半田広宣の「空間認識のコペルニクス的展開」 ⇒ 科学/哲学 風味のタワゴト
(全体俯瞰 : AI 生成) click で拡大
前置き+コメント
科学哲学がらみの Youtube 動画を幾つか見ていたら、推奨動画の中に「武蔵野学院大学ヌーソロジー研究所」の「空間認識のコペルニクス的展開」と称する動画が含まれていた。
私は動画の part-1 の最初の部分しか視ていないが、一瞥でわかった。これは、典型的な 科学/哲学 風味のタワゴト を羅列した動画だと。実際、これと同型の空間認知のタワゴトを過去記事、
Richard Lang : Douglas E. Harding の『頭がない私』の続き (書式変換+文字起こし+和訳) (2025-01-22)
で取り上げたことがある。
今、名前を全文検索したら 10年ほど前の過去記事で Scott Mandeleker がチラリと言及していた。それがコレ。
Scott Mandeleker:abductee が抱える精神的な弱点から ET が侵入している (2017-04-18)
動画は part-1 から part-3 まであり、その動画リンク全て AI(NotebookLM) に入れて整理したのが以下。こんなタワゴトでも AI は健気に整理してくれる。
な お、動画概要欄の ChatGPT による「ヌーソロジーの空間認識論」の評価
- 新しい視点を開く上で非常に価値のある貢献だと言える
が捏造でないとすれば、2024-04 時点での ChatGPT はおべっかが上手だった(or この手のタワゴトに対する耐性が低かった)ようだ。
要旨
この動画は、ヌーソロジーという独自の思想体系に基づき、現代科学が定義する客観的な時空概念を再構築しようとする試みを解説しています。
講師の半田氏は、私たちが当然視している「外部世界の中に自分がいる」という認識を否定し、主観空間こそが世界の真の姿であると主張します。アクリル板や座標軸を用いた具体的な比喩を通じ、3次元空間を4次元の視点から捉え直すことで、意識の「絶対不動性」を浮き彫りにし ています。
最終的に、この内的な空間認識が素粒子の内部世界と直結しているという大胆な仮説を提示しています。視聴者に対し、近代科学が作り上げた「マトリックス」のような枠組みを超え、人間本来の空間認識を取り戻すための論理的なプロセスを提示する内容となっています。
目次
- 前置き+コメント
- 要旨
- ヌーソロジーによる空間認識の変革:人間の「外面」と「内面」の概念に関するブリーフィング
- ヌーソロジー入門:あなたの世界観をひっくり返す「外面」と「内面」の概念
- ヌーソロジーの視点から読み解く主観的空間の存在論——ベルクソンと大森荘蔵の哲学をめぐって
- あなたが見ている世界は「外」にある?それとも「内」にある?――科学とヌーソロジーの空間入門
- 研究提案書:ヌーソロジーの空間認識論と量子力学の統合による意識の科学的パラダイムシフト
- 従来の空間認識(延長概念)
- 四次元認識の導入
- 人間の外面と内面
- 哲学的・科学的仮説
- 情報源
ヌーソロジーによる空間認識の変革:人間の「外面」と「内面」の概念に関するブリーフィング
要旨
本ブリーフィングは、武蔵野学院大学ヌーソロジー研究所の研究員、半田広宣氏が提唱する、従来の空間認識を根本から覆す理論体系をまとめたものである。ヌーソロジーは、我々の主観空間が広大な客観的時空の一部であるという常識的な見解を「 延長認識」として批判し、これを近代科学が構築した概念的枠組みに過ぎないと断じる。その上で、時空は人間を本来の空間から締め出す「マトリックス」であると主張する。
中心的な仮説として、「人間の主観空間の構造は、量子力学が扱う素粒子の空間とダイレクトに繋がっている」と提示される。すなわち、我々が見ている世界そのものが、素粒子の内部世界であるという見方である。この仮説を論証するため、ヌーソロジーは「人間の外面と内面」という独自の空間概念を導入する。これは、3次元空間を4次元的な視点から「外面(こちらから遠ざかる方向)」と「内面(向こうからやってくる方向)」に区別するものである。
