え
推論時計算(反復探索)質問に対して即座に答えるのではなく、AIに「考える時間」を与える。この時間が長いほど、回答の質が向上する。難しい問題に対して、じっくり時間をかけて考える。
長いコンテキストウィンドウ / RAGAIが回答を生成する際に、大量の外部情報を参照できるようにする。テストの際に、教科書やインターネットを参照する(オープンブック試験)。

これらの技術により、既存のAIモデルの性能を、推論時の工夫によってさらに引き上げることが可能になった。

2.2. モーダルスケーリング:能力の飛躍的拡大

スケール則における最も重要な進展の一つが、多種多様なデータ形式(モダリティ)を統合して学習させる「モーダルスケーリング」である。

  • 対象モダリティ: テキスト、画像、音声、動画、3Dデータ、ロボットの動作データ、加速度・ジャイロセンサーデータなど。
  • 相乗効果: 異なるモダリティのデータを同時に学習させることで、知識が相互に補完され、単一のモダリティで学習するよりも高い性能が発揮される。
    • 例: 「月面で宇宙飛行士が馬に乗る」というテキスト(言語)から、対応する画像(視覚)を生成できる。これは言語と画像の概念がAI内部で結びついているために可能となる。
  • 汎用性への貢献: このアプローチにより、AIは物理的な身体性や世界の構造をより深く理解できるようになる。これにより、従来は専用AIが必要だったロボット制御や自動運転といったタスクも、巨大な汎用モデルで対応可能になると期待される。
  • 課題: テキストや画像と異なり、ロボットのセンサーデータのような特殊なマルチモーダルデータを大量に収集することは、非常に手間とコストがかかる「泥臭い作業」である。

「マルチ モーダル モデル に なる と、 例えば 未来 の 何か を 予測 し て くださ いっ て 言っ た 時 に AI は それ を 映像 化 さ れ た 世界 で も 想像 し て、 しかも それ を 自分 の 中 で 反数 し て より 確か らしい 結果 に し て 返し て くれる こと が できる よう に なる。」

3. スケーリングのコストと持続可能性

スケール則に従うAIの性能向上は、膨大なコストと資源消費を伴う。

3.1. 指数関数的に増大するコスト

スケール則の傾き(α)は比較的小さく(例:0.08)、性能をわずかに向上させるためにも、莫大な資源の追加投入が必要となる。

  • 性能向上とコスト: AIの誤差を半減させるためには、資源を約5,800倍に増やす必要がある。近年の年間13%の性能向上でさえ、資源を毎年5.7倍にするペースが求められる。
  • 地球規模の投資: AI専用の学習クラスターは、今や世界最速のスーパーコンピュータを凌駕する規模となっている。2030年までには、AI計算資源への累計投資額が7兆ドル(約1000兆円)規模に達するとの予測もある。
  • 持続可能性への懸念: AIが必要とする電力消費量は年々増加しており、地球の資源的限界に達しつつあるという指摘がなされている。

3.2. 効率化による限界の克服

一方で、2025年頃には、単純な資源投入だけでなく、技術的な「効率化」が性能向上に大きく寄与していることが明らかになった。

  • 効率化の要因: より少ない計算で学習できるアルゴリズム、電力効率の高い半導体ロジックなど、AI研究者による継続的な改善努力。
  • 予測を上回る成長: この効率化のおかげで、AIの性能は当初のスケール則の予測を上回るペースで向上している。
  • 成長の持続: この効率化のペースが今後も維持されれば、資源の限界が懸念されつつも、AIの指数関数的な成長はまだ数年続くと考えられる。
    • 例: AIモデルのサイズは2018年から2025年(GPT-5)までの間に3万倍に増加した。これは1年半で10倍になるペースに相当し、生物の進化ではありえない速度である。

「単純 に どんどん 計算 資源 と か を 増やし てる だけ じゃ なく て、 いろんな 効率 化 の 技術 も 同時 に 開発 さ れ てる から な ん です よ ね。」

4. スケール則がもたらす課題と限界

スケール則は強力な指針であるが、万能ではなく、いくつかの限界や課題も存在する。

4.1. 資源のボトルネック

スケーリングを継続する上で、特定の資源が不足することが最大の障害となる。

  • データの枯渇問題: AIの性能向上ペースが速すぎるため、学習に必要となる高品質なデータの生成が追いついていない。特にインターネット上のテキストデータは枯渇しつつあると言われている。
  • 資源のミスマッチ: スケール則は、全ての資源(データ、計算量、パラメータ)がバランス良く供給されることを前提とする。どれか一つでも不足すると、それがボトルネックとなり全体の性能向上が阻害される。

4.2. その他の潜在的限界

限界の種類内容
理論的限界(ベイズ誤差)データに本質的に含まれる曖昧さやノイズ。例えば、ある事象に対する人間の意見が分かれる場合、AIが全員を納得させる単一の正解を出すことは原理的に不可能。
演算精度の限界計算の効率化のために演算精度を下げてきたが、これが将来的に性能の頭打ちの原因となる可能性がある。
アーキテクチャの限界現在主流のTransformerアーキテクチャが、世の中の全ての情報を効率的に表現できるとは限らない。未発見の情報を捉える新しいアーキテクチャが登場すれば、さらなる性能向上の可能性がある。

