Skip to main content

Carlos Eire(歴史学者) : 人体浮揚と bi-location の事例を解説

· 134 min read
gh_20251230_levitation.jpg

(全体俯瞰 : AI 生成) click で拡大

前置き

この動画は過去記事で取り上げたが、今回は AI(NotebookLM) で整理した。

動画では Uri Geller に関する事例 も語られている。

要旨

AI

イェール大学のカルロス・アイレ教授は、心理学者のジェフリー・ミシュラブとの対談を通じ、歴史における‌‌浮遊(レビテーション)‌‌と‌‌バイロケーション(遠隔聖座)‌‌の事例を考察しています。

アイレ氏は著書『彼らは飛んだ:不可能の歴史』に基づき、中世から近代にかけての‌‌宗教的奇跡‌‌や、近代の‌‌心霊主義‌‌における空中浮揚の記録について解説しました。特にアビラの聖テレサやクパティーノの聖ヨセフといった聖人たちが、‌‌変性意識状態‌‌や神秘的な恍惚の中で重力に抗ったとされる数多くの証言を紹介しています。

対談では、現代の‌‌教条主義的な物質主義‌‌に対する懐疑の視点が提示され、科学では解明できない多次元的な事象の可能性が議論されました。また、教会による‌‌厳格な真偽調査‌‌や詐欺の摘発プロセスについても触れ、歴史的な記録がいかに豊富であるかが強調されています。

最終的にこの対談は、固定観念に縛られず‌‌未知の現象‌‌に対して開かれた姿勢を持つことの重要性を説いています。

空中浮揚とバイロケーションに関するブリーフィング文書

AI

要旨

イェール大学の歴史学・宗教学教授であるカルロス・エイレ氏の研究は、空中浮揚やバイロケーション(同時両所存在)といった、現代の唯物論的パラダイムでは「不可能」とされる歴史的現象を学術的に検証するものである。同氏の著書『They Flew: A History of the Impossible』は、特に16世紀と17世紀のヨーロッパに焦点を当てている。この時代は、カトリックの聖人による神聖な空中浮揚と、魔女による悪魔的な飛行が同時に報告された「空飛ぶ人間の最盛期」であった。

カトリック教会は、これらの現象を手放しで奇跡と認定したわけではない。むしろ、宗教改革後の猜疑心が高まる中で、異端審問所などを通じて極めて懐疑的かつ徹底的な調査を行った。その目的は、詐欺師を暴き、現象の源泉が神にあるのか悪魔にあるのかを慎重に見極めることにあった。調査プロセスにおいては、聖人の最も重要な徳性として「謙虚さ」が重視された。

多くの事例において、空中浮揚は意図的な行為ではなく、深い「神秘的エクスタシー」状態の物理的な副産物として発生した。聖テレサやクペルティーノの聖ヨセフなどの事例では、身体が硬直するカタレプシー発作を伴い、本人の意思とは無関係に身体が浮上したと記録されている。

エイレ教授は、数百、時には数千人に及ぶ目撃証言の存在を重視し、これらすべてを虚偽や集団幻想と断じることこそ、ある種の「信仰の跳躍」を要すると指摘する。同氏の研究は、現代の「独断的唯物論」に疑問を投げかけ、過去の出来事を当時の文脈で真摯に再評価することの重要性を示唆している。

詳細分析

1. 「不可能」の歴史学:カルロス・エイレ教授の研究

イェール大学の歴史学・宗教学教授であるカルロス・エイレ氏は、近世ヨーロッパ史の専門家として、空中浮揚やバイロケーションといった超常的現象の歴史的記録を研究している。この研究は、同氏が約40年前にイタリアのアビラにある聖テレサの修道院を訪れた際の体験に端を発する。そこでは、聖テレサと十字架の聖ヨハネが共に空中浮揚した場所が、厨房のフライパンや階段といった日常的な事物と同列の「事実」として紹介されており、この「認識の不協和」が研究の出発点となった。

エイレ教授は、研究においてスペインの異端審問所の記録などを活用した。これらの記録は、尋問内容、囚人や関係者の間で交わされた手紙、さらには拷問の詳細な描写(例:「我々は彼女にもっと水を与えた」という記述)まで含む、驚くほど網羅的で強迫的なものであった。

