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Jabob W. Glazier PhD : 現象学と科学:超心理学の再考

· 約102分
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前置き+コメント

Jabob W. Glazier の主張を AI(NotebookLM) で整理した。録画自体は 5年前だが、最近になって高画質版として up された動画。

Glazier の主張を一言で言えば、超心理学の分野に現象学の流儀を採用すべきだというもの。問題は、現象学はその宣伝文句の能書きこそ麗々しいが、実用性に乏しいこと。喩えるとマンション・ポエムの哲学版。

たとえば、現象学でよく言われる「エポケー」だが、

現象学が提示する、この「当たり前」を乗り越えるための強力な方法が、‌‌「エポケー(判断中止)」‌‌です。これは単なる哲学的テクニックではなく、世界を全く新しい目で見つめ直すための、根本的な姿勢の転換を意味します。

エポケーとは、自身の信念や先入観、常識を一時的に「カッコに入れ」、保留することです。「これは物理的にありえない」「単なる思い込みだ」といった判断を一旦脇に置くことで、対象を色眼鏡なしに、ありのままに見つめることができます。これは、対象を断罪するのではなく、そのあり方を理解しようとする、より寛容なアプローチと言えるでしょう。

のような事が、可能だと彼らは錯覚している。本当に

  • 世界を全く新しい目で見つめ直すための、根本的な姿勢の転換

ということが「現象学のそういった方法」で可能なのか、そして実際になし得ているのか、それを彼らは「エポケー(判断中止)」しているように見える。

「判断停止」程度で、「世界を全く新しい目で見つめ直す」ことが可能だというのは、そうあって欲しいという願望でしかない。彼らにとって「エポケー」は空念仏になっている。


そもそも、現象学が

  • 世界を全く新しい目で見つめ直すための、根本的な姿勢の転換

であるのなら、なぜ現象学の成果はあいも変わらず陳腐で凡庸なままで有り続けているのだ?

「対象を色眼鏡なしに、ありのままに見つめることができる」という前提がそもそも「根深い錯覚」でしかない。見る側とは独立に「ありのままの姿」がどこかに存在するわけではない。

喩えると…。人間の視覚は外界に存在しない「色」を生み出しているが、その実在しない色を抜き去って「ありのままの外界の姿」見ることはそもそも不可能。ゆえに、

  • 世界を全く新しい目で見つめ直すための、根本的な姿勢の転換

もまた、現象学という「これを通して見れば服が透け、ありのまま肢体が見える」という触れ込みの色眼鏡で世界(女)を眺めるだけに終わる。もちろん、どんなに目を凝らしても透けて見えることなどないw

要旨

AI

現象学と科学:超心理学の再考

この YouTube のトランスクリプトは、ジェフリー・ミシュラブとの対談を通して、‌‌現象学と科学‌‌について探求しています。

ゲストであるジェイコブ W. グレーザーは、特に‌‌超心理学‌‌の分野において、‌‌自然科学のモデルや比喩‌‌を人間の心理やサイ現象の理解に適用することは誤りであると主張しています。

彼は、‌‌エドムント・フッサール‌‌によって確立された現象学の歴史的背景と、それが‌‌人間の経験‌‌を厳密な方法論で分析し、‌‌「伝説的な科学」‌‌の還元主義的アプローチから離れる必要性を説明します。また、‌‌ミシェル・フーコー‌‌の思想を参照しながら、科学的知識の構築における‌‌権力と文化的偏見‌‌の問題にも触れ、‌‌ウィリアム・ジェームズ‌‌を現象学的な記述的アプローチの先駆者と位置づけています。

最終的に、グレーザーの著書『The Arts of Subjectivity』の‌‌「新しいアニミズム」‌‌という副題に関連して、パラノーマル現象に対する‌‌記述的で主観的な、より受容的なアプローチ‌‌の重要性を強調し、超心理学が‌‌主流科学に異議を唱える‌‌機会について議論しています。

目次

  1. 前置き+コメント
  2. 要旨
  3. 現象学と科学:ジェイコブ・W・グレイジャーとの対話に関するブリーフィング
    1. 要旨
    2. 1. 現象学:人間経験への哲学的アプローチ
    3. 2. 「伝説の科学」への批判
    4. 3. 超心理学の再評価:現象学的視点から
    5. 4. 『主観性の技法』:新しいアニミズムとポストメディア時代
  4. 科学と体験をつなぐ哲学:現象学(フェノメメノロジー)入門
    1. 導入:あなたの「体験」を問い直す
    2. 1. 現象学とは何か? — 「ありのままの体験」へのまなざし
    3. 2. 現象学の方法:「エポケー」で世界を新たに見る
    4. 3. 主要な思想家たちとそのアイデア
    5. 4. 科学への新たなレンズ:超心理学の事例
    6. 5. 科学を超えて:世界を再び魔法にかける
    7. 6. 結論:失われた「魔法」を取り戻すために
  5. 科学的懐疑論を超えて:超心理学研究における現象学的アプローチの倫理的・哲学的考察
    1. 序論:超心理学が直面するパラドックス
    2. 1. 「伝説的科学」の限界と超心理学への影響
    3. 2. 代替フレームワークとしての現象学
    4. 3. 新たなアプローチを求める倫理的要請
    5. 4. 超心理学の再創造:破壊的でアニミズム的な未来へ
    6. 5. 結論:パラダイムシフトへの呼びかけ
  6. 現象学の起源と核心
    1. 現象学の起源
    2. 現象学の核心と科学に対する姿勢
  7. 伝統的科学への批判
    1. 1. 自然科学的方法論の適用ミス
    2. 2. 歴史的・文化的偏見と倫理的帰結
    3. 3. 人間性の矮小化と洞察の浅さ
  8. 超心理学との関連
    1. 1. 伝統的科学による超心理学への批判と排除
    2. 2. 現象学による超心理学への擁護と新たなアプローチ
  9. Jabob W. Glazier の貢献と視点
    1. 1. 専門的背景と現象学の継承者としての位置づけ
    2. 2. 伝統的科学への批判
    3. 3. 現象学と超心理学への貢献
  10. 現象学の遺産と関連思想
    1. 1. 現象学の創始者とその系譜
    2. 2. ポスト構造主義と関連思想との批判的連携
    3. 3. 現象学が提唱する新しい視点
  11. 情報源

現象学と科学:ジェイコブ・W・グレイジャーとの対話に関するブリーフィング

AI

要旨

本ブリーフィングは、学者ジェイコブ・W・グレイジャーが提唱する、現象学と科学、特に超心理学との関係についての核心的な洞察をまとめたものである。グレイジャーの中心的議論は、無機的な自然界を分析するために開発された伝統的な科学モデル(彼が「伝説の科学」と呼ぶもの)を、人間の心理やサイ(psi)現象に適用することは根本的な誤りであるという点にある。彼は、人間の生きた経験を直接的に記述し分析する現象学こそが、より適切で倫理的なアプローチであると主張する。

グレイジャーは、「伝説の科学」が啓蒙主義に由来する文化的負債を抱えており、超常現象を先験的に排除し、人間の主観性を貧困化させると批判する。彼の著書『主観性の技法』では、「新しいアニミズム」という概念を提唱し、世界が霊性や目に見えない存在で満ちているという世界観の再活性化を訴える。これは、芸術、文学、精神分析、土着の知といった、科学実験以外の知の探求方法の重要性を強調するものである。

最終的にグレイジャーは、超心理学が主流科学に適合しようとするのではなく、その「破壊的な(subversive)」性質を受け入れ、支配的な科学パラダイムに挑戦する好機であると結論付けている。