この枠組みにおいて、「内面」は物理学的な時間(T)が流れる客観的時空に対応し、「外面」はアンリ・ベルクソンの「純粋持続」の概念と結びつけられる、時間が流れない主観的な奥行きの空間とされる。最終的に、この理論は「意識の反転」という結論に至る。これは、一般に信じられているような客観的な「外の世界」は存在せず、我々が認識している世界はすべて、自己の内的な精神世界、すなわち「内在世界」であるというラディカルな視点である。ヌーソロジーとは、この前提に基づき、世界の見方を根底から再編集する思考メソッドそのものである。
1. 従来の空間認識への挑戦
ヌーソロジーは、現代人が自明のものとしている空間認識のあり方に根本的な疑問を投げかけることから始まる。
- 常識的な空間観: 一般的に、我々が見ている主観的な空間は、客観空間の一部と見なされている。広大な時空の広がりの中に小さな個人が存在し、目や耳といった知覚器官を通して脳が「外の世界」を認識しているという考え方が常識となっている。
- 「延長認識」への批判: ヌーソロジーは、このような空間を広がりとして捉える認識を「延長認識」と呼び、これが人間の思考を制限していると主張する。半田氏は「そろそろ人間はそういう延長認識の世界から出る必要がある」と述べ、このパラダイムからの転換を促す。
- 時空=マトリックスという見方: 従来の科学的世界観における空間概念は、意識という人間の内的あり方を考慮した場合、人間を本来の空間から追い出すものだとされる。この文脈で、時空は「人間が本来住んでいる(始原の)空間から締め出され」た状態を作り出す「マトリックス」であると表現される。この延長としての空間概念の中には、自己が実存する「生の現場」が見当たらないと指摘される。
2. 主観空間と四次元認識
従来の空間認識に代わるものとして、ヌーソロジーは主観空間の独立性と、それを観察する高次元の視点を提示する。
- 主観空間の定義: 主観空間は、世界をあくまでも「内側から見ている」空間であり、決して客観空間の一部ではない。したがって、「今皆さ んが見ている世界を時空と思ってはいけない」と強調される。
- 四次元からの観察者: ヌーソロジーは、観察者である意識は3次元空間内には存在せず、4次元の位置から3次元空間を認識していると仮定する。この視点を獲得することが「四次元認識」である。
- 意識の絶対不動性: 4次元に位置する観察者は、3次元空間内での物理的な身体の運動に一切影響されない。半田氏はこれを「空間的に は絶対不動」であると説明する。身体がどのように動こうとも、観察している意識の位置は決して動かない。
- PCモニターの比喩: この状態を理解するために、視野空間(主観空間)をPCのモニター画面に喩える。3次元世界で起こるすべての動きは、そのモニター上に映し出された映像の内部での出来事として捉えられる。
- 運動の再解釈: 平行移動や回転といった運動は、観察者が動いているのではなく、観察者の前にある座標系がずれたり回転したりすることとして解釈される。
- 純粋な主観空間の確立: 自分自身が物質的な身体として空間内を動いているというイメージは、空間を外的に(客観的に)見ることで生じる「ノイズ」であるとされる。純粋な主観空間を確立するためには、このノイズを消去する必要がある。この絶対不動性を直感するために、半田氏は「生まれてこの方、4次元にいる私は一歩たりとも動いたことはない」という認識を固持するよう促す。
3. 中核概念:人間の「外面」と「内面」
四次元認識を具体化する鍵となるのが、ヌーソロジー独自の概念である「人間の外面と内面」である。これは3次元空間に表と裏の区別を与える思考法である。