2. 16世紀と17世紀:空飛ぶ人間の最盛期

エイレ教授によれば、この時代は西洋史における「空飛ぶ人間の最盛期」であった。これは、中世的な世界観と近代的な思考が複雑に絡み合う移行期であり、2つの異なる「飛行」が同時に報告されていたためである。

  • カトリック世界の聖人による空中浮揚: 神との合一体験である神秘的エクスタシーの結果として、聖人たちが空中に浮揚したとされる事例。
  • 魔女の飛行: カトリックとプロテスタント双方の地域で、悪魔との契約によって魔女が箒などに乗って空を飛ぶと信じられていた。

この現象に対する見解は、宗派によって明確に異なっていた。

  • カトリック: 空中浮揚やバイロケーションは、神からの奇跡である可能性と、悪魔による惑わしである可能性の両方があるとされた。そのため、個別の事例について慎重な調査が必要とされた。
  • プロテスタント: この種の現象は神に由来するものではなく、もっぱら悪魔の仕業であると見なされた。したがって、空中に浮揚する者は魔女か悪魔崇拝者であると疑われた。

この世界観の違いは、魔女狩りの背景にも影響を与えた。数千人規模の人々が、カトリック・プロテスタント双方の地域で魔女として処刑された。

3. 教会の懐疑的調査と詐欺の摘発

近代初期のカトリック教会は、空中浮揚の報告に対して極めて懐疑的な姿勢で臨んだ。中世の聖人とは異なり、この時代の聖人候補者は厳格な調査と尋問の対象となった。

  • 調査の二重の目的:
    1. 詐欺の排除: 奇跡を装う偽物や詐欺師でないことを確認する。
    2. 源泉の特定: 現象が神に由来する「本物」の奇跡なのか、それとも悪魔によるものなのかを判別する。
  • 悪魔の弁護士 (Devil's Advocate): この時代に、カトリック教会は列聖調査のプロセスにおいて、候補者に対してあらゆる疑義を提示し、懐疑的な視点から徹底的に調査する役職、通称「悪魔の弁護士」を正式に設けた。これは、調査の客観性と厳格性を担保するための制度であった。
  • 謙虚さの重視: 教会が聖性の証として最も重要視した徳は「謙虚さ」であった。聖テレサが自身の空中浮揚を隠そうとし、他の修道女たちに自分を抑えつけるよう命じた行動は、彼女が自己顕示欲から奇跡を起こしているわけではないことの証明と見なされた。

教会は実際に数多くの詐欺師を摘発しており、その事実が、調査を通過した事例(例:クペルティーノの聖ヨセフ)の信憑性を逆説的に高めている。

4. 神秘的エクスタシーの物理的副産物

報告されている聖人たちの空中浮揚は、自らの意思で空を飛ぶ行為ではなく、多くの場合、強烈な宗教体験である「神秘的エクスタシー」の制御不能な物理的副産物であった。

  • カタレプシー発作: 聖テレサやクペルティーノの聖ヨセフの事例では、空中浮揚はカタレプシー(強硬症)的な発作から始まった。身体は完全に硬直し、感覚を失い、針で刺したり目の前で蝋燭を灯したりしても全く反応がなかったとされる。
  • 身体の無重力化: 空中に浮遊している身体は非常に軽くなり、目撃者が息を吹きかけると部屋の反対側まで漂っていった、という記録も存在する。
  • 時間と空間からの離脱: 非常に興味深い点として、浮揚者の身体だけでなく、身につけている衣服さえも硬直し、しわ一つ動かなかったと報告されている。この現象について、エイレ教授に連絡してきたある科学者は、「浮揚者は文字通り時間と空間の外に出ており、重力の影響を受けない一種の次元バブルに包まれているのではないか」という仮説を提唱した。この仮説では、浮揚者にとって時間の経過はなく、エクスタシーから覚めると、中断したまさにその瞬間から行動(例えばミサの続きの言葉)を再開できたことが説明できる。