詳細分析

1. 現象学:人間経験への哲学的アプローチ

現象学は、エトムント・フッサールによってヨーロッパ大陸で創始された哲学の一分野であり、科学が自然界を対象とするのとは対照的に、人間の「生活世界(life-world)」の探求に焦点を当てる。

  • 方法論: 現象学は、人間の経験に対して厳密な哲学的・記述的な方法論を適用する。それは、経験を根底にある分子や力といった「基底的メカニズム」に還元しようとする伝統的科学とは一線を画し、生の経験そのものの重要性を強調する。
  • 記述的モード: 現象学は、真理を解明する上で記述的な理解の様式を重視する。グレイジャーは、アメリカ心理学の父とされるウィリアム・ジェームズの著作が、その記述的な性質から現象学的な趣を持っていると指摘する。
  • エポケー(判断中止): フッサールが提唱した「エポケー」は、分析対象や世界に関する自身の先入観や信念を「括弧に入れ」、判断を一時停止する技術である。これにより、より寛容で偏見のない分析が可能になる。

2. 「伝説の科学」への批判

グレイジャーは、伝統的に受け継がれてきた科学を「伝説の科学(legendary science)」、あるいは物理主義、実験主義と呼び、その限界と倫理的問題点を指摘する。

  • カテゴリーエラー: 最大の問題は、無機的な自然界を分析するために作られた方法論を、人間の心理にそのまま適用するというカテゴリーエラーである。
  • 文化的負債:
    • 啓蒙主義の遺産: 現代科学は、西洋の啓蒙主義に由来する価値観を継承している。これには、技術の進歩を無条件に称賛する目的論的な時間観が含まれ、その結果として地球環境の破壊といった問題を引き起こしている。
    • 権力と知: ミシェル・フーコーの議論を引用し、科学的真理が特定の伝統(主に西洋)によって裁定され、権力と知が特定の社会制度を通じて世代的に機能していると指摘する。
  • 超常現象の排除: 自然主義的な哲学は、その方法論のレベルで「超常的」と見なされる事象を、さらなる検討を必要とせずに自動的に排除する。これは、世界の奇妙さや不思議さを探求する余地を奪う。
  • 倫理的帰結:
    • 主観性の抑圧: 科学は、他の社会制度と連携し、特定の種類の主観性を抑圧、あるいは「消し去る」。人間を交換可能な部品の一つとして還元する傾向がある。
    • 有用なフィクション: ニーチェの言葉を借りて、分子のような科学的概念を「有用なフィクション」と呼ぶ。これらは特定の共同体を結束させる上で実用的だが、時代や文化によって変化する相対的な真理に過ぎない。

3. 超心理学の再評価:現象学的視点から

グレイジャーは、自身の専門分野である超心理学について、現象学的な視点から新たな方向性を提言する。

  • 物理学メタファーの誤用: 量子論などから借用した自然科学のモデルやメタファーを、サイ現象の理解に適用するアプローチは間違いであると主張する。現象学が提供する「志向性」や「即応性(ready-to-handedness)」といった概念の方が、より適切な分析ツールとなり得る。
  • 実験主義の功罪: 超心理学者が主流科学からの歴史的な批判に応えるため、統計分析や実験において極めて厳格になったことを評価しつつも、その方法論の限界を指摘する。
  • 「破壊性」の再獲得: グレイジャーは、超心理学が主流科学に受け入れられようと努力するのではなく、サイ現象が持つ本質的な「破壊的(subversive)」な性質を再認識し、それを武器にすべきだと主張する。
    • この考え方は、かつて侮蔑語であった「クィア」という言葉をLGBTQ+コミュニティが肯定的に再利用したジュディス・バトラーの議論と類似している。
    • サイ現象は、その性質上、規範的な科学のあり方に対して破壊的であり、次なるパラダイムシフトを引き起こす可能性を秘めている。
  • 「魔法」の喪失への懸念: 主流に適合しようとする過程で、精神分析がフロイトによって科学化されようとしたのと同様に、超心理学もその本質的な「魔法」を失ってしまう危険性があると警告する。

4. 『主観性の技法』:新しいアニミズムとポストメディア時代

グレイジャーの著書『The Arts of Subjectivity: A New Animism for the Post-Media Era』で提示された中心的な概念は以下の通りである。

  • 新しいアニミズム (A New Animism):
    • かつて西洋の人類学者が部族文化を侮蔑的に記述するために用いた「アニミズム」という言葉を肯定的に再利用する。
    • 世界が生命と霊性に満ちているという世界観を再活性化させることを目指す。
    • 物理主義の範疇を超えた存在(幽霊やエンティティなど)を真剣に考察し、我々が「見えない存在と共に世界に絡め取られている」様を理解することを提唱する。
  • ポストメディア時代 (The Post-Media Era):
    • この言葉は、我々がテクノロジーに満たされた世界に生きている現実を認めつつも、その技術への執着を乗り越えようとする逆説的な意図を持つ。「加速主義(accelerationism)」の思想にも通じる。
    • 我々は、ガジェットやAIといった存在と共存する「境界的な(liminal)」空間にいるという認識を示す。
  1. 代替的な知の方法

グレイジャーは、伝統的な科学的手法以外にも、世界を理解するための多様な方法が存在すると強調する。

  • 芸術と文学: 芸術家やフィクション作家は、内的な経験を記述する「オートエスノグラフィー」に長けており、ハイデガーが言うところの「詩的な質」を持つ。彼らは、科学言語が捉えきれない、より深い世界の側面を表現する語彙を提供する。
  • 精神分析: ジャック・ラカンの、言語(シニフィアンの原生スープ)が我々の現実を裁定するという思想に注目する。超心理学は、精神分析を「友好的な隣接分野」として参考にすることができる。
  • 土着の知 (Indigenous Knowledges): フーコーが提唱した、規範的な言説の外にあるマイノリティ・コミュニティの知識や物語、存在様式を発掘することの重要性を指摘する。
  • 定性的研究の重要性: 人々の体験談を額面通りに受け止め、信じることから分析を始めるべきだと主張する。研究参加者の主張を最初から疑うことは、特に臨床的な観点から見ても、当人を傷つける非倫理的な行為である。

科学と体験をつなぐ哲学:現象学(フェノメメノロジー)入門

AI

導入:あなたの「体験」を問い直す

科学的な正しさだけが、世界のすべてを説明できる唯一の方法でしょうか? 私たちの周りには、数値や法則だけでは捉えきれない、豊かで複雑な世界が広がっています。喜び、悲しみ、驚き、そして時には説明のつかない不思議な出来事。これらはすべて、私たち一人ひとりの内面的な「体験」です。

この人間の「体験」そのものに光を当て、その意味と構造を探求しようとする哲学の一分野が‌‌現象学(フェノメノロジー)‌‌です。

この文書の目的は、現象学の基本的な考え方、主要な思想家、そして科学、特に超心理学のような分野にどのように新しい視点を提供するのかを、初心者にも分かりやすく解説することです。

1. 現象学とは何か? — 「ありのままの体験」へのまなざし

このセクションでは、現象学がどのような哲学であり、従来の科学とどう違うのかという、最も基本的な問いに答えていきます。

1.1. 「当たり前」を疑う哲学

現象学とは、‌‌「人間が世界をどのように体験するかを、先入観を排してありのままに記述し、探求する哲学」‌‌です。

創始者である哲学者エドムント・フッサールが目指したのは、科学が客観的な自然界を分析するのとは明確に区別された方法で、私たちが日々を生きる主観的な実感に満ちた‌‌「人間の生きた世界(life world)」‌‌そのものを哲学的に探求することでした。

1.2. 伝統的科学との決定的な違い

現象学は、私たちが当たり前と考える科学観、すなわち科学史研究などで‌‌「伝説として語り継がれてきた科学観(Legendary Science)」‌‌と呼ばれるものと、根本的に異なるアプローチを取ります。