- 2次元の類推: アクリル板を例にとり、2次元平面における「外面(見える表面)」と「内面(見えない裏面)」を定義する。これらを認識する観察者の視線も、外面を見る視線と、想像によって構成される内面を見る視線というように、それぞれ反対の方向を持つ。
- 3次元への拡張: この概念を3次元に拡張し、3次元空間にも外面と内面が存在すると考える。この区別を可能にするのが、4次元の異なる二つの方向から入ってくる視線である。
- 内面: 対象の向こう側から観察者に向かってくる方向。
- 外面: 観察者から対象に向かって遠ざかっていく方向。
- 知覚正面と座標軸: 哲学者の大森荘蔵が「知覚正面(視野空間)は心である」と述べたことを引用し、この知覚正面を3次元空間が投影された一つの「面」として捉える。3次元座標軸が「水」という漢字の形のように見える配置(等角投影)でこの面に現れる時、観察者の視線は4次元方向から垂直に入ってきていると推測される。
4. 第四次元の物理学的・哲学的解釈
ヌーソロジーは、4次元の二つの方向性を物理学と大陸哲学の概念を統合して解釈する。
| 特徴 | 人間の内面 (The Human "Inside") | 人間の外面 (The Human "Outside") |
|---|---|---|
| 方向性 | 対象 (O) → 観察者 (S) | 観察者 (S) → 対象 (O) の向こう側 |
| 物理学的解釈 | 物理的な時間 (T)、時空連続体 | 時間の逆行 (-T) ではなく、流れない時間 |
| 哲学的解釈 | アンリ・ベルクソン:延長(弛緩) | アンリ・ベルクソン:純粋持続(収縮) |
| 空間の性質 | 外在の場、客観的時空 | 内在を規定する持続空間、主観的な奥行き |
| ドゥルーズの概念 | 知覚の方向(我々を物質の中に置く) | 記憶の方向(我々を精神の中に置く) |
- 内面と時間: 物理学では第4の次元は時間として解釈される。遠方の銀河が過去の姿で見えるように、対象から観察者へと向かうベクトルは、過去から現在へと流れる物理的な時間(T)に対応する。これが「人間の内面」を構成する。
- 外面と純粋持続: 一方、観察者から対象へと向かう「奥行き」の方向は、ベルクソンの「純粋持続」の概念と重ね合わされる。これは流れる時間ではなく、主観における反転した時間、すなわち「無時間」としての持続であり、観察者自身の「実存が担保されている場所」とされる。
- ベルクソンの言葉の解釈: 「我々が対象を知覚するのは、我々のうちではなく、対象のうちにおいてである」というベルクソンの難解な言葉は、この枠組みによって明快に解釈される。
- 対象という概念は、人間の「内面(時空)」側で形成される。
- しかし、対象が実際に知覚される現場は、奥行きとしての「外面(持続空間)」側にある。この空間では観察者と対象が一体化しているため、「対象のうちにおいて」知覚していることになる。
- ドゥルーズの二つの方向: ジル・ドゥルーズが述べた「表象」における二つの方向性も、このモデルに合致する。
- 知覚の方向: 我々を物質の中に置き、対象と観察者を分離させる。これは「内面」の時空に対応する。
- 記憶の方向: 我々を精神(持続)の中に置く。これは「外面」の持続空間に対応する。
5. 結論:意識の反転と内在世界
これらの考察は、従来の主観と客観の二元論を完全に覆す結論へと導く。
- 心の世界としての風景: 奥行きの空間がベルクソンの言う純粋持続、すなわち内なる精神の働きであるならば、我々が目の前に見ている風景そのものが、ありのままの「心の空間」であるということになる。
- 「外の世界」の消滅: この見方を徹底すると、私たちが常識的に考えているような、自己の外部に存在する客観的な「外の世界」という概念は消滅する。半田氏は「外の世界なんて存在してないということなんです」と断言する。