5. 主要な事例

人物名時代主な現象特徴
アビラの聖テレサ16世紀空中浮揚十字架の聖ヨハネと同時に浮揚したとされる。自身の現象を恥じ、他の修道女に抑えつけるよう命じた。異端審問所の厳しい調査を受けたが、その謙虚さが聖性の証とされた。
クペルティーノの聖ヨセフ17世紀空中浮揚「史上最も偉大な浮揚者」と称される。彼の空中浮揚はあまりに頻繁で人々の注目を集めすぎたため、教会当局によって次々と人里離れた修道院へ移され、人生の最後の10年間は事実上の独房監禁状態で過ごした。
マリア・デ・アグレダ17世紀バイロケーション「青い服の貴婦人」として知られる。スペインの修道院にいながら、現在の米国テキサス州やニューメキシコ州に500回以上出現し、ネイティブアメリカンにキリスト教を説いたとされる。彼女が聖母マリアから直接聞き取ったとして執筆した100万語に及ぶ伝記が教義上の問題となり、列聖には至っていない。
イヴォンヌ=エメ・ド・マレストロワ20世紀バイロケーション1901生~1951年没。数百件のバイロケーションが記録されており、ナチス占領下のフランスで囚人の前に現れたとされる。同時に、レジスタンスの闘士や連合軍のパイロットを修道女に変装させて救出した英雄でもあり、シャルル・ド・ゴールから勲章を授与された。

6. 近代のパラダイムと現代における意味

  • 用語の変遷: 「空中浮揚(levitation)」という言葉自体は、19世紀のスピリチュアリスト(心霊主義者)によって造られた。彼らはこの現象を神や悪魔から切り離し、霊的な力によるものと解釈し、非宗教的な文脈に置いた。D.D.ヒュームのような霊媒師が有名である。
  • 独断的唯物論への懐疑: エイレ教授は、現代の学術界や文化を支配する「独断的唯物論」(dogmatic materialism)—すなわち、物質世界が唯一の現実であるという前提—に対して、歴史家として懐疑的であるべきだと主張する。彼は、フランシス・ベーコンの「確信から始めれば疑いで終わるが、疑いから始めれば確信で終わる」という言葉を引用し、科学的プロセスと同様に、歴史的現象に対しても開かれた懐疑心を持つことの重要性を説く。
  • 現代における現象: インタビューでは、これらの現象が現代でも起きている可能性が示唆されている。例として、1970年代にエジプトのザイトゥーンで起きた聖母マリアの出現(数十万人が目撃)、イギリスの物理霊媒による空中浮揚の報告などが挙げられた。しかし、これらの出来事は、16世紀や17世紀のように社会の中心的な議題となることはなく、主流メディアで報じられることも稀である。

結論として、エイレ教授の研究は、過去の膨大な証言を安易に迷信として切り捨てるのではなく、一つの歴史的「データ」として真摯に向き合うことで、我々自身の時代が持つ文化的バイアスや「社会的常識」を相対化する視点を提供している。

空飛ぶ聖人たち:ありえないことの歴史物語

AI

序章:ある歴史家の目覚め

物語は、エール大学の歴史学教授カルロス・エイラが、今から40年ほど前にスペインのアビラにある聖テレサ修道院を訪れた、ある日の午後から始まります。それは彼にとって、単なる観光旅行ではありませんでした。歴史家としての認識を根底から揺さぶる、「目覚め」とも呼べる体験となったのです。

修道院のガイドは、集まった人々に淡々と説明を続けていました。「こちらが聖テレサが料理をした厨房です」「あちらが彼女が転んで腕を骨折した階段です」。それらは誰もが納得できる、具体的な歴史の断片でした。しかし、ガイドは全く同じ口調で、こう続けたのです。

「そして、ここが聖テレサと聖ヨハネが初めて共に空中浮揚した場所です」

その瞬間、エイラ教授の頭の中で何かが弾けました。空中浮揚という超常現象が、厨房のフライパンや事故のあった階段といった物理的な事実と、何ら変わりない「事実」として語られている。この出来事は、16世紀の人々にとって現実であっただけでなく、20世紀の今もなお、そのように語り継がれている。この強烈な「認知的不協和」は、彼の心に深く突き刺さりました。

本稿は、この歴史家の目覚めに端を発する探求の記録です。私たちはこれから、単なる伝説として片付けられてきた「ありえない」現象を、歴史的な事実として真剣に調査した記録に基づき、一つの物語として紐解いていきます。