伝統的な科学は、物事の背後にある「根本的なメカニズム」(例えば、分子の動きや物理的な力)を探求します。なぜその現象が起こるのか、という因果関係を突き止めることが至上命題です。

それに対し、現象学は‌‌「体験そのものが重要」‌‌であるという立場を取ります。背後のメカニズムを探すのではなく、その体験が「どのように」感じられ、現れるのかを記述することに集中します。

哲学者ニーチェは、科学的な概念(分子など)を‌‌「便利なフィクション(useful fictions)」‌‌と呼びました。これは、それらが特定の時代や社会において世界を理解するために役立つ物語ではあるものの、絶対的な真実ではないことを示唆しています。科学的真実もまた、歴史や文化の中で変化しうるのです。

この2つのアプローチの違いは、以下の表で整理できます。

特徴伝統的な科学現象学
探求の対象客観的な自然界、根本的なメカニズム主観的な体験、人間の「生きた世界」
基本的な問い「それはなぜ起こるのか?」「それはどのように体験されるのか?」
重視するもの法則性、因果関係、測定ありのままの記述、体験の構造
理想的な態度客観性、分析先入観の保留(エポケー)

1.3. セクションの結び

このように、現象学は科学とは異なる出発点から、私たちの経験の豊かさそのものに迫ろうとします。では、具体的にどのような方法でそれを行うのでしょうか?

2. 現象学の方法:「エポケー」で世界を新たに見る

現象学が提示する、この「当たり前」を乗り越えるための強力な方法が、‌‌「エポケー(判断中止)」‌‌です。これは単なる哲学的テクニックではなく、世界を全く新しい目で見つめ直すための、根本的な姿勢の転換を意味します。

エポケーとは、自身の信念や先入観、常識を一時的に「カッコに入れ」、保留することです。「これは物理的にありえない」「単なる思い込みだ」といった判断を一旦脇に置くことで、対象を色眼鏡なしに、ありのままに見つめることができます。これは、対象を断罪するのではなく、そのあり方を理解しようとする、より寛容なアプローチと言えるでしょう。

この姿勢は、アメリカ心理学の父と称されるウィリアム・ジェームズの著作にも見られます。彼は、超常的な現象を含む人間の様々な体験について、理論的な「説明」を急ぐのではなく、まず詳細に「記述」するスタイルを貫きました。そのため、彼の研究は「現象学的な趣き」を持つと評されています。現象学が「説明」よりも「記述」を重んじるのは、このエポケーの精神に基づいているのです。

2.1. セクションの結び

この「ありのままに見る」という強力なツールを手に、現象学の歴史を築いてきた思想家たちの貢献を見ていきましょう。

3. 主要な思想家たちとそのアイデア

現象学の発展には、多くの思想家が貢献してきました。ここでは、その中でも特に重要な4人を紹介します。

  1. エドムント・フッサール: 現象学の創始者。 人間の体験を厳密に研究するための、新しい哲学的な方法論を確立しようとしました。「エポケー」という中心的な概念を提唱し、哲学を厳密な学問にすることを目指しました。
  2. マルティン・ハイデガー: フッサールの弟子。 人間の存在のあり方(ダーザイン)を探求し、世界を客観的に分析するのではなく、私たちが世界の中に没入し、実践的に関わるあり方に注目しました。彼の思想は、科学的な分析が見過ごしがちな世界の「詩的な質」を明らかにしようとしました。
  3. ウィリ アム・ジェームズ: アメリカの心理学者・哲学者。 心霊研究の創始者の一人でもあります。彼の研究スタイルは、あらゆる体験を先入観なく詳細に「記述」することに重きを置いており、その精神は現象学と深く通底しています。
  4. ミシェル・フーコー: 現象学の遺産を受け継ぐフランスの思想家。 彼の研究は、西洋科学が「客観的な真実」の名の下に、いかにして他の知識体系―彼が「土着の知(indigenous knowledges)」と呼んだ、主流から排除された知―を抑圧してきたかを明らかにしました。この視点は、科学の支配的な見方に鋭い疑問を投げかけます。

3.1. セクションの結び

これらの思想家たちが切り開いた道は、現代科学が直面する困難な問題、特に人間の意識や超常現象といったテーマに、全く新しい光を当てることになります。

4. 科学への新たなレンズ:超心理学の事例

現象学の「判断中止」という視点を持つと、現代科学が抱えるある種の「矛盾」が浮かび上がってきます。その最も顕著な例が、超心理学の分野です。

4.1. なぜ科学は「超常現象」を無視するのか?

伝統的な科学は、その方法論の段階で、物理法則に合わない「超常的」とされる現象を最初から除外してしまいます。フーコーの分析を借りれば、私たちの社会制度そのものが、無意識のうちに‌‌「不思議さ(wonder)」や「世界の奇妙さ(strangeness)」‌‌を排除するように機能してきた側面があるのです。

この結果、超心理学は深刻なパラドックスに直面しています。 150年以上にわたる実験データが存在し、近年ではアメリカ心理学会(APA)の基幹学術誌が、約1,400件の実験結果をまとめた論文を掲載し、その結果は圧倒的に肯定的なものでした。にもかかわらず、「証拠はひとかけらもない」というイデオロギー的な言説が、いまだにまかり通っているのが現状です。

4.2. 現象学がもたらす解決策

この袋小路に対し、現象学的なアプローチは以下のような解決策を提示します。

  • 量子の比喩は不要 超常現象を、無理に量子論のような物理学のモデルや比喩で説明しようとする試みは、カテゴリーエラーであり間違いです。体験は体験そのものとして捉えるべきです。
  • 体験者を信じることから始める 現象を体験した人の主張を、まずは額面通りに受け止め、即座に信じること(believe them right off the bat)。体験者が抱く「確信」そのものが、何よりも重要なデータとなります。これは、研究対象者に対する倫理的な配慮でもあります。
  • 「反逆性」を取り戻す 超心理学が、主流科学に認められようと努力するのではなく、むしろ主流科学の常識に挑戦する‌‌「反逆的(subversive)」‌‌な性質を積極的に取り戻すべきです。その挑戦こそが、科学の新しいパラダイムを切り開く可能性を秘めています。

4.3. セクションの結び

現象学は、科学が見過ごしてきた体験の領域に光を当てるだけでなく、私たちの世界観そのものをより豊かなものへと変える可能性を秘めています。それが「新しいアニミズム」という考え方です。

5. 科学を超えて:世界を再び魔法にかける

現象学者ジェイコブ・グレイザー氏は、‌‌「新しいアニミズム(a new animism)」‌‌という概念を提唱しています。かつて西洋の人類学者が「未開社会」の思想を侮蔑的に表現するために用いた「アニミズム」という言葉を再評価し、「世界は生きており、魂が宿っている」という世界観を真剣に捉え直そうとする試みです。

このアニミズム的な視点は、すべてを物質に還元する唯物論的な世界観がもたらす‌‌「貧困(impoverishes us)」‌‌からの脱却を促します。私たちは、目に見えない存在(幽霊やエンティティなど)と共にこの世界に存在しているかもしれない、という可能性に心を開くのです。

ここには、科学の言語が持つ限界も関わってきます。芸術家やフィクション作家は、科学者にはない‌‌「詩的な質(poetic quality)」‌‌によって、世界のより深く、奇妙な側面を捉えることができる場合があります。ハイデガーが詩人を称賛したように、論理や数式だけでは届かない真実の領域が存在するのです。