- 意識の反転: 見ている世界は外的な対象の世界ではなく、内的な精神の世界、すなわち「内在世界」であると認識を切り替えること。これがヌーソロジーが目指す「意識の反転」である。「世界は全て内在である」という仮定のもとに、世界の見方を根底から編集し直す作業がヌーソロジーの本質とされる。
6. 提示された仮説
この一連の議論の根底には、現代科学の常識からは受け入れがたい、一つの大胆な仮説が存在する。
- 仮説の内容: 「私たち人間の主観空間の構造自体が、実は量子力学が扱う素粒子の空間とダイレクトに繋がっている」
- その含意: この仮説は、「私たちが見ている世界そのものが、実は素粒子の内部世界なのだ」と主張しているに等しい。
- 今後の展望: この「とんでもチックな主張」が単なる奇説ではないことを示すため、今後の研究動画で論理立てて順を追った解説が試みられることが示唆されている。
ヌーソロジー入門:あなたの世界観をひっくり返す「外面」と「内面」の概念
導入:当たり前の「空間」に疑問を投げかける
私たちのほとんどは、世界を次のように認識しています。広大な宇宙(客観空間)が存在し、その中に「ちっぽけな自分」という存在がいる。そして、目や耳といった感覚器官を通して、脳が「外の世界」の情報を処理している──。これは、現代社会において疑う余地のない「常識」として受け入れられています。
しかし、ヌーソロジーは、この当たり前の空間認識に真っ向から「ノン」を突きつけます。
ヌーソロジーは、私たちが常識だと思っているこの時空認識こそが、実は「人間が本来住んでいる空間から締め出されている」状態を作り出している一種の「マトリックス」なのだ、と主張します。
この解説の目的は、そのラディカルな思想の入り口となる、ヌーソロジーの中心概念「 人間の外面(げんめん)と内面(ないめん)」を、初心者の方にも直感的に理解できるように、順を追って説明することです。あなたの世界観を根底から揺さぶる、新しい思考の旅へようこそ。
1. 新しい空間の見方への第一歩:2次元から考えてみよう
ヌーソロジーは、いきなり複雑な3次元空間を考えるのではなく、まず単純な2次元モデルから思考をスタートさせます。
1-1. アクリル板の「表」と「裏」
ここに一枚の透明なアクリル板があると想像してください。この板は、2次元の平面を表しています。私たちは普段、この2次元平面を3次元の視点から眺めているため、この板に「表」と「裏」の2つの面があることを即座に認識できます。
ヌーソロジーでは、この関係性を次のように定義します。
- 外面(げんめん): 私たちが直接見ることができる「表面」のこと。
- 内面(ないめん): 直接は見ることができない「裏面」のこと。
ここで最も重要な洞察は、「外面を見る視線」と「内面を見る視線」は、必ず反対方 向を向いているという点です。外面を見る視線がこちら側から板に向かっているなら、内面(裏面)を見る視線は、板の向こう側からこちらに向かってくることになります。
1-2. 「内面」は想像の世界
「内面(裏面)」は、私たちの視点からは直接見ることができません。そのため、それを認識する視線は、物理的な視線ではなく「想像的な視線」である、とヌーソロジーは考えます。
このことから、一つの重要な結論が導かれます。
内面は現実ではなく、想像によって構成されている世界である。
この単純な区別が、後々、私たちの3次元空間を理解する上で非常に重要な鍵となります。
1-3. 3次元空間への拡張
次にヌーソロジーは、この2次元で理解した「外面」と「内面」の区別を、私たちが生きている3次元空間にも適用しようと試みます。つまり、私たちのこの3次元空間にも「表(外面)」と「裏(内面)」があるのではないか、と考えるのです。
しかし、2次元の裏表を認識するために3次元の視点が必要だったように、3次元空間の裏表を区別するためには、さらに高次の視点が必要になります。
この単純なモデルは、一つの重大な問いを突きつけます。2 次元の裏表を見るために3次元の視点が必要だったように、私たちが住む3次元空間の「外面」と「内面」を認識するには、一体どこからの視点が必要になるのでしょうか?その答えこそが、次のテーマである「4次元からの視点」です。