5. AI研究開発者への戦略的提言

スケール則の存在は、AI分野の研究開発のあり方を根本的に変える。

5.1. 「無用の長物」となる研究の回避

スケール則の進展により、これまで有効とされてきた多くのAI技術が陳腐化する可能性が高い。

  • 代替される研究: 特定の課題を解決するために作られた特化型アルゴリズムや、小手先の工夫を凝らした技術の多くは、数年後にはより高性能な汎用AIに単純な指示を与えるだけで代替されてしまう。
    • 例: かつてStable Diffusionで必要とされた複雑なプロンプトエンジニアリングや制御技術は、より新しい画像生成AIの登場で多くが不要になった。
  • 避けるべき行動:
    1. 将来スケールで解決される問題に対し、特化型のアルゴリズムを開発しない。
    2. 資源配分の最適化を検討せず、安易に目先のアーキテクチャ改善に走らない。

「今 の AI の 限界 は ここ だっ て 今 の AI の 限界 だけ を 見 て その ため に は こんな コ 先 の 工夫 が 必要 です と かっ て 言っ て て も それ 2、 3 年 後 に は いら なく なっ てる ん です よ。」

5.2. 推奨される3つの道

AI研究開発者が取るべき道は、以下の3つに大別される。

パス対象者内容
1. スケールの推進世界トップレベルの企業・研究機関スケールをより効率的に、スムーズに進めるための基盤研究(効率化、資源配分、データ収集など)に集中する。
2. 本質的限界の探求一部の基礎研究者スケールだけでは解決できない本質的な問題(理論的限界など)を探求する。成功すれば大きなインパクトがあるが、困難な道。
3. 応用研究への集中大多数の研究者・開発者最も推奨される戦略。 巨大企業が開発した最先端のAIモデルを「道具」として徹底的に活用し、実用的なアプリケーションやサービスを開発して価値を創出する。

5.3. スケール則に乗るということ

「スケール則に乗る」とは、この巨大なパラダイムを前提とし、自身の研究開発をそれに最適化させることを意味する。

  • AI研究者: 最新の巨大AIモデルを使いこなし、その能力の限界や新たな可能性を探求することに専念する。
  • 他分野の研究者: 自身の専門分野の研究を加速・効率化するために、最先端AIを徹底的に活用する(コード生成、データ分析、論文執筆支援など)。

これは、創造性を放棄することではなく、AIという強力な増幅器を用いて、自らの能力を最大限に引き出すための現代的な研究開発スタイルである。

「AI 研究 開発 者 AI は とにかく 最新 の AI モデル の 使いこなし に 洗念 する。 一体 この 最新 の AI を 活用 すれ ば 何 が できる の か って いう の を 掘り まく る っていう の が 1 番 お すすめ です。」

AI性能を規定する「スケール則」:原理、発展、そしてAGIへの道筋

AI

1. はじめに:AI開発の羅針盤となるスケール則

現代のAI開発パラダイムにおいて、「スケール則(Scaling Laws)」は中心的な羅針盤としての役割を担っています。かつてAIの性能向上は、画期的なアルゴリズムの発見といった予測不能なブレークスルーに依存すると考えられていました。しかしスケール則の発見は、その常識を覆しました。AIの性能は、投入される計算資源(コンピュート、データ、モデルサイズ)の量によって、驚くほど正確に予測可能であるという革命的な変化が起きたのです。この法則は、一部の研究者の経験則から、今や巨大AIモデル開発の戦略そのものを規定する基本原理へと昇華しました。

本解説書は、このAI開発の根幹をなす「スケール則」について、その基本的な定義から最新の発展、そして内在する経済的・理論的な課題までを体系的に解説します。さらに、この巨大な潮流の中でAI技術者が取るべき戦略的指針を提示することを目的とします。

まずは、スケール則がどのような原理に基づいているのか、その基本的な定義と構成要素から掘り下げていきましょう。

2. スケール則の基本原理

スケール則とは、AIの性能を予測するための強力な経験則です。この法則は2017年頃からディープラーニングの研究者の間で認識され始め、2020年には明確な数式を伴う論文として定式化されました。その核心は、「AIモデルに投入する資源を増やせば増やすほど、その性能は予測可能な形で向上し続ける」という点にあります。

この単純な法則の発見は、AI研究の歴史における決定的な分岐点となりました。2017年から2020年にかけて、このスケール則の可能性に賭け、巨大なAIの学習に舵を切った研究者たちはその後大成功を収めました。一方で、小規模なモデルで「小手先の工夫」を重ねる従来の研究スタイルに留まった者たちは、スケールの圧倒的な力の前で成果が伸び悩み、後塵を拝することになったのです。このパラダイムシフトの認識こそが、現代AIを理解する第一歩となります。

2.1. スケール則の定義と数式

スケール則は、以下の数式によってシンプルに表現されます。これは、AIの性能(誤差の小ささ)が、投入資源の量にべき乗則で従うことを示しています。

L = a * N^(-α) + b

この数式の各要素は、次のように解説できます。

  • L (ロス): AIの「誤差」を指します。つまり、「どれだけ間違えるか」を示す指標であり、この値が小さいほどAIの性能は高いと言えます。
  • N (資源): AIの学習に投入される資源の総称です。具体的には、後述するモデルのパラメータ数、計算量、データセットサイズなどが含まれます。
  • -α (スケーリング指数): 資源(N)の投入に対する性能向上の効率を示します。両対数グラフ上では、性能向上を示す直線の「傾き」に相当します。
  • b (理論的限界/ベーズ誤差): これ以上は性能が向上しない、本質的な誤差の下限値です。例えば、人によって答えが異なる主観的な問題など、原理的に曖昧な問題が持つ誤差などがこれにあたります。

この数式が示す最も重要な点は、資源(N)を増やし続ける限り、理論的限界(b)に達するまで誤差(L)が予測可能に減少し続けるということです。

2.2. スケールを駆動する3つの主要資源

スケール則における主要な資源「N」は、主に以下の3つの要素から構成されます。これらは、人間の学習プロセスに例えると直感的に理解できます。

  1. パラメータ (Parameters):
  • AIの「脳のサイズ」に相当します。パラメータ数が多いほど、モデルはより複雑で解像度の高い知識を表現・記憶することができます。人間の脳のサイズには物理的な限界がありますが、AIはGPUメモリを増やすことで、原理的には際限なく脳のサイズを大きくできます。
  1. 計算量 (Compute):
  • AIの「勉強時間」に例えられます。同じ教材(データ)と脳のサイズ(パラメータ)であっても、より多くの時間をかけて学習(計算)することで、知識の定着度や精度が向上します。人間の一生における勉強時間は限られていますが、AIは何千年分もの学習を短期間で実行可能です。
  1. データセットサイズ (Dataset Size):
  • AIが利用する「教材の量」です。より多くの、そして多様な教材(データ)に触れることで、知識の幅と正確性が高まります。人間が一生で読める本の量には限りがありますが、AIはインターネット上の膨大なテキストや動画をすべて学習の糧とすることができます。

2.3. ディープラーニング以前との決定的差異

このスケール則の特性こそが、現代のディープラーニング技術を過去の機械学習手法と一線を画す決定的な要因となっています。旧来の機械学習手法でも、データを増やすと性能が向上する傾向は見られましたが、比較的早い段階で性能向上が頭打ちになる「天井」が存在しました。

一方で、ディープラーニングに基づくモデルは、理論的限界に限りなく近づくまで、資源を投入し続ける限り性能が向上し続けます。この「天井知らず」の特性が、人間を超える性能を持つ汎用人工知能(AGI)の実現可能性を強く示唆する根拠となっているのです。

3. スケール則の進化と拡張

初期のスケール則は、主にAIを構築する「学習時」に投入される資源に焦点を当てていました。しかし近年の研究では、この概念がAIを実際に利用する「推論時」の計算や、学習データの「種類(モダリティ)」にまで拡張され、性能向上を加速させる新たな道筋が拓かれています。

3.1. 学習時から推論時へ:実行時に賢くなるAI

新たに発見された重要なスケーリングの次元が「推論時計算(Inference-time Compute)」です。これは、学習済みのAIを実行する際に資源を投入することで、その場で性能を引き上げるアプローチです。人間が問題を解くプロセスに例えると分かりやすいでしょう。

  • 反復探索(考える時間): 質問に対して即答するのではなく、AIが内部で答えを何度も検証・精緻化する時間を与えることで、正解率が向上します。これは、私たちが難問に対して「少し考えさせてください」と時間をかけることで、より良い答えにたどり着くプロセスに似ています。最近のAIが質問後に「考えています…」と表示するのは、まさにこの原理を活用しているのです。
  • 参照情報の拡張(オープンブックテスト): 長い文脈(コンテキストウィンドウ)を扱えるようにしたり、RAG(Retrieval-Augmented Generation)技術を用いたりすることで、AIは推論時に大量の外部情報を参照できます。これは、テストを受ける際に自分の記憶だけを頼りにするのではなく、教科書やインターネットを自由に参照できる「オープンブックテスト」のようなものです。参照できる情報が多いほど、より正確で詳細な回答を生成できます。

3.2. モーダルスケーリング:次なるフロンティア

スケール則の最もエキサイティングな進化が「モーダルスケーリング」です。これは、AIの汎用性を飛躍的に高める鍵となります。「モーダル」とはデータの種類を指し、モーダルスケーリングとは、テキスト、画像、音声、動画、3Dデータ、ロボットの動作といった多種多様なデータを同時に学習させるアプローチです。

この手法の強力さは、単に扱えるデータの種類が増えること以上に、異なるモーダル間の相互補完関係にあります。例えば、言語モデルが「月」や「馬」、「宇宙飛行士」という概念をテキストと画像の双方から学習することで、「月面で馬に乗る宇宙飛行士」という、現実には存在しない新しい概念を画像として創造できるようになります。

さらに重要なのは、これがAIに豊かな内部「思考」プロセスをもたらす点です。マルチモーダルAIは、ある問いに対して、頭の中で未来の出来事を映像としてシミュレートし、その結果を言語化して回答を生成するといった、モーダルを横断した高度な推論が可能になります。これは、単一モーダルの学習では到達できない抽象的レベルでの理解であり、物理世界を理解する「世界モデル」や、人間のように様々なタスクをこなすAGIの実現に不可欠な要素です。

4. スケーリングの経済的現実と持続可能性

スケール則はAIの性能向上を約束する一方で、その裏には指数関数的に増大するコストという厳しい現実が存在します。この経済的・物理的な持続可能性は、AI開発における重大な課題となっています。

4.1. 性能向上のための指数関数的コストと予測可能性

スケール則が要求する資源の増加ペースは、直感を絶するほど急峻です。

  • AIの誤差(クロスエントロピー)を半減させるためには、投入資源を約5,800倍にする必要があります。
  • 近年の実績である年率13%年率5.7倍のペースで増やし続けなければなりません。

これは、もし去年1億円で開発できたモデルと同等の性能向上を今年も達成しようとすれば、今年は5.7億円、来年はそのさらに5.7倍(約32億円)の投資が必要になることを意味します。この莫大なコストが、最先端のAI開発を、潤沢な資金を持つ一部の巨大テック企業に集中させる大きな要因となっています。

しかし、このコスト増大には決定的に重要な側面があります。それは、投資に対するリターンが極めて予測可能であるという点です。他の多くの事業では、資金を倍増させても売上や成果が倍になる保証はどこにもありません。しかしAIの世界では、「これだけ投資すれば、性能がこれだけ向上する」という法則が成り立ちます。この予測可能性がAIを他に類を見ないほど魅力的な投資対象とし、現在の爆発的な資金流入の根本的な原動力となっているのです。

4.2. 効率化という希望:ムーアの法則との類似性

AIの発展は単純な資源の物量投入だけで成り立っているわけではありません。同時に、ハードウェアの進化やアルゴリズムの改善による「効率化」も急速に進んでいます。この「スケールアップ」と「効率化」という2つの車輪が同時に回ることで、指数関数的なコスト増をある程度相殺し、発展を持続させているのです。この構造は、長年にわたり半導体の進化を支えてきた「ムーアの法則」が、様々な技術的工夫によって維持されてきた歴史と類似しています。

この効率化を含めた指数関数的な成長の凄まじさを理解するために、ある比較が役立ちます。2018年のAIと2025年のAI(GPT-5相当)では、モデルサイズ(脳のサイズ)に約6桁、つまり100万倍近い差があります。生物界において6桁の差とは、ショウジョウバエの脳と人間の脳の差に匹敵します。わずか7年で、AIはハエから人間レベルへと進化を遂げたのです。この比喩は、私たちが直感的には理解し難いAIの発展ペースを体感させてくれます。

5. スケール則が直面する課題と理論的限界

資源を投入しさえすればAIの性能が無限に向上するという考えは、残念ながら現実的ではありません。スケール則には、複数の理論的・実践的な限界が存在し、それらが今後の発展におけるボトルネックとなりつつあります。

5.1. 資源のミスマッチ:データ枯渇問題

現在、最も深刻な課題の一つが「データの枯渇」です。AIの性能向上のペースは、インターネット上で生成される高品質なデータの量を上回っており、学習に不可欠な「教材」が不足し始めています。このボトルネックを解消するため、以下のようなアプローチが探求されています。

  • モーダルスケーリング: テキストや画像といった既存のデータだけでなく、動画、音声、3Dデータ、センサーデータなど、これまであまり活用されてこなかった種類のデータを学習に取り入れる。
  • 合成データ: AI自身に学習用のデータを生成させる。これに対して「AIが作ったデータで学習すると性能が劣化する」という批判もありますが、それは一面的な見方です。人間もまた、人間が作り出したデータ(書物、芸術、会話)から学習しており、AIも本質的には何ら変わりません。品質管理の仕組みを導入すれば、合成データは有効な解決策となり得ます。

5.2. 越えられない壁:理論的限界とアーキテクチャ

  • ベーズ誤差: これは、問題そのものが内包する本質的な曖昧さによる誤差の限界です。例えば、「この芸術作品は美しいか?」という問いには唯一絶対の正解は存在せず、人によって答えが異なります。このような問題では、AIがどれだけ賢くなっても、全ての人を納得させる答えを出すことはできず、一定の誤差は不可避です。
  • アーキテクチャの限界: 現在主流のTransformerアーキテクチャは強力ですが、万能ではない可能性も指摘されます。しかし、この限界は慎重に捉えるべきです。ディープラーニングという技術自体は、理論的にあらゆる計算処理を表現可能であること(チューリング完全)が証明されています。したがって、Transformerの限界は根本的な能力の壁というより、特定のタスクに対する効率の問題である可能性が高いのです。これは克服不可能な障壁ではなく、最適化の課題と見なすべきでしょう。

5.3. 実世界への展開における障壁

仮にAGIレベルの技術が完成したとしても、それをロボットのような物理的な実体として社会に展開するには、技術以外の障壁が存在します。

  • 製造と運用のコスト: 高度なAIを搭載したロボットの製造コストに加え、その「頭脳」をクラウドで動かすための高額な運用コスト(例えば月数十万円のサブスクリプション)が発生します。
  • 法整備: 自動運転車と同様に、事故発生時の責任の所在など、法的な枠組みの整備が必要です。
  • 社会的受容性: 人々の生活空間で自律的なロボットが活動することへの心理的な抵抗感や安全性への懸念です。

これらの課題は、技術の進歩だけでは解決できず、社会全体の取り組みが必要となります。

6. AI技術者のための戦略的指針

スケール則がもたらす圧倒的な影響力を踏まえると、AI研究者や開発者は自らの立ち位置と戦略を慎重に考える必要があります。もはや「小手先の工夫」だけでは、巨大なスケールの波に飲み込まれてしまうからです。

6.1. パラダイムシフトの認識

スケール則が支配する現代において、特定の用途に特化した小規模なアルゴリズムの研究開発は、長期的にはその価値を失います。なぜなら、現在専門的なアルゴリズムで解決している問題の9割は、数年後にはより巨大な汎用モデルが、より高い性能で解決してしまう可能性が極めて高いからです。スケール則という戦略的現実を直視すれば、多くの特化型研究は将来的に陳腐化することが避けられないのです。

6.2. 選択すべき2つの戦略的キャリアパス

この時代において、AI技術者が取るべき長期的に有効な戦略は、以下の2つの方向に集約されます。

    1. スケールそのものに貢献する研究
    • 巨大なAIをより効率的に学習・実行させるための基盤技術開発に貢献する道です。資源の最適配分理論、効率的なデータ収集、多様なモーダルを統合する技術の研究などが含まれます。これは、巨大AIを開発するトップ企業や研究機関で中心的な役割を担うキャリアパスです。
    1. スケールの恩恵を最大限に活用する応用開発
    • 最先端の巨大モデルを一つの強力な「部品」と捉え、それをいかに「使いこなし」、実用的なアプリケーションを迅速に開発してビジネス価値を創出するかに集中する道です。研究開発よりも、応用と実装に重点を置きます。

6.3. 回避すべきアプローチ

一方で、長期的には「筋が悪い」と見なされるアプローチも明確に存在します。

  • 特化型アルゴリズムへの固執: 将来、巨大な汎用モデルが解決するであろう問題に対し、過度に特化した独自のアルゴリズム開発に固執することは、戦略的な誤りです。例えば、初期の画像生成AI(Stable Diffusionなど)に対して考案された多くの「小手先の工夫」は、ベースモデル自体の性能が向上したことで、そのほとんどが不要になりました。この歴史が示すように、その努力は数年で無に帰す可能性が高いのです。
  • スケールを無視した改善: 問題に直面した際、まず「より多くの資源を投入すれば解決できないか」を検証せずに、安易にアーキテクチャの変更といった局所的な改善に走るのは非効率です。スケールという最も強力なレバーを試す前に、他の手段を講じるべきではありません。

7. 結論:スケール則と共に未来を築く

スケール則は、もはや単なる経験則ではなく、現代AIの進化を支配する根源的な力です。そして、現在の技術の延長線上で汎用人工知能(AGI)の達成を可能にする、最も強力かつ予測可能な原動力であると言えるでしょう。

もちろん、その道程には莫大なコスト、データの枯渇、物理的な限界といった数々の課題が待ち受けています。しかし、ハードウェアとアルゴリズムの「効率化」に向けた絶え間ない努力と、限られた資源をどこに投下すべきかを見極める戦略的な配分によって、AIの発展は今後も継続していく可能性が極めて高いと考えられます。

最終的に、これからの時代を生きるAI技術者にとって最も重要なことは、この「スケール則」という巨大な潮流を正しく理解し、それに逆らうのではなく、その波に賢く「乗る」ことです。スケールとは、単なる研究テーマの一つではありません。それは、自らの能力を10倍、100倍に拡大するための、現代における最も強力な知的レバレッジなのです。自身の研究開発や応用展開をこの大きな文脈の中に位置づけることで、初めて持続的な価値を創造し、AIと共に未来を築いていくことができるのです。

AGI 達成の主要因 : スケール則

AI

AIの発展とAGI(人工汎用知能)達成の可能性という文脈において、これらのソースは‌‌スケール則‌‌がAGI達成の主要因であると強く主張しています。このスケール則(スケーリング・ロー)は、現在のAI技術の延長線上でAGIの実現が十分に可能であるとする根拠の中核をなしています。

以下に、スケール則の定義、そのメカニズム、およびAGI達成への影響について、ソースに基づき包括的に説明します。


1. スケール則の定義とAGI達成への示唆

‌スケール則とは‌‌ スケール則は、AIモデルにおける‌‌資源の投入量($N$)‌‌と‌‌性能(誤り率 $L$)‌‌の関係を示す経験則です。これはディープラーニングの技術が登場して以降に発見された法則であり、2017年頃から研究者の間で認知され、2020年頃には論文として確立されました。

最も簡単な形で言えば、AIに‌‌たくさんのお金をかける‌‌(GPUを買い与え、データを供給し、計算量を増やす)ことで、AIの誤りがどんどん小さくなり(賢くなり)、性能が向上することを意味しています。

数式上では、AIがどれくらい間違えるかを示す誤差($L$)は、資源($N$)の増加に伴い、‌‌天井知らずで下がり続ける‌‌と予測されます(厳密には論理的限界であるベース誤差までは性能が上がり続ける)。この法則は、現在のAIに利用されているディープラーニング以前の機械学習技術にはなかった特性です。

‌AGI達成への直接的な可能性‌‌ このスケール則の存在により、AIがリソースを増やし続ける限り、人間が持つ性能を‌‌超えても‌‌性能が上がり続けるのではないかという予測が生まれています。

  • 現在の技術(ディープラーニング)の延長線上で、AGIを達成するために‌‌新たな技術的なブレークスルーは必要ない‌‌という見解が示されています。
  • 現在多くの研究者によって追求されている研究テーマの‌‌約9割‌‌は、AIが単にスケールし、より高性能になるだけで解決すると予想されています。

2. スケール則を構成する資源(N)の種類

スケール則における資源($N$)は多岐にわたり、AIの性能向上に寄与します。これらの資源は大きく分けて「学習時」と「推論時」、そして「データの種類」に関連するものがあります。

2.1. 学習時リソース(AIの構築に投入される資源)

これらはAIモデルを構築する際に投入するリソースです。

  1. ‌パラメーター数(モデルサイズ/脳のサイズ):‌
    • AIの脳のサイズに相当します。人間が脳のサイズに大きな個人差がないのに対し、AIはGPUのメモリサイズを増やすことで‌‌無尽蔵に脳のサイズを大きくできる‌‌とされます。
    • パラメーターを増やすことは、表現できる解像度が上がり、‌‌複雑な境界線‌‌(イエス/ノーの境界など)をより正確に表せるようになることを意味します。
  2. ‌学習データ量(学習教材の量):‌
    • AIが学習に使うデータ量です。人間が一生のうちに読める本の量が限られているのに対し、AIはインターネット上の‌‌膨大なデータ‌‌(例:YouTubeに1日で上がる、人が一生で見きれないほどの動画)を全て見て学ぶことができます。
    • 学習に使うデータ点を増やすことで、境界線をより正確に推論・学習する材料が増えます。
  3. ‌計算量:‌
    • AIが学習にどれぐらい長い時間勉強するかを表します。計算量を増やすことで、学習初期の曖昧な境界線が、より‌‌正解の境界線に近づいていく‌‌(性能が向上する)と説明されます。

2.2. 推論時計算リソース(AIの実行時に投入される資源)

これは、作成されたAIを実際に実行する時の計算量です。これも性能向上に直結することが知られています。

  1. ‌反復探索(考える時間):‌
    • AIが答えを出す際に、しばらく「考えさせる」時間を与えること(例:チャットAIが「考えています」と表示する時間)。人間がテスト問題を10分で解くのと1時間かけて解くのとで正解率が変わるように、AIも考える時間が長いほど性能が上がります。
  2. ‌長いコンテキストウィンドウ/参照情報:‌
    • 推論時にAIがどれくらい多くの情報を参照できるか。電卓、教科書、インターネット全体を参照できる方が、自分の頭一つで解くよりも成績が上がる(正しい答えを導ける)のと同様に、AIも参照情報が多いほど性能が上がります。

2.3. モーダル(データの種類)の統合

AIが扱うデータ(モーダル)の種類を増やすことも、重要なスケーリング要素です。

  • ‌マルチモーダルAI‌‌は、テキストや画像だけでなく、動画、3Dデータ、音声、ロボットの動き(加速度、ジャイロなどのセンサーデータ)といった‌‌様々なデータタイプ‌‌をまとめて学習します。
  • これにより、異なるモーダル間で知識が相互に補完され、‌‌汎用なAI(AGI)‌‌が実現できる可能性が非常に高まります。例えば、言語と画像を組み合わせることで、世の中に存在しない画像を生成する(月面で宇宙飛行士が馬に乗った画像)ことが可能になっています。
  • このマルチモーダルなスケーリングは、AIが文章や絵だけでなく、‌‌身体性‌‌まで理解し、より高度な予測や回答が可能になることを意味します。

3. スケーリングのコストと効率化

スケール則は強力ですが、それを実行するには膨大なリソースとコストが必要です。

‌指数関数的な成長とコスト‌‌ AIモデルの性能を向上させるためには、資源投入量を指数関数的に増やさなければなりません。

  • AIにおける誤差(クロスエントロピー)を半分にするには、単純計算で‌‌5800倍の資源‌‌が必要とされます(ただし、クロスエントロピーの半減は人間にとって劇的な性能向上に相当します)。
  • 最近のAIの年間13%程度の性能向上ペースを維持しようとすると、必要な資源は‌‌年間5.7倍‌‌程度に増加します。
  • このペースは持続可能性の限界に近づいており、AIの学習専用クラスター(数万~数十万台のGPUサーバー)は、すでに世界最速のスーパーコンピューターよりも大きな計算能力を持つようになっています。
  • 2030年までに、世界全体のAI学習のための計算資源への累積投資は‌‌7兆ドル(約1000兆円)規模‌‌に達すると予測されています。

‌効率化によるスケーリングの継続‌‌ かつては地球の限界に達する可能性が指摘されていましたが、近年、単純なスケールアップだけでなく、効率化技術(少ない計算で学習できる技術、電力効率の高い半導体ロジックなど)も同時に開発されています。

  • この効率化も加味すると、性能向上は‌‌指数関数的‌‌に実現できており、これにより当初予測されていたよりも少ない計算資源で同等の性能が実現できています。
  • この効率化の恩恵により、スケーリングは今後も数年間、現在のペースで継続するだろうと予測されています。

4. スケーリングの限界とボトルネック

スケール則は強力ですが、性能向上のボトルネックとなりうる制約も存在します。

  1. ‌資源のミスマッチ(データ枯渇問題):‌
    • スケール則は、‌‌全ての要素が潤沢に揃っている‌‌場合に成り立つ法則です。
    • 現在、AIの性能向上ペースが早すぎるため、インターネット上のテキストや動画などのデータ増加がAIの要求に追いついていない‌‌データ枯渇問題‌‌が起きています。
    • データが不足している場合、どれほど計算資源や巨大なAIの脳を用意しても性能は上がりません。このボトルネックを解消するために、マルチモーダルデータ(多様な種類のデータ)の拡充や、AI自身によるデータ生成が試みられています。
  2. ‌理論的限界(ベイズ誤差):‌
    • スケール則による性能向上は、本質的に解けない問題(例:倫理観のように人によって答えが異なる質問)による‌‌ベイズ誤差‌‌という理論的限界まではカバーできます。これ以上の性能向上は、人間であろうとAIであろうと不可能です。

結論として、ソースは、AGI達成の鍵は、現在のAI技術をより洗練させること(アーキテクチャの抜本的な改善など)ではなく、計算資源、データ、モデルサイズ、そして多様なモーダルといった資源を‌‌泥臭く、かつ指数関数的に投入し続ける‌‌こと(スケーリング)にあると断言しています。

AGI 実現に向けた課題と限界

AI

AIの発展とAGI(人工汎用知能)達成の可能性という大きな文脈において、ソースはAGI実現がスケール則の延長線上で可能であると強く予測しつつも、その実現に向けて克服すべき‌‌課題‌‌や‌‌限界‌‌についても明確に指摘しています。

これらの課題は、主に「資源の持続可能性とコストの限界」「理論的・技術的なボトルネック」「社会実装と運用上の障壁」の三つの側面から説明されています。


1. 資源の持続可能性とコストの限界

AGI達成の主要因である「スケール則」を追求する上で、最も現実的かつ差し迫った課題は、その実行に要する‌‌膨大なコストと資源の持続不可能性‌‌です。

a. 指数関数的なコスト増大

AIの性能(誤差 $L$)をわずかに向上させるために、投入すべき資源($N$)は指数関数的に増加します。

  • AIの誤差(クロスエントロピー)を半分にするためには、理論上‌‌5800倍の資源‌‌を増やす必要があります。
  • 近年の年13%程度の性能向上を維持するためには、資源を‌‌毎年5.7倍‌‌程度に増加させる必要があります。
  • このような成長ペースは「‌‌あんまり持続可能じゃない‌‌」と指摘されており、すでにAIの学習専用クラスターは世界最速のスーパーコンピューターを凌駕する計算能力を持つに至っています。
  • 2030年までに、世界全体のAI学習のための計算資源への累積投資は‌‌7兆ドル(約1000兆円)規模‌‌に達すると予測されており、AIのスケーリングは「‌‌人類、地球の限界にまで達している‌‌」状況だと表現されています。

b. 効率化による相殺(一時的な解決策)

かつては地球の限界に達する可能性が指摘されましたが、近年は、単純なスケールアップだけでなく、効率化技術(少ない計算で学習できる技術、電力効率の高い半導体ロジックなど)も同時に開発されています。この効率化によって、当初の予測よりも少ない資源で同等の性能が実現できており、スケーリングは今後数年、このペースで継続すると見られています。しかし、この効率化は、コストの増大を‌‌遅らせている‌‌にすぎません。

2. 理論的・技術的なボトルネック

スケール則は強力ですが、その効力を発揮するために必要な資源のバランスが崩れると、性能向上のボトルネックとなります。

a. 資源のミスマッチ(データ枯渇問題)

スケール則は、GPU、メモリ、データなど‌‌全ての要素が潤沢に揃っている‌‌場合に成り立ちます。現在、AIの性能向上ペースがあまりにも速いため、以下の問題が起きています。

  • ‌データ枯渇:‌‌ インターネット上に公開されているテキストや動画などのデータ増加が、AIの性能向上(スケール)が求めるデータ量に追いついていません。
  • データが不足している場合、どれほど計算資源や巨大なAIの脳を用意しても性能は上がりません。このボトルネックを解消するため、マルチモーダルデータ(多様なデータ種類)の拡充や、AI自身によるデータ生成(ただし、これも計算リソースが必要)が求められています。

b. 理論的限界(ベイズ誤差)

AIの性能向上は、‌‌理論的限界(ベイズ誤差)‌‌までは到達可能です。

  • ベイズ誤差とは、‌‌本質的に解けない問題‌‌、つまり人によって答えが異なるような問題(例:倫理観、善悪の判断など)における理論上の最小誤差です。
  • AIがどんなに賢くなろうが、人間がどんなに賢くなろうが、この理論的限界を超えることはできません。これはAIの限界であると同時に、人間を含む知性全体の限界でもあります。

c. アーキテクチャと演算精度の限界(潜在的な課題)

現在のAIの土台となっている「トランスフォーマー」などのアーキテクチャが、元データに含まれる全ての要素や特徴を表現しきれるのか、という‌‌アーキテクチャの限界‌‌の可能性も議論されています。

また、AIの効率化のために演算精度を落とす技術が用いられてきましたが、今後は、この‌‌演算精度も投入すべき資源の一つ‌‌として考え直され、どこかのタイミングで精度を高めていかないと、性能向上の頭打ちの原因になる可能性があります。

3. 社会実装と運用上の課題

AGIレベルの高性能AIが開発されたとしても、それが社会に普及し、最大限の価値を発揮するためには別の課題が存在します。

a. 実世界(ロボティクス)への導入の難しさ

画像生成やチャットボットのようにサーバー上で完結するサービスと違い、‌‌ロボット‌‌や‌‌自動運転‌‌のように実世界で物理的に動くAIの導入には時間がかかります。

  • ‌物理的コストと複雑性:‌‌ ロボットは複雑なメカニズムを製造、輸送する必要があり、単純にサーバーでプログラムを動かすのとはコストが異なります。
  • ‌社会的受容性と法整備:‌‌ 実世界でロボットが動き回ることは「危険」や「怖い」といった社会的な懸念を呼び、‌‌法整備や社会的受容性が整っていない‌‌という課題があります。自動運転が時間がかかると言われるのもこのためです。

b. 運用(推論時)の高コスト

AGIが実現しても、その‌‌運用コスト‌‌が高いままであれば、広範な普及の障壁となります。

  • 強力なAIは実行するだけでも膨大な計算資源を必要とします。
  • 例えば、工場で24時間稼働するロボットAIの頭脳をクラウドで処理する場合、初期段階では月数十万円のサブスクリプションが必要となるなど、高コストが予想されます。
  • ただし、このコストは時間とともに安くなると予測されており、最終的には年間数百万円で働く作業員がAIに置き換わる未来が来るまでには、‌‌多少時間がかかる‌‌だろうとされています。

研究開発とビジネス戦略

AI

AIの発展とAGI(人工汎用知能)達成の可能性というより大きな文脈において、ソースは‌‌スケール則‌‌が支配AIの発展とAGI(人工汎用知能)達成の可能性というより大きな文脈において、ソースは‌‌スケール則‌‌が支配する現状を踏まえ、研究開発(R&D)とビジネス戦略に関して、従来のやり方からの‌‌大きな転換‌‌を推奨しています。特に、巨大なAIモデルを開発できる限られた企業と、その恩恵を受けるべき多くの研究者・開発者の取るべき道筋が明確に分けられています。

1. 研究開発(R&D)戦略:スケール則への集中と応用へのシフト

ソースは、AIがスケール則に従って発展し続けるという見解に基づき、研究テーマの約9割は単にAIをスケールさせる(より高性能にする)だけで解決すると予測しています。この未来を見据え、研究者や開発者が取るべき戦略は以下のように分類されます。

A. 巨大AI開発企業(OpenAI, Google, Anthropicなど)が注力すべき分野

潤沢な資金を持つごく一部の企業のみが、AGI達成の鍵となる「スケール」そのものに貢献する研究を行うべきだとされています。

  1. ‌スケール実現技術への集中‌‌:
    • ‌資源の最適配分と効率化の研究‌‌:AIの学習に必要な資源(GPU、メモリ、データ)をどのように配分すれば最もスケールするのか、そのボトルネックを特定し解消する研究に集中すべきです。
    • ‌泥臭いエンジニアリング‌‌:数万台のGPUのパワーを100%引き出すための、泥臭いエンジニアリングやデータセンターの建設、最先端GPUの開発など、インフラと効率化に労力を投入します。
    • ‌データの収集と管理‌‌:いかに効率的に、そして大量にデータを集めるか、という地道な作業に注力します。
  2. ‌基礎研究としてのモーダル統合‌‌:
    • 言語や画像だけでなく、動画、3Dデータ、音声、ロボットの動き(加速度、ジャイロ)といった‌‌マイナーなモーダル(データ種類)‌‌を統合する研究です。インターネット上で容易に手に入らない特殊なデータ(超音波、X線、宇宙観測データなど)を集め、様々なデータ種類を組み合わせることで、汎用的なAI(AGI)の実現に貢献します。
  3. ‌本質的限界の探求(困難な道)‌‌:
    • スケールでは解消しえない‌‌理論的な限界(ベイズ誤差)‌‌を深く探求することも研究テーマですが、これは成果が見つかりにくい「茨の道」であるとされています。

B. 資金力がない研究者・開発者の取るべき戦略

巨大AI企業が開発した高性能モデルが将来的にほとんどの問題を解決し、それ以外の技術は「‌‌無用な長物‌‌」になると予測されています。したがって、多くの研究者や開発者は、‌‌応用側‌‌に集中すべきです。

  1. ‌既存のAIを徹底的に活用することに専念‌‌:
    • 高性能なAIモデルを使いこなし、目先の課題を解決するために最大限の価値を出すことに注力します。
    • 「今利用できる最先端のAIを徹底的に使いこなし、自分たちの研究開発を効率化・加速する」ことが推奨されています。
  2. ‌将来的に置き換えられる技術開発の中止‌‌:
    • どうせ将来、巨大なAIモデルによって置き換えられるような、特化型アルゴリズムの作成や、細々とした「‌‌小手先の工夫‌‌」の開発はやめるべきです。例えば、高性能な画像生成アルゴリズムが登場した後、以前の小手先のテクニックがほぼ不要になった例が挙げられています。
  3. ‌応用研究(AIの活用法)の発掘‌‌:
    • AIに自動で作業をさせることにより「こんな使い方があったのか」「今までできなかったこんなことができるようになる」という‌‌応用開拓‌‌に集中することが、世界中の企業や個人が取り組むべき道だと結論付けられています。

2. ビジネス戦略:巨大モデルの「利用側」への集中

AGI達成の可能性が高い未来を見据えた場合、ビジネス面での戦略もスケール則を前提とする必要があります。

A. 投資の促進とAI開発の動機

スケール則は、投資家にとってAI開発への‌‌投資がしやすい‌‌構造を生み出しています。

  • AI開発は「‌‌これだけお金をかけたら、これだけ性能が上がる‌‌」という確実な予測が最初から立っているため、他の事業のように不確定性が少なく、投資家からの資金流入が急速に進んでいます。
  • これにより、AIの計算資源への投資は急速に進み、2030年までに世界全体で累積‌‌7兆ドル(約1000兆円)‌‌規模に達すると予測されています。

B. 運用と社会実装の課題

AGIが実現しても、それがすぐに社会に普及し、ビジネス価値を生むとは限らず、課題を克服するための戦略が必要です。

  1. ‌コストの壁‌‌:
    • 高性能AIは動かすだけでも膨大な計算資源が必要であり、非常にコストがかかります。例えば、工場で24時間稼働するロボットAIの頭脳をクラウドで処理する場合、初期段階では月数十万円のサブスクリプション費用がかかる可能性が指摘されています。
    • ただし、このコストは時間とともに安くなり、年間数百万円で働く作業員がAIに置き換わる未来は来ると予測されていますが、それには‌‌多少時間がかかる‌‌とされています。
  2. ‌実世界への導入(ロボティクスなど)‌‌:
    • 画像生成やチャットボットと違い、ロボットや自動運転など実世界で動くAIは、複雑な製造・輸送コスト、そして‌‌社会的な受容性の欠如‌‌(危険、怖いといった感情)、‌‌法整備の遅れ‌‌といった課題に直面します。自動運転に時間がかかるのもこのためです。
    • したがって、インターネット上で完結するサービス(コンピューター操作など)の領域ではAGI達成は時間の問題であっても、物理的な実世界での普及には時間がかかるという時間軸を考慮した戦略が必要です。

情報源

【AI】このままAIが発展するだけでAGI達成可能な理由

動画(52:44)

https://www.youtube.com/watch?v=2ZLe7KoDLhc

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(2025-10-28)