6. 結論:失われた「魔法」を取り戻すために

本稿で見てきたように、現象学は反科学ではありません。単一の唯物論的な科学だけでは、人間の豊かな体験のすべてを理解するには不十分だと主張する、より包括的な視点を提供する哲学です。

現象学がもたらす価値は、意識や超常現象、そして「人間であること」の意味を探求するための、より寛容で、倫理的で、深遠な方法論を提供してくれる点にあります。

ティーンエイジャーが必死に「普通」であろうとするとき、彼らは自身のユニークさを失ってしまう危険に晒されます。人間が本来持つ‌‌「奇妙さ(weirdness)」や「魔法(magic)」‌‌の感覚は、主流の価値観に合わせようとする中で失われがちです。

現象学は、その失われた感覚を取り戻し、世界を再び豊かで不思議な場所として捉え直すための、力強い羅針盤となるのかもしれません。

科学的懐疑論を超えて:超心理学研究における現象学的アプローチの倫理的・哲学的考察

AI

序論:超心理学が直面するパラドックス

本稿は、主流科学の方法論を超心理学研究に適用することに伴う、深刻な倫理的・哲学的課題を考察する。超心理学は、その正当性を主流科学の枠組みの中で確立しようと試みる過程で、根本的なパラドックスに直面している。それは、研究対象であるサイ(psi)のような現象が、既存の科学的方法論と本質的に相容れない可能性があるという問題である。このジレンマの中心にあるのは、学術研究者Jacob W. Glazier氏が指摘するように、自然科学、特に量子論のような分野から引き出されたモデルや比喩を、人間の心理やサイ現象の理解に適用することは「多くの点で間違いである」という主張だ。本稿では、この主流科学的アプローチの限界を批判的に分析し、人間の主観的な「生の経験」を尊重し探求するための代替フレームワークとして、現象学の可能性を提唱する。

1. 「伝説的科学」の限界と超心理学への影響

主流科学、すなわち科学論の分野でしばしば「伝説的科学(legendary science)」と呼ばれるアプローチは、特定の文化的・歴史的背景から生まれたものであり、その結果として超心理学のような、規範から外れた分野を体系的に排除してきた。このセクションでは、その方法論的・哲学的限界が超心理学の研究にどのような影響を与えてきたかを明らかにする。

カテゴリカルな誤謬:無機的世界観の適用

主流科学が抱える最も根本的な問題の一つは、本来「無機的な自然界」を分析するために開発された方法論を、人間の心理という全く異なる領域に適用している点にある。これは、研究対象の性質を無視した「カテゴリカルな誤謬」と言える。物理的世界の法則やメカニズムを、意識や主観性といった非物質的な現象にそのまま当てはめようとする試みは、対象の本質を見誤らせるだけでなく、豊かな人間経験を単純な物理的プロセスに還元してしまう危険性をはらんでいる。

権力と知識の構造:真実の仲裁者

ミシェル・フーコーの議論が示すように、科学的真実とは中立的なものではなく、特定の伝統、すなわち西洋の啓蒙主義的価値観によって「仲裁」されてきた歴史を持つ。知識と権力は、大学や研究機関といった社会制度を通じて世代的に受け継がれ、特定の視点が正当なものとして確立される。Glazier氏は、科学界の「守護者」が歴史的に特定の層(例えば「シスジェンダーの白人男性」)に偏ってきたという指摘に触れつつも、議論をより本質的なミシェル・フーコーの権力と知識の構造分析へと接続させる。この権力構造は、その規範に合致しない「不思議」や「奇妙さ」を、検討する価値のないものとして無意識のうちに排除してしまうのである。

経験の貧困化:還元主義がもたらすもの

科学は、複雑で多層的な人間の経験を、測定可能で交換可能な要素へと還元する傾向がある。このプロセスは、私たち自身の自己理解を著しく「貧困化」させ、特定の種類の主観性を社会から「根絶」する危険性すら伴う。フリードリヒ・ニーチェは、分子や力といった科学の基礎概念を、特定の社会集団を結束させ、世界を予測可能にするための「有用なフィクション」と見なした。これらの概念は実用的な価値を持つ一方で、それらが唯一の真実であると信じることは、世界の神秘や説明不能な側面から目を背けさせることになる。超心理学が扱う現象は、まさにこの還元主義的アプローチでは捉えきれない領域に属している。

これらの限界を認識することは、より人間の経験に忠実な、新たな研究アプローチの必要性を示唆している。

2. 代替フレームワークとしての現象学

主流科学の還元主義的なアプローチが持つ限界に対し、現象学は人間の「生の経験」そのものを厳密に探求するための、強力な哲学的・方法論的ツールを提供する。それは、経験を抽象的なデータに還元するのではなく、経験そのものを研究の出発点として尊重するアプローチである。

現象学とは何か:人間の生活世界への探求

現象学は、哲学者エトムント・フッサールによって創始された哲学の一分野である。科学が客観的な「自然界」を分析対象とするのに対し、現象学は私たちが日々生きる主観的な「人間の生活世界(human life world)」を哲学的に探求することを目的とする。科学が「何が存在するか」を問うのに対し、現象学は「私たちにとって、世界はどのように現れるか」を問う。この視点の転換は、超心理学が扱うような主観的な体験を分析する上で極めて重要である。

現象学の中核的方法論:「エポケー」と記述的アプローチ

現象学は、経験を純粋な形で捉えるための独自の方法論を持つ。その中でも特に重要なのが以下の二つの概念である。

  • 記述的モード(Descriptive Mode): 現象学は、既成の理論や前提に基づいて経験を解釈するのではなく、経験をありのままに記述することを重視する。アメリカ心理学の父とされ、初期の心霊研究を牽引したウィリアム・ジェームズの研究スタイルは、この記述的モードの優れた実践例と言える。彼の著作は、理論的な断定よりも、人間の意識の豊かで流動的な性質を生き生きと描き出すことに力が注がれている。
  • エポケー(Epoché): フッサールが提唱したこの概念は、分析対象に対する自身の既存の信念や前提、判断を意図的に「括弧に入れ」、一時的に保留することを意味する。例えば、ある人物が幽霊を見たと報告した場合、その報告が「真実か虚偽か」という判断を保留し、まずはその人物が「体験したことそのもの」に焦点を当てる。これにより、研究者は先入観に囚われることなく、現象をより深く理解することが可能になる。

現象学の優位性:根底にあるメカニズムからの脱却

伝統的な科学は、現象の背後にある「根底的なメカニズム」を明らかにしようと努める。しかし、この探求は、特に人間の経験を扱う際に倫理的な危険を伴うことがある。なぜなら、それは測定不可能な主観的経験を二次的なものとして軽視しがちだからだ。対照的に、現象学は経験そのものを正当なデータとして尊重する、より「寛大なアプローチ」である。それは、体験の真偽を問う前に、その体験が持つ意味と構造を理解しようとする。

この寛容な姿勢は、単なる方法論の違いにとどまらず、次章で論じるように、研究参加者の尊厳を守るための倫理的な基盤へと直結していく。

3. 新たなアプローチを求める倫理的要請

研究方法論の選択は、単なる技術的な問題ではない。それは、研究に参加する人々の人間性をどう扱うかという、深い倫理的帰結を伴う決定である。特に、異常体験を報告する参加者を前にしたとき、現象学的なアプローチは、彼らの尊厳を守る上で不可欠な倫理的要請となる。

不信がもたらす害:臨床的・人間的コスト

研究参加者の体験報告を、最初から懐疑的に、あるいは嘘や妄想の可能性を前提として扱うことは、彼らにとって深刻な「不利益」となりうる。Glazier氏が指摘するように、自身の体験を信じてもらえないことは、臨床レベルで「害を及ぼす」可能性がある。自分の最も深いところで感じた現実を否定されることは、自己不信や孤立感を深めるからだ。現象学的なアプローチでは、参加者の報告を「額面通りに信じる」ことが、データ収集の第一歩であり、倫理的な基本姿勢となる。これは、参加者への敬意を示すと同時に、より豊かで信頼性の高いデータを得るための前提条件でもある。