1. 空を飛ぶことが現実だった時代

この物語の舞台は、主に16世紀から17世紀のヨーロッパです。この時代は、中世的な思想と近代的な考え方が複雑に絡み合う、まさに「移行期」でした。一方ではルネサンスによって人間の理性が花開き、もう一方では魔女狩りの炎がヨーロッパ全土で燃え盛っていました。

特に宗教の世界は、1517年に始まったプロテスタント宗教改革によって大きく揺れていました。カトリックとプロテスタントは互いを厳しく監視し、自らの正当性を証明しようと躍起になっていたのです。空中浮揚やバイロケーション(同時刻に二つの場所に存在すること)といった奇跡は、このような緊張感の中で、極めて繊細な問題として扱われました。

当時の人々にとって、これらの現象はどのように見えていたのでしょうか。

  • カトリック教会の視点 奇跡は、神からの祝福である可能性と、悪魔による欺瞞である可能性の両方がありました。そのため、教会はその現象がどちらの源から来ているのかを慎重に見極めようとしました。その判断の鍵となったのが、奇跡を起こす人物の「徳」、とりわけ謙虚さでした。奇跡を自慢したり、自己顕示のために利用したりする者は、悪魔の影響下にあると疑われたのです。18世紀以降、カトリック教会は聖人認定のプロセスにおいて、空中浮揚のような物理的な奇跡よりも、謙虚さのような「英雄的な徳」そのものを重視するようになります。
  • プロテスタントの視点 彼らの多くは、神がもはやそのような奇跡を起こすことはない、と考えていました。したがって、空中を飛ぶ者はすべて、悪魔と契約した魔女であると見なされました。そこには善悪の判断の余地はなく、現象そのものが断罪の対象となったのです。

これから紹介する聖人たちは、単なる奇跡の人ではありません。彼らは、このような厳しく複雑な時代の中で、その現象が神聖なものか、それとも悪魔的なものかを、異端審問という最も懐疑的な目によって徹底的に問われた人物たちだったのです。

2. 飛びたくなかった聖人:アビラのテレサ

最初の物語は、スペインの偉大な聖人、アビラのテレサです。彼女の物語が興味深いのは、彼女自身がその奇跡を全く望んでいなかったという点にあります。

彼女が空中浮揚を始めたのは40代の頃でした。修道院長という責任ある立場にあった彼女は、この現象が注目を集め、トラブルの元になることを直感します。そこで彼女は、他の修道女たちにこう命じました。

「もし私が浮き上がりそうになったら、全員で私を捕まえて、力ずくで引きずり下ろしてください」

記録には、6人から7人の修道女たちが、浮き上がる院長を必死に押さえつけようとする、ある視点から見れば実に滑稽(ヒラリアス)で、しかし当事者にとっては真剣極まりない光景が記されています。

テレサの空中浮揚は、彼女が自らの意思で飛んでいたわけではありませんでした。それは、「神秘的エクスタシー」と呼ばれる深い宗教的体験の副産物だったのです。目撃者によれば、彼女はエクスタシーに入ると、まず身体が硬直し、あらゆる感覚を失う「カタレプシー発作」の状態に陥りました。そして、その硬直した体のまま、静かに宙に浮き上がったのです。彼女は神にこの現象を止めてくれるよう祈り続け、やがて浮揚は収まったと主張しました。しかし、後年の手紙の中では「ご存知の通り、私の浮揚は戻ってきました」と正直に告白しており、その人間的な葛藤がうかがえます。

この物語のクライマックスは、彼女が同じく聖人である聖ヨハネと面会していた時の出来事です。二人は同じ部屋にいたわけではありません。修道院の厳格な規則に従い、まるで刑務所の面会のように、鉄格子のある小さな窓越しに「三位一体」という深遠な神学のテーマについて語り合っていました。その対話が最高潮に達した瞬間、物理的に隔てられていたにもかかわらず、二人同時に空中へと浮揚したのです。さらに驚くべきことに、記録によれば、聖ヨハネは椅子に座ったまま、その椅子ごと宙に浮いたとされています。

テレサは常に自分の奇跡を隠そうとしました。この徹底した謙虚な姿勢こそが、懐疑的な教会当局に、彼女の奇跡が悪魔的ではなく神聖なものであると認めさせる上で、決定的な役割を果たしたのです。

