AI との対話 : 音楽全般から将来、欧州で高く評価されそうな「日本の全く評価されていない映像作品分野」まで
前置き
最近の Gemini AI は人間の感性に関わる話題において、かなり気の利いた対話ができるようになっている。そこで、音楽状況について対話してみた。
最後に、
今現在は全く評価されず、むしろ圧倒的に見くびられている日本の映像作品分野があります。そして、もしかすると、その映像分野は後世において高い評価を勝ち得るかも…そう個人的に予想しますが、その映像作品分野はなんでしょうか?
というクセ球を投げてみた。
目次
- 前置き
- 音楽映画が不調になった原因は?
- 映画の歴史の始まり
- 教会音楽から交響楽団への進化の過程
- 他の文明圏でオーケストラ的な発展が無かった理由
- クラシック音楽の特異性
- 絶対音楽と神の権威
- 真逆としての Jazz
- 合唱やオペラが Jazz にない理由
- ラップ音楽の場合
- ラップ音楽は男だけ?
- ラップ音楽の特質
- ラップ音楽と浪曲
- 駅前のピアノ教室
- クラシック音楽への入信
- ピアノを習う実利
- 将来、高く評価されそうな日本の映像作品
- 意外な答え
音楽映画が不調になった原因は?
Me: 近年になって、映画音楽がなぜか、不調になったと言われますが、その原因を分析してみて。
映画音楽が「不調」あるいは「耳に残らなくなった」と言われる現象は、単なる懐古趣味ではなく、映画制作の現場における構造的な変化が原因であると多くの専門家が分析しています。
主な原因は、大きく分けて以下の4つに集約されます。
1. 「メロディ」から「テクスチャ(音の質感)」へのシフト
かつての『禁じられた遊び』や『スター・ウォーズ』のように、誰もが口ずさめる明確な「メロディ(旋律)」を持つ音楽は減っています。 現代の主流は、ハンス・ジマー(『インセプション』『ダークナイト』など)に代表される、「ドーン」という重低音や、心拍のようなリズム、独特の音の響きを重視するスタイルです。これは「感情を音で説明する」のではなく、「その場の空気感や緊張感を体感させる」ことを目的としているため、単体で曲として 覚えにくいという側面があります。
2. 「テンポラリー・トラック(仮当て音源)」の弊害
これが最も深刻な原因の一つと言われています。
- 映画の編集段階で、監督は別の映画の有名な既存曲を「仮」で映像に当てて編集します。
- 編集が終わる頃には、監督の耳がその「仮の曲」に完全に馴染んでしまいます。
- 後から依頼された作曲家は、その仮の曲にそっくりな(しかし著作権に触れない程度の)音楽を作るよう要求されるため、革新的で個性的な名曲が生まれにくいという「模倣のループ」に陥っています。
3. 音響効果(SE)との境界線の消失
現代の映画は、爆発音、環境音、重低音などの音響効果が非常に精巧です。音楽が主張しすぎると、これらの「リアルな音」を邪魔してしまうため、音楽が効果音の一部として機能する(サウンドデザイン化する)傾向があります。 音楽が「背景に溶け込みすぎる」ため、観客の記憶に残る「主役級のテーマ曲」が入り込む余地が なくなっているのです。
4. 映像の圧倒的な表現力
最近の映像作品は、CG技術の向上により視覚情報が非常にリッチになりました。 以前は、登場人物の悲しみや風景の壮大さを「音楽で補う」必要がありましたが、今は映像だけで十分に説明できてしまうため、音楽が控えめ(アンダー・スコアリング)になったという見方もあります。
かつての映画音楽が「独立した一曲の芸術」だったのに対し、現代は「映画という体験の一部を構成するパーツ」へと役割が変わったと言えるかもしれません。
ちなみに、最近の作品でも『ラ・ラ・ランド』や『ジョーカー』のように音楽が強く主張して成功している例もあります。こうした「メロディ回帰」の動きについて、さらに興味はありますか?
映画の歴史の始まり
Me: 映画の歴史の始まりはチャプリンとか、戦艦ポチョムキンの頃?
チャップリンや『戦艦ポチョムキン』は、映画が「単なる見世物から芸術・言語へと進化した黄金期」の象徴ですが、実は映画の本当の誕生はそれよりも少し前に遡ります。
映画の歴史を語る上で欠かせない、3つの大きなステップに分けて整理してみましょう。
1. 映画の誕生(1890年代:発明の時代)
映画の始まりとして最も有名なのは、1895年のフランスです。
- リュミエール兄弟: 1895年、スクリーンに映像を映し出し、大勢で鑑賞する「シネマトグラフ」を公開しました。これが現代の映画館のルーツです。
- エジソン: 実はリュミエールより少し早く、箱を覗き込んで一人で見る「キネトスコープ」を発明していました。
この頃の映画は「駅に到着する列車」を映すだけの数十秒の映像で、物語はありませんでした。