方法論的普遍主義への異議

単一の科学的手法を、あらゆる時代や文化のすべての人々に普遍的に適用できると考える「方法論的普遍主義」は、深刻な倫理的問題を内包している。ニーチェが喝破したように、真実の基準は歴史的、社会学的に変化する。ある文化圏で意味を持つ体験が、西洋科学の尺度で測られることで、その本来の意味を剥奪され、迷信や病理として分類されてしまうことがある。異なる世界観を持つ人々の経験を、自らの基準で一方的に裁断することは、知的な傲慢さの表れと言えよう。

「土着の知」の発掘

フーコーは、主流の規範的な言説の外側に存在する知識や物語、すなわち「土着の知(indigenous knowledges)」を発掘することの重要性を説いた。これらは、科学的合理性というフィルターの外で育まれてきた、多様な世界の理解の仕方である。超心理学は、まさにこの「土着の知」の宝庫と言える。現象学的なアプローチは、これらの知を西洋科学の視点から分析・解剖するのではなく、まずは「額面通りに受け止め、信じる」ことを求める。それにより、私たちは自らの世界観を豊かにし、これまで見過ごされてきた人間の可能性の次元を開くことができる。

このような倫理的要請に応えることは、超心理学がより成熟した分野へと進化するための鍵となるだろう。

4. 超心理学の再創造:破壊的でアニミズム的な未来へ

超心理学が真にその可能性を開花させるためには、主流科学に迎合しようとする姿勢を捨て、自らが持つ「破壊的な」性質を積極的に受け入れる必要がある。それは、既存のパラダイムに挑戦し、人間の経験に関するより豊かで深遠な理解を切り拓く、新たなビジョンへと繋がる道である。

「破壊的性質」の再評価

Glazier氏が主張するように、超心理学は主流科学の枠組みに「適合しようとする」のではなく、サイ現象が本質的に規範的科学に対して「破壊的(subversive)」であることを再認識すべきである。この挑戦的な立場を、恥ではなく誇りとして受け入れるのだ。これは、かつて侮蔑的な言葉であった「クィア」という言葉を、当事者たちがプライドの源泉として再利用し、自らのアイデンティティを肯定したクィア理論の戦略と通じるものがある。これは、ニーチェが暴いた「真実」の歴史性や、フーコーが示した知の権力構造に対する、実践的な応答なのである。超心理学もまた、その「奇妙さ」や「非合理性」を武器に、科学の前提そのものを問い直す力を持つ。

「新しいアニミズム」の提唱

Glazier氏が提唱する「新しいアニミズム」とは、世界が単なる物質の集合体ではなく、「生きており、霊性に満ちている」という世界観を再活性化させる試みである。これは、かつて西洋の人類学者が異文化を侮蔑的に記述するために用いた言葉を再評価し、現代における知的資源として蘇らせるものだ。この視点に立つことで、幽霊やエンティティのような目に見えない存在を真剣な考察の対象とし、すべてを物質に還元しようとする物理主義を解体するための豊かな思考が生まれる。世界が多様な存在と知性で満ちているという感覚は、超心理学が探求する現象の根底にある世界観と深く共鳴する。

芸術と詩学の役割:科学の言葉を超えて

科学には、世界の深遠な側面、特に主観的な経験の質感を捉えるための「言語が欠如している」。実験や二重盲検法、統計分析は特定の側面を明らかにする上で有用だが、愛や畏怖、あるいは超常的な体験の持つ「魔法」のような感覚を記述することはできない。ここで重要になるのが、芸術家や詩人の役割である。彼らは、主観的経験を豊かに記述し、科学の言葉では捉えきれない真実を明らかにする能力を持つ。哲学者のハイデガーが詩人ヘルダーリンの言葉に世界の真理を見出そうとしたように、超心理学もまた、芸術的な記述の中にこそ、その探求する現象の本質を見出すことができるかもしれない。

5. 結論:パラダイムシフトへの呼びかけ

本稿は、主流科学の方法論を超心理学研究に適用することに伴う、根深い哲学的・倫理的限界を明らかにしてきた。無機的な自然界のために設計された手法を人間の主観性に適用する「カテゴリカルな誤謬」、特定の文化圏の価値観を普遍的真理とする権力構造、そして人間経験を測定可能なデータに還元することによる「貧困化」は、超心理学がその研究対象の本質に迫ることを妨げてきた。

結論として、超心理学は、還元主義的な科学モデルへの適合を目指すのではなく、現象学的な探求へと大胆なパラダイムシフトを遂行する必要がある。それは、参加者の体験を疑うのではなく信じることから始め、理論で裁断するのではなくありのままを記述し、そして科学の言語では捉えきれない領域を探求するために芸術や詩学の知見を取り入れることを意味する。このような転換を通じてのみ、超心理学は人間の経験が持つ本来の「奇妙さ(strangeness)」と「魔法(magic)」を取り戻し、科学の世界においてより豊かで意義深い貢献を果たすことができるだろう。

現象学の起源と核心

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現象学(Phenomenology)と科学のより大きな文脈において、これらのソースは、現象学の起源と核心について、主に‌‌自然科学の方法論を人間の経験に適用することへの批判‌‌と、‌‌人間の生活世界を記述的に理解する新しい厳密なアプローチ‌‌として説明しています。

現象学の起源

現象学は、‌‌伝統的な哲学の比較的新しい派生分野‌‌として位置づけられています。

  1. ‌創始者:‌‌ 現象学は、ヨーロッパ大陸において‌‌エドムント・フッサール‌‌(Edmund Husserl)によって「始められた」とされています。
  2. ‌目的:‌‌ フッサールは、科学が自然界を探求しようとするのとは異なり、‌‌人間の生活世界(human life world)‌‌ を考察する方法として現象学を打ち立てました。彼の目的は、現代科学の視点を通してではなく、‌‌哲学的に人間心理を調査する‌‌ことでした。
  3. ‌後継者:‌‌ フッサールの学生である著名な哲学者、‌‌マルティン・ハイデガー‌‌(Martin Haidiger)もこの伝統を継承しました。

現象学の核心と科学に対する姿勢

現象学の核心は、人間経験の理解に焦点を当て、伝統的な科学(ここでは「伝説的な科学」"legendary science" と呼ばれることもあります)が採用する還元的アプローチから距離を置くことにあります。