3. 空飛ぶ修道士:クペルティーノのヨセフ

テレサが自らの奇跡を隠そうとしたのとは対照的に、史上最も偉大で、最も劇的な浮揚者と称されるのが、イタリアの修道士、クペルティーノのヨセフです。彼の現象はあまりにも壮大で、公のものでした。

彼の空中浮揚は頻繁かつ予測不可能で、ミサの最中に突然祭壇の上まで飛び上がったりしました。その結果、教会当局は彼を「厄介者」であり、他の修道士たちの「多大なる気晴らし」になると判断しました。彼らはヨセフを人里離れた修道院へと次々と移送し、彼の人生の最後の10年間は、事実上の囚人として過ごさせました。しかし、彼を隔離すればするほど、その評判は広まっていきました。

  • ある時、彼はエクスタシーの中で教会の外に飛び出し、近くにあった木のてっぺんまで浮揚しました。エクスタシーから覚めた彼は、どうやって降りればいいか分からず、はしごで助け出さねばなりませんでした。
  • 彼を一目見ようと、大勢の群衆が修道院に殺到し、礼拝堂の壁や屋根に穴を開けて中を覗き込もうとするほどの騒ぎとなり、修道院の外には小さなテント村までできたといいます。

さらに不思議なことに、彼は何時間にもわたるエクスタシーから覚めると、中断したミサの祈りを、まるで時間が経過していなかったかのように、止まった次の単語から正確に再開したといいます。ある科学者は、浮揚者は通常の時空の外にある一種の「次元の泡」に包まれているのではないか、という仮説を立てています。この状態では重力は適用されず、時間も経過しないため、ヨセフの衣服のしわさえも動かなかったという目撃証言とも一致します。

ヨセフのような、疑いようのない圧倒的な物理現象は、私たちが次に探求する、さらに不可解で、次元を超えた奇跡への扉を開くものでした。

4. 海を渡った修道女:アグレダのマリア

空中浮揚とはまた異なる、しかし同様に驚くべき現象が「バイロケーション」です。これは、一人の人間の身体が同時に二つの場所に存在するという、まさに物理法則を超えた奇跡です。その最も有名な事例が、17世紀スペインの修道女、アグレダのマリアの物語です。

彼女はスペインの修道院に閉じこもって生活しながら、その身体は同時に、何千マイルも離れたアメリカ大陸、現在のテキサス州とニューメキシコ州の荒野に現れました。記録によれば、彼女は500回以上にわたってネイティブアメリカンの部族のもとを訪れ、キリスト教の教えを説いたとされています。

当然、異端審問所は彼女を厳しく尋問しました。 「どうやって移動したのか?」 「雨が降れば、雨を感じたか?気温の変化は感じたか?」 「どうやって言葉の通じない人々と話したのか?」

彼女の答えは、驚くほど率直なものでした。

「私にはどうしてなのかは分かりません。ただ、そこにいたことは知っています」

彼女は、雨も気温も感じたと証言しましたが、その現象の仕組みは、本人にさえ理解できていなかったのです。

この物語は、古い記録の中に埋もれているだけではありません。彼女は「青い服の貴婦人(The Lady in Blue)」として、今なおアメリカ南西部の民間伝承に生き続けています。そしてテキサス州サンアンジェロ市には、彼女の大きな銅像が建てられています。歴史家エイラが語るように、彼の教え子の一人が最近そこを旅し、その銅像の写真を送ってきたというエピソードは、この400年前の物語が今も息づいていることを示しています。

しかし、テレサやヨセフと異なり、マリアは聖人として認定されていません。その最大の理由は、彼女が聖母マリアから直接、百万語にも及ぶその生涯の物語を口述筆記したと主張したことにあります。これは、自身を福音書の記者たちと同列に置く「巨大な主張」であり、カトリックの教義に深刻な問題を引き起こしたため、彼女の列聖プロセスは停滞したままなのです。

これまで紹介した3人の聖人たちの特徴を、以下の表で比較してみましょう。

聖人名主な現象特徴と逸話教会からの評価
アビラのテレサ空中浮揚現象を望まず、隠そうとした。謙虚さが重視された。聖ヨハネと共に浮揚した。聖人として認定。
クペルティーノのