Joseph Atwill : ローマ皇帝によるイエス創造の陰謀
前置き
なるほど、そういう見方もあるのか…という話題。神学者はもちろん、新約聖書学者もこぞって反発する主張になっている。確かに Joseph Atwill の説はとても面白く穿ってはいるが、反証材料が山のようにあるので面白い仮説だね、で終わる。
それはともかく、AI(NotebookLM) は 「壮大なプロパガanda」 という謎の生成ミスをしでかしているが、それを問い詰めても頑として認めようとしなかった(*1)。strawberry の r の個数のミスを連想させる。
(*1) : 展開
Me: 生成された解説書の冒頭部分に 「もし、私たちが知るイエス・キリストの物語が、ある政治的な目的のために創作された、壮大なプロパガandaだったとしたら——?」 とありますが、珍しいミスですね。
生成された解説書の冒頭に挙げられたそのフレーズは、ご指摘のような「珍しいミス」 というよりも、むしろ、提供された資料で議論されている極めて革新的な主要な論旨を正確に捉えているものと思われます。 この資料の核となる考え方は、私たちが知るイエス・キリストの物語は、ローマ皇帝による政治的目的のために創作された壮大なプロパガンダであった、というものです。 ジョセフ・アトウィル氏(Joseph Atwill)の著書『シーザーのメシア(Caesar's Messiah)』のテーマは、「ローマ皇帝によるイエス創造の陰謀」 であり、以下の点がこの議論の核心です。
(以下省略)
Me: いや、そこではなく「壮大なプロパガanda」という表現が…です。
ご指摘ありがとうございます。
確かに、「プロパガanda」という表記は、日本語の標準的な表記である「プロパガンダ」(propaganda)から見ると、非標準的または入力ミスのように見える可能性があります。
しかし、この表現が示している「壮大なプロパガンダ」という概念そのものは、提供された解説書、特にジョセフ・アトウィル氏の主張の中心であり、資料内で何度も強調されている核心的な論点です。
資料の主張に基づき、この物語が「壮大なプロパガンダ」であるとされる理由について、詳細を補足します。
「壮大なプロパガンダ」としての物語の機能
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政治的な動機と目的 フラウィウス家(ウェスパシアヌス帝とその息子たち)は、紀元66年から73年のユダヤ戦争後も反抗を続けるユダヤ人のメシア運動の布教活動を抑制し、人口を統制下に置くために、このイエスの物語を「発明」しました。
- ローマは、メシア運動の持つ暴力的で軍国主義的なキリスト(メシア)の思想が帝国内に広がることを恐れており、これに対抗するための「神学的な障壁」としてキリスト教を開発しました。
- これは、草の根運動のエネルギーと力を利用しつつ、それをローマ自身の利益のために使う見事な戦略でした。
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統制のメカニズム 彼らは、伝統的な戦士としてのメシア像とは異なる、完全に非歴史的な平和主義者のキリストを作り上げました。
- このキリストは、ローマの支配を受け入れるよう促す「カエサルのものはカエサルに返しなさい」といった発言をしました。
- アトウィル氏は、この宗教が、人々を奴隷であるという事実から目をそらすために、フラウィウス家が円形闘技場を建設して行った「パンとサーカス」と同じ手法で機能するように意図された、と説明しています。
- シーザーは、「ポンティフェックス・マキシムス」(大祭司長)という公式の称号を持つことで、宗教の支配権を保持し、その結果、「大衆、すなわち奴隷たちは、反乱を起こすことが許されない。なぜなら、もしそうすれば、それは神自身に逆らうことになるからだ」という状況を作り出しました。
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文献全体がプロパガンダ 残された当時の文献の多くは、ローマのプロパガンダであると見なされています。資料の中では、古代ヨーロッパやユダヤの歴史のこの時代について、ローマの書記官から伝えられたいくつかの文書を除いて何も残されておらず、それらはほとんどの場合プロパガンダであると指摘されています。また、キリスト教の神学者による文献や、一部のローマの哲学者の文献も含めて、「すべてプロパガンダ」であると論じられています。