  1. ‌自然科学的方法論の拒否:‌‌ 現象学の議論では、人間心理、特に対象(psi)の理解に、自然科学的なモデルや、量子論などのメタファーを適用することは‌‌間違いである‌‌と主張されています。フッサールは、自然界を分析するために使われる方法を人間心理に適用することを避けようとしていました。
  2. ‌経験の重視:‌‌ 現象学は、人間経験を考察するために‌‌厳密な方法論‌‌を適用します。伝統的な科学が分子や力といった‌‌根底にあるメカニズム‌‌を理解しようとするのに対し、現象学は、‌‌人間がそれを経験するそのままの状態‌‌で受け入れることができ、‌‌生の経験‌‌がそれ自体で十分に重要であると示唆しています。
  3. ‌記述的な様式:‌‌ 現象学は、真実を発見し理解するための‌‌記述的な様式‌‌を重視します。例えば、アメリカ心理学の父とされるウィリアム・ジェームズは、‌‌先入観や先験的な信念なしに世界を記述しようとした‌‌点で、現象学的精神に沿っていると見なされています。
  4. ‌エポケー(判断停止)の概念:‌‌ フッサールは、現象学の技術として‌‌エポケー(epoché)‌‌ を導入しました。これは、分析対象をある意味で「信念のうちに」保持しつつ、その対象や世界に対する‌‌自分の前提(先入観)を括弧に入れる‌‌(ブラケティングする)ことを意味します。これは、物理主義者や実験主義者が取るアプローチよりも、科学に対する「はるかに寛大なアプローチ」であるとされています。
  5. ‌言語とメタファー:‌‌ 人間存在の理解において、物理学を適用する必要はなく、代わりに‌‌志向性(intentionality)‌‌ や ‌‌対象性(aboutness)‌‌ といった現象学的なメタファーを用いることができます。
  6. ‌周辺領域の包含:‌‌ 人間であることの意味や主体を正確に現象学的に理解するためには、‌‌フリンジサイエンス‌‌や‌‌文化の周縁化された側面‌‌といった、あらゆる周辺領域を含める必要があります。また、人々の主観的な‌‌確実性‌‌(invisible beingsなどとの相互作用に関する)も、それ自体が最も重要なデータとして受け取られるべきであると示唆されています。

伝統的科学への批判

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現象学(Phenomenology)と科学のより大きな文脈において、これらのソースが「伝統的科学」(Legendary Science)と呼ぶものに対する批判は、‌‌その方法論の適用範囲の誤り、文化的・倫理的な偏り、そして人間経験を深く理解する上での限界‌‌に焦点を当てています。

この批判は、エドムント・フッサールが自然界を分析する科学とは異なる方法で人間の生活世界を考察しようとした、現象学の起源に深く根ざしています。

1. 自然科学的方法論の適用ミス

伝統的科学への主要な批判の一つは、‌‌人間心理の理解に不適切なモデルとメタファーを適用している‌‌という点です。

  • ‌方法論のカテゴリ誤り:‌‌ 批判者たちは、自然界、特に‌‌無機的な自然界‌‌の分析に使われる方法論を人間心理に適用することを間違いであると考えています。フッサール自身も、このような適用から距離を置こうと試みていました。
  • ‌還元主義の採用:‌‌ 伝統的科学は、人間心理や‌‌サイ(psi)‌‌ の理解に、量子論など自然科学的なモデルやメタファーを適用することを強く提唱する研究者がいるが、これは多方面で誤りであるとされています。
  • ‌根底にあるメカニズムへの執着:‌‌ 伝統的科学は、世界を理解するために‌‌分子や力といった根底にあるメカニズム‌‌を追求するモデルを提案していますが、現象学は、‌‌人間が経験するそのままの生々しい経験‌‌を重視し、根底のメカニズムを探す必要はないと示唆しています。
  • ‌「有用な虚構」としてのメカニズム:‌‌ フリードリヒ・ニーチェ(現象学の伝統の流れを汲む)は、科学が主張するこれらの根底にあるメカニズムを‌‌「有用な虚構」 (useful fictions)‌‌ と呼びました。これらは、特定の制度を結びつけ、科学コミュニティなどの社会学的集団を固めるという実用的な要素を持つものの、本質的には虚構であると見なされています。

2. 歴史的・文化的偏見と倫理的帰結

「伝説的科学」は、その方法論や価値観に‌‌特定の文化的および歴史的な重荷(cultural baggage)‌‌ を伴っていることが指摘されています。

  • ‌啓蒙主義からの継承:‌‌ 科学的な真理は、通常、‌‌西洋的‌‌であり、‌‌啓蒙主義‌‌から受け継がれた特定の伝統によって仲裁されています。この伝統は、テクノロジーの進歩を是とする目的論的な時間の見方を含んでおり、その結果、生態系に甚大な被害(wreak havoc)をもたらしています。
  • ‌ナチュラリズムによる排除:‌‌ 啓蒙主義に由来する‌‌ナチュラリズム(自然主義)‌‌ は、‌‌超自然的なもの‌‌と見なされる事柄(例えば、超心理学の報告)を、さらなる考慮の必要なく自動的に排除する哲学です。
  • ‌力の構造による支配:‌‌ ミシェル・フーコーの分析によれば、真理(科学的真理であれ、心理学的真理であれ)は、社会制度を通して権力と知識が体系的に分散される方法によって、特定の伝統によって裁定されます。
  • ‌驚異(Wonder)の抑制:‌‌ 社会構造や制度は、意識的または無意識的に、世界の‌‌奇妙さ‌‌や‌‌驚異‌‌といった概念を押しつぶしてきました。また、異なる文化や歴史に対して同じ方法を適用することの倫理的な結果についても、深く考える必要があると指摘されています。

3. 人間性の矮小化と洞察の浅さ

伝統的科学の方法論の適用は、人間性の理解を制限し、重要な洞察を見逃させる結果につながると批判されています。

  • ‌主観性の抑圧:‌‌ 科学が文化において特権的な地位を占めた結果、私たちの自己理解は‌‌貧困化‌‌しています。さらに強く言えば、科学は、特定の種類の‌‌主観性(subjectivity)‌‌ を押しつぶし、社会制度やメディアと連携して、人間が世界に来る方法、すなわち私たちの経験自体を、ある意味で「作り上げて」います。
  • ‌浅い結果:‌‌ 伝統的科学の方法を‌‌超常現象‌‌に適用した場合、得られる結果は非常に‌‌浅い‌‌ものになりがちです。
  • ‌言語の欠乏:‌‌ 科学には、世界を捉えるための言語が欠けており、実験や二重盲検分析などの方法論では、詩的な理解や記述(芸術家が得意とする)が捉えるような‌‌より深遠なもの‌‌を本質的に捉えることができません。
  • ‌イデオロギー的な否定:‌‌ 超心理学の分野では、膨大な肯定的な実験データが存在するにもかかわらず、「超心理学的現象の証拠は一片もない」と断言する懐疑論者がおり、これは‌‌イデオロギー的‌‌な発言であり、‌‌概念的な厳密さの欠如‌‌や‌‌怠惰な思考‌‌を示していると批判されています。

超心理学との関連

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現象学(Phenomenology)と科学のより大きな文脈において、これらのソースは、‌‌超心理学 (Parapsychology) が直面する既存の「伝統的科学」からの批判と排除‌‌を分析し、‌‌現象学が超心理学にもたらす方法論的な解放と新たな方向性‌‌を示唆しています。

1. 伝統的科学による超心理学への批判と排除

超心理学は、伝統的な科学的枠組みから、そのテーマ(特にサイ/psi)の性質上、厳しく批判され、排除されてきました。

  • ‌自然科学的モデルの誤った適用:‌‌ 超心理学の分野の一部の研究者は、自然科学的なモデル、例えば量子論からのメタファーを、人間心理、特にサイの理解に適用することを強く提唱していますが、現象学の観点からは、これは多くの点で‌‌誤りである‌‌と指摘されています。フッサールは、自然界を分析するために使われる方法を人間心理に適用することを避けようとしていました。
  • ‌ナチュラリズムによる自動的排除:‌‌ 啓蒙主義から派生したナチュラリズム(自然主義)という哲学は、‌‌超自然的なもの‌‌と見なされる事柄を、さらなる考慮の必要なく‌‌自動的に排除‌‌するとされています。超心理学の報告は、彼らが超自然的な思考の例と見なすため、まったく考慮される必要がないと一部の科学の信奉者は主張します。
  • ‌浅い結果:‌‌ 伝統的な科学的手法(実験や二重盲検分析など)を‌‌超常現象‌‌に適用した場合、得られる結果は非常に‌‌浅い‌‌ものになりがちです。これは、科学の方法論には、詩的な理解や記述(芸術家が得意とする)が捉えるような‌‌より深遠なもの‌‌を本質的に捉えるための‌‌言語が欠けている‌‌ためです。
  • ‌イデオロギー的な否定:‌‌ 超心理学には150年にもわたるデータがあり、最近の主要な心理学の学術誌でも1,400の実験結果が要約され、‌‌圧倒的に肯定的な結果‌‌が示されています。しかし、懐疑論者の中には「超心理学的現象の証拠は一片もない」と断言する者がおり、これは‌‌イデオロギー的‌‌な発言であり、‌‌概念的な厳密さの欠如‌‌や‌‌怠惰な思考‌‌を示していると批判されています。