2. あなたはどこから世界を見ているのか?:4次元にいる観測者
2-1. 「私」は3次元空間にはいない
私たちは普段、自分の身体を3次元空間の中にある物体の一つとして捉えています。しかし、ヌーソロジーはここで常識を覆す、驚くべき仮説を提示します。
観測者である「私」の意識は3次元空間の中にはなく、「4次元」から3次元空間を認識している、というのです。
3次元の座標軸(X, Y, Z軸)を、漢字の「水」という字のように配置して目の前の空間に当てはめてみてください。このとき、3次元空間全体が、あたかも一つの「面」としてあなたの前に現れます。ヌーソロジーによれば、この「面」として現れた3次元空間を垂直に見つめている視線こそが、4次元からの視線なのです。
2-2. 意識の「絶対不動性」
もし、観測者である「私」が4次元にいると仮定すると、一つの極めて重要な結論が導き出されます。それは、意識の「絶対的な不動性」です。
3次元空間の中で身体がどれだけ動き回ろうとも、それを観察している4次元の「私」の位置は、一切影響を受けません。この関係は、PCモニターの比喩で考えると非常に分かりやすくなります。
- 私たちの視野空間: これはPCモニターのスクリーンのようなものです。
- 世界の変化: 私たちが「動いた」と感じているのは、モニターに映し出された3D映像(VRの世界)が変化しているに過ぎません。モニターそのものや、モニターを見ている「私」自身が動いているわけではないのです。
ヌーソロジーの視点に立てば、私たちはこの事実に気づきます。
生まれてこの方、4次元にいる私は一歩たりとも動いたことはない。
この「意識の絶対不動性」は、客観的な視点というノイズを取り除き、純粋な主観空間そのものの現実に立ち返るための、いわば思考上の「再キャリブレーション」なのです。
この「意識は動かない」という視点こそ、純粋な主観空間を取り戻すための鍵となります。では、この不思議な4次元の視点から見たとき、「人間の外面と内面」は具体的に何を意味するのでしょうか。
3. 「外面 」と「内面」の正体:時間と持続の空間
4次元からの視線が、私たちの3次元空間に「外面」と「内面」という二つの方向性を与えます。ヌーソロジーは、物理学と哲学の知見を組み合わせ、これらの正体を驚くべき形で解き明かします。
3-1. 人間の「内面」:客観的な「時間」が流れる世界
アインシュタインの特殊相対性理論によれば、物理学における4次元とは「時間」のことです。遠くの星を見ることは、過去の光を見ることと同じであるように、私たちの世界は3次元の空間と1次元の時間が一体となった「時空」として存在しています。
ヌーソロジーは、人間の「内面」を観察している4次元の視線が、まさにこの物理的な「時間」の流れに相当すると考えます。
図でイメージするなら、遠くの対象(O)から観測者である自分(S)に向かって、過去から現在へと流れてくるベクトル(T)。これが「内面」を構成する方向です。この方向においては、対象と観測者は明確に分離しており、私たちが科学で扱う客観的な「時空」の世界、つまり空間的な広がりを持つ「延長」の世界が広がっています。
ここで重要なのは、この時間ベクトルTを空間的な線分としてイメージしないことです。あくまでも、見えている対象が時間経過とともに過去の深みへと沈んでいく流れとして捉えてください。
3-2. 人間の「外面」:時間が流れない「持続」の世界
では、「内面」とは逆方向、つまり観測者(S)から対象(O)の向こう側へと突き抜けていく4次元ベクトルは何を意味するのでしょうか。これが人間の「外面」を観察する視線です。