このように、イエス・キリストの物語は、単なる宗教的な文書ではなく、フラウィウス家の神性を宣言し、人口を服従させることを目的とした文学的なプロパガンダ(あるいは「類型的なコメディ」)として開発された、というのがこの説の核心です。
要旨
ローマ皇帝によるイエス創造の陰謀
この音声文字起こしは、ジョセフ・アトウィル氏が自身の著書『シーザーのメシア』に基づき、ローマ皇帝によるイエス創造の陰謀というテーマで語ったラジオインタビューの抜粋です。
アトウィル氏の主たる主張は、紀元一世紀にフラウィウス朝がユダヤのメシア運動を鎮圧した後、その反乱を抑制し支配を強化する目的でキリスト教という宗教を創作したというものです。彼は、福音書におけるイエスの宣教活動の出来事が、フラウィウス・ヨセフスが記録したティトゥス・フラウィウスの対ユダヤ戦役と全く同じ順序で並行していることを指摘し、これは意図的な文学的創作であると結論付けています。
また、イエスの平和主義的な教えや40年周期の予言は、反ローマ的なメシア運動を抑え込むためのプロパガンダとして機能したと論じています。
目次
論点整理
ローマ帝国によるイエス・キリスト創造の陰謀:ジョセフ・アトウィル氏の主張に関するブリーフィング
エグゼクティブ・サマリー
この文書は、独立研究者ジョセフ・アトウィル氏が提唱する、キリスト教の起源に関する革命的な主張を要約したものである。アトウィル氏の中心的なテーゼは、イエス・キリストという人物と福音書の物語が、1世紀のローマ皇帝フラウィウス家(ウェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌス)によって意図的に創造されたというものである。
この創造の主な目的は、ローマ帝国にとって最大の脅威であった戦闘的なユダヤのメシア主義運動を鎮静化させるための、高度な心理的プロパガンダであった。ローマは、ローマの権威に従順で「カエサルのものはカエサルに」と説く平和主義者の救世主像を創作することで、戦闘的なメシア思想の拡散を抑制しようと試みた。
アトウィル氏が提示する最も強力な証拠は、福音書におけるイエスの宣教活動の出来事と、フラウィウス家の歴史家フラウィウス・ヨセフスが『ユダヤ戦記』に記録したティトゥス・フラウィウスの軍事作戦の出来事との間に見られる、驚くほど正確な逐次的並行関係(類型論的対応)である。この出来事の順序の一致は、偶然ではなく意図的な創作であることを示しているとアトウィル氏は主張する。
最終的に、このローマ製の宗教は、フラウィウス家の子孫であるとアトウィル氏が考えるコンスタンティヌス帝によって国教とされ、民衆支配の道具として帝国の広範囲にわたって利用されることとなった。アトウィル氏の理論は、キリスト教の起源を、神聖な啓示ではなく、ローマ帝国の政治的・軍事的戦略の産物として再定義するものである。
中心的な主張:フラウィウス朝によるキリスト教の意図的創造
ジョセフ・アトウィル氏の理論の核心は、キリスト教がローマ帝国のフラウィウス家によって、特定の政治的・軍事的目的を達成するために設計・流布されたと いうものである。
目的:メシア主義ユダヤ教の鎮静化
アトウィル氏によれば、1世紀のユダヤにおけるメシア主義運動は、ローマ帝国が直面した中で「単独で最大の脅威」であった。この運動は非常に戦闘的であり、ローマの支配に対する反乱を扇動した。
- ユダヤ人反乱の脅威: 66年から73年にかけてのユダヤ戦争、115年の大規模反乱(ローマの穀倉地帯であったエジプトを掌握)、そして133年のバル・コクバの乱は、ローマに甚大な軍事的損害を与えた。特にバル・コクバの乱では、ローマ軍の損失があまりに大きかったため、将軍が皇帝に戦勝報告をする際の定型句「私と軍は無事です」が、ローマ史上唯一省略された。
- 宣教活動への恐怖: ローマの為政者たちが最も恐れたのは、この戦闘的なメシア主義の思想が、帝国全土に広がるユダヤ人コミュニティ(当時、帝国人口の10-12%を占めた)を通じて拡散することであった。
- 平和主義者キリストの創造: この脅威に対抗するため、フラウィウス家は、戦闘的ではなく平和主義的な救世主像、すなわちイエス・キリストを創作した。このイエスは、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」と教え、「カエサルのものはカエサルに」と納税を肯定するなど、ローマの支配に都合の良い教義を説く人物として描かれた。