2. 現象学による超心理学への擁護と新たなアプローチ

現象学的な視点は、超心理学が「伝統的科学」の制約から脱却し、より深い洞察を得るための基盤を提供します。

  • ‌厳密な方法論の適用:‌‌ 超心理学者は、‌‌主流科学からの歴史的な圧力‌‌に対抗するため、実験や統計分析に関して非常に‌‌厳密‌‌であると評価されています。この厳密さは、現象学が人間経験を考察するために適用する‌‌厳密な方法論‌‌と共通しています。
  • ‌記述的アプローチの価値:‌‌ 現象学は、真実を発見し、理解するための‌‌記述的な様式‌‌を重視します。ウィリアム・ジェームズ(アメリカ心理学の父であり、超心理学につながる心霊研究の創設者の一人)は、‌‌先入観や先験的な信念なしに世界を記述しようとした‌‌点で、現象学的な精神を持っていると見なされています。
  • ‌主観的確実性の重視:‌‌ 人々が、例えば「目に見えない存在」(invisible beings)との相互作用について‌‌確実性‌‌を語る場合、現象学的な観点からは、その‌‌確実性自体‌‌が、データの中で‌‌最も重要な部分‌‌として受け取られるべきであると示唆されています。研究者は、懐疑的であることは重要ですが、主張をそのまま受け取り、‌‌被験者を直ちに信じる‌‌必要があります。
  • ‌周辺領域の取り込み:‌‌ 人間であることの意味を正確に現象学的に理解するためには、‌‌フリンジサイエンス‌‌や‌‌文化の周縁化された側面‌‌といった、あらゆる周辺領域を含める必要があります。
  • ‌サイの破壊的な性質の再評価:‌‌ 現象学的な視点は、超心理学に対し、主流科学に‌‌合わせようとする‌‌のではなく、「サイの‌‌破壊的な(subversiveness)‌‌ 性質を取り戻す」よう提言しています。超常現象やサイは、規範的な科学のやり方に対して‌‌必然的に破壊的‌‌であるため、超心理学は‌‌主流科学のパラダイムを変える‌‌次のパラダイムとなる真の機会があるとしています。
  • ‌魔術の再認識:‌‌ 長年、超心理学者は‌‌魔術師‌‌と見なされることを恐れてきましたが、現象学的な洞察は、人間の心(意識)の力が‌‌魔術を作用させる力‌‌であるということを示唆しているかもしれません。超心理学者は、主流に合わせようとする中で失ったかもしれない‌‌魔術を取り戻す‌‌ための「反乱」を起こすべきであると提言されています。
  • ‌隣接分野からのヒント:‌‌ 超心理学者は、精神分析学など、友好的な隣接分野からインスピレーションや協力を求めることができるかもしれません。

現象学は、‌‌超心理学という領域を「科学」という狭い定義から解放し、人間の主観的な経験や、世界を理解する詩的で記述的な能力の深さを再評価する‌‌ことを可能にする、より寛容なアプローチを提供すると言えます。

Jabob W. Glazier の貢献と視点

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ジェイコブ・W・グレイザー(Jacob W. Glazier)は、現象学と科学のより大きな文脈において、‌‌伝統的な科学(Legendary Science)が持つ還元的かつ文化的偏見のある方法論を厳しく批判‌‌し、‌‌人間の経験、主観性、そして周辺科学(特に超心理学)を深く理解するための現象学的なアプローチ‌‌を提唱している、新しい世代の学者として紹介されています。

彼の貢献と視点の核心は以下の通りです。

1. 専門的背景と現象学の継承者としての位置づけ

  • ‌学術的背景:‌‌ グレイザー氏は、ジョージア州のマリエッタにあるライフ大学(Life University USA)でポジティブ人間開発・社会変革部門の非常勤教授を務め、また、ニューヨーク大学スタインハート校(New York University Steinhart)の応用心理学部門でオンライン非常勤教授を務めています。彼は、米国で数少ない超心理学を重点的に学べる大学院の一つであるウェストジョージア大学(University of West Georgia)で、心理学・意識・社会学の博士号を取得しており、超心理学のバックグラウンドを持っています。
  • ‌主要著作:‌‌ 彼の著書に『The Arts of Subjectivity: A New Animism for the Post-Media Era(主観性の芸術:ポストメディア時代の新しいアニミズム)』があります。
  • ‌哲学的系譜:‌‌ 彼は、エドムント・フッサール、マルティン・ハイデガー、ミシェル・フーコーといった現象学およびポスト構造主義の流れを汲む思想家たちの伝統を継承し、彼らの議論を現代の科学と文化の批判に応用しています。

2. 伝統的科学への批判

グレイザー氏は、伝統的科学が人間経験を理解する上で根本的な誤りを犯していると主張しています。

  • ‌自然科学モデルの誤用:‌‌ 彼は、超心理学の研究者の一部が、自然科学的なモデル、特に‌‌量子論のようなメタファーを人間心理やサイ(psi)の理解に適用することを提唱しているのは、多くの点で間違いである‌‌と考えています。フッサールが試みたように、自然界を分析するための方法を人間心理に適用することを避けるべきだと論じています。
  • ‌還元主義への批判:‌‌ 彼は、伝統的科学が分子や力といった「根底にあるメカニズム」を理解しようとするのに対し、現象学は‌‌生の経験‌‌をそのまま受け入れ、根底のメカニズムを探す必要はないと示唆しています。グレイザー氏は、ニーチェの言葉を引用し、科学が主張するこれらのメカニズムを、社会集団(科学コミュニティなど)を固めるという実用的な側面を持つ‌‌「有用な虚構」(useful fictions)‌‌ として捉えています。
  • ‌主観性の抑圧:‌‌ 科学が文化において特権的な地位を占めることで、私たちの自己理解が貧困化し、特定の種類の‌‌主観性(subjectivity)‌‌ が抑圧されていると強く主張しています。

3. 現象学と超心理学への貢献

グレイザー氏の視点は、超心理学の分野に、主流科学の圧力に対抗し、より深い洞察を得るための現象学的なツールを提供します。

  • ‌厳密な記述的アプローチ:‌‌ 彼は、現象学の「記述的様式」を重視し、ウィリアム・ジェームズが先入観なしに世界を記述しようとした姿勢を、現象学的な精神に沿うものとして評価しています。グレイザー氏は、‌‌芸術家や作家‌‌が持つような、内的な経験や主観的な状態を記述する‌‌言語と詩的な資質‌‌が科学には欠けており、彼らがより深遠なものを捉えている可能性があると指摘します。
  • ‌確実性のデータとしての受容:‌‌ 彼は、人々が「目に見えない存在」との相互作用について「確実性」を語る場合、研究者はまず‌‌主張を額面通りに受け取り、被験者を直ちに信じる‌‌必要があり、その‌‌確実性自体‌‌が現象学的には‌‌最も重要なデータ‌‌であると主張しています。
  • ‌新しいアニミズムの提唱:‌‌ 彼の著書の副題にある‌‌「新しいアニミズム」‌‌ は、伝統的な科学が支配する物理主義(physicalism)を脱構築し、‌‌世界が生きている(alive)‌‌、そして‌‌精神が宿っている‌‌という見方を再評価する試みです。
  • ‌サイの破壊性の回復:‌‌ グレイザー氏は、超心理学に対し、主流に適合しようとするのではなく、‌‌サイの「破壊的な性質」(subversiveness)を取り戻す‌‌よう提言しています。なぜなら、超常現象は規範的な科学のやり方に対して必然的に破壊的であり、超心理学には‌‌主流科学のパラダイムを転換する‌‌真の機会があるからです。彼は、超心理学者は魔術師と見なされることを恐れるべきではないとし、人間の心の力が‌‌魔術を作用させる力‌‌である可能性を示唆し、‌‌失われた魔術を取り戻す「反乱」‌‌ を起こすべきだと述べています。