ヌーソロジーは、この方向を、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの「純粋持続」の空間であると解釈します。純粋持続とは、過去・現在・未来へと流れる客観的な時間(Time)とは異なり、意識の内側で経験される、分割不可能な質的な時間の流れ(Duration)です。これは、すべての経験が一点に収束するような「収縮」の空間と言えます。
私たちはつい、この逆方向を時間の逆行、つまり「-T」のような世界だと考えてしまいがちですが、ヌーソロジーはこの方向がそういったものではないと強調します。-Tという概念は、依然として客観的な「時間」という枠組みの中での話です。対して「純粋持続」は、そもそも測定可能な時間が流れない、質的に全く異なる主観的な現実の経験なのです。
つま り、「外面」は流れる時間が存在しない「無時間」の空間であり、そこでは対象と観測者が一体化しています。そして、ここが最も重要な点ですが、この「外面」こそが、観測者自身の存在(実存)が保証されている場所なのです。
3-3. 外面と内面の比較
ここまでの内容を整理すると、人間の空間認識は、4次元における二つの異なる方向性によって成り立っていることがわかります。
| 特徴 | 人間の内面 | 人間の外面 |
|---|---|---|
| 方向 | 対象から観測者へ | 観測者から対象の奥へ |
| 4次元の正体 | 流れる時間 (Time) | 純粋持続 (Duration) |
| 世界の性質 | 客観的時空(延長) | 主観的空間(収縮) |
| 意識の状態 | 対象と私が分離 | 対象と私が一体化 |
| 哲学用語 | 精神の弛緩(しかん) | 精神の収縮 |
このように外面と内面を区別することで、これまで難解とされてきた哲学者の言葉が、驚くほどシンプルに理解できるようになります。最後に、この新しい視点が私たちの世界観をどう変えるのかを探求します。
4. 結論:世界のすべては「内側」にある
4-1. 哲学者の言葉を解き明かす
ヌーソロジーの「外面」と「内面」の枠組みを用いると、哲学者たちの謎めいた言葉が、その真意を現します。
例えば、ベルクソンの有名な言葉。
我々が対象を知覚するのは、我々のうちでではなく、対象のうちにおいてである。
普通に考えれば、知覚は脳(我々のうち)で行われるはずです。しかし、ヌーソロジーの視点に立てば、これは当たり前のことを言っているに過ぎません。知覚の現場は、対象と観測者が一体化する「外面=持続空間」にあるからです。私たちは文字通り、「対象のうち」で世界を知覚しているのです。
また、哲学者のジル・ドゥルーズは、私たちの認識には「質的に異なる2つの方向」が存在すると述べました。
- 知覚の方向: 我々を物質の中に置く方向。
- 記憶の方向: 我々を精神の中に置く方向。
これは、ヌーソロジーが提示したモデルに完全に一致します。
- 知覚の方向 → 人間の内面(対象を物質とみなし、客観的に捉える時空)
- 記憶の方向 → 人間の外面(精神=持続の空間であり、自己の存在の場)
ヌーソロジーのモデルが、全く異なる文脈で語られたドゥルーズの哲学的洞察とこれほどまでに一致するという事実は、このモデルが単なる思考実験ではなく、人間の認識構造の根本的な真理を捉えて いる可能性を示唆しています。
4-2. 「意識の反転」という革命
これまでの議論が導き出す最終的な結論は、衝撃的です。観測者を4次元に置いたことで生まれた「外面」という方向が、精神の働きである「持続」そのものであるならば、結論は一つしかありません。
今、あなたの目の前に見えている風景そのものが、あなたの心(内的空間)なのです。
私たちはこれまで、心は目に見えない内側にあり、世界は物理的な外側にあると信じてきました。しかし、ヌーソロジーはその関係を180度転換させます。
「外の世界」なんて、そもそも存在していない。
これこそが、ヌーソロジーが提唱する「意識の反転」です。
ヌーソロジーとは、「世界はすべて内側にある(内在である)」という新しい前提のもと、これまで私たちが築き上げてきた世界の見方を根底から編集し直す、壮大な知的作業なのです。