現象学の遺産と関連思想

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現象学(Phenomenology)と科学のより大きな文脈において、これらのソースは、現象学が‌‌伝統的な哲学から派生した比較的比較的新しい潮流‌‌であり、‌‌ヨーロッパ大陸の創始者から始まり、後の思想家たちに影響を与え、その批判的精神を継承している‌‌ことを説明しています。

現象学の遺産と関連思想は、主に‌‌伝統的科学と西洋思想の根本的な価値観への批判‌‌という形で現れています。

1. 現象学の創始者とその系譜

現象学は、‌‌エドムント・フッサール‌‌(Edmund Husurl)によってヨーロッパ大陸で「始められた」(inaugurated)とされています。フッサールの主要な目的は、科学が自然界を探求するのとは異なり、‌‌人間の生活世界(human life world)‌‌ を考察し、現代科学のレンズを通してではなく、‌‌哲学的‌‌に人間心理を調査することでした。

この伝統は、以下の著名な思想家たちによって継承・展開されました。

  • ‌マルティン・ハイデガー‌‌(Martin Haidiger):フッサールの学生であり、非常に有名な哲学者です。ハイデガーの概念(例:手近さ ready-to-handedness、道具立て present-to-handedness)は、物理学を適用することなく、‌‌人間存在(Dasein)‌‌ が世界に来る方法を考察するために現象学的なメタファーとして使用されます。
  • ‌フリードリヒ・ニーチェ‌‌(Frederick Nietzsche):グレイザー氏は、ニーチェもまた特定の精神において‌‌現象学の伝統‌‌にあると主張しています。ニーチェは、科学が主張する根底にあるメカニズム(分子など)を、特定の制度や科学コミュニティを結びつける‌‌「有用な虚構」(useful fictions)‌‌ と呼びました。

2. ポスト構造主義と関連思想との批判的連携

現象学の批判的な遺産は、20世紀に現れた他の思想潮流、特にフランスのポスト構造主義によって受け継がれ、拡大されました。

  • ‌ミシェル・フーコー‌‌(Michel Foucault):フッサールからハイデガーを経てフランスへ渡ったポスト構造主義の系譜において、フーコーは歴史家としての側面が強いものの、‌‌権力と知識が社会制度を通して世代的に分散し、機能する方法‌‌について非常に洞察に満ちた議論を展開しました。彼は、科学的真理や心理学的真理といった「真理」は、特定の伝統、特に‌‌西洋的‌‌で‌‌啓蒙主義‌‌に由来する伝統によって裁定されると論じました。
  • ‌ジャック・ラカン‌‌(Lacan):フランスの精神科医ラカンは、‌‌「言語」(language)‌‌ が世界を裁定するという論を展開しました。グレイザー氏は、超心理学者として、ラカンが強調する‌‌言語が私たちのアイデンティティと主観性を形作る方法‌‌について、より多くの時間をかけて考察する必要があると述べています。また、超心理学者は、‌‌精神分析‌‌などの「友好的な隣接分野」からインスピレーションや協力を求めることができるかもしれないと示唆されています。
  • ‌ポスト構造主義者/ポストモダニスト:‌‌ 現象学者、精神分析学者、そしてポスト構造主義者(ポストモダニストと概ね一致する)という思想家の集合体は、‌‌我々が受け継いだ世界を批判‌‌しています。彼らは、啓蒙主義だけでなく、‌‌古代ギリシャ‌‌にまで遡る特定の価値観に対して非常に懐疑的です。ポスト構造主義者は、伝統を特定の遺産に根付かせようとするプロジェクトを「ファシズムの一形態」であると主張し、現実には文化間の‌‌「入り乱れた絡み合い」(messy entanglement)‌‌ が存在すると強調しています。

3. 現象学が提唱する新しい視点

現象学は、伝統的な科学の制約を超えて、人間の経験を理解するための新しいアプローチを提供します。

  • ‌主観性の擁護:‌‌ 現象学の遺産は、科学が特定の種類の‌‌主観性‌‌を押しつぶし、社会制度やメディアと連携して私たちの経験自体を「作り上げている」という強力な主張に含まれています。
  • ‌記述的様式の重視:‌‌ 現象学は、真実を発見し、理解するための‌‌記述的な様式‌‌を重視します。グレイザー氏は、‌‌ウィリアム・ジェームズ‌‌(アメリカ心理学の父)を、先入観なく世界を記述しようとした点で現象学的な精神を持っていると見なしています。
  • ‌新しいアニミズム:‌‌ グレイザー氏が提唱する‌‌「ポストメディア時代の新しいアニミズム」(a new animism for the post-media era)‌‌ は、世界が「生きている」(alive)、「精神が宿っている」(imbued with spirit)という見方を再活性化させ、‌‌物理主義(physicalism)を脱構築する‌‌試みです。これは、従来の人類学者が部族的な世界理解を軽蔑的に表現するために使用した歴史的なアニミズムという言葉を、現代の科学研究者たちが取り戻し、世界観として真剣に受け止めるべきだと主張するものです。

現象学の遺産は、‌‌科学の方法論が人間理解に不適切であることへの批判‌‌から始まり、ポスト構造主義的な権力分析や、新しいアニミズムといった‌‌より包括的な存在論の再構築‌‌へと展開されていると言えます。これは、主観的経験や、主流から周辺化された知識(フリンジサイエンスや魔術)を再評価する、現代的な「反乱」の基盤を提供しています。

情報源

動画(43:15)

Phenomenology and Science with Jacob W. Glazier (4K Reboot)

200 views 2025/12/16

Jacob W. Glazier, PhD, has a doctorate degree in Psychology: Consciousness and Society from the University of West Georgia. He is an Adjunct Professor in the Department of Positive Human Development and Social Change at Life University and an online Adjunct Professor in the Department of Applied Psychology at New York University – Steinhardt. He is author of Arts of Subjectivity: A New Animism for the Post-Media Era.

He discusses a constellation of philosophical perspectives – going back to Nietzsche, Husserl, and Heidegger – and their implications for science in general and parapsychology in particular. The discussion is also peppered with references to feminism, psychoanalysis, marginalized social groups, post-structuralism, and the European Enlightenment. He points out that William James was, essentially, a phenomenologist.

New Thinking Allowed host, Jeffrey Mishlove, PhD, is author of The Roots of Consciousness, Psi Development Systems, and The PK Man. Between 1986 and 2002 he hosted and co-produced the original Thinking Allowed public television series. He is the recipient of the only doctoral diploma in "parapsychology" ever awarded by an accredited university (University of California, Berkeley, 1980). He is also the Grand Prize winner of the 2021 Bigelow Institute essay competition regarding the best evidence for survival of human consciousness after permanent bodily death. He is Co-Director of Parapsychology Education at the California Institute for Human Science.

(Recorded on May 27, 2020)

(2025-12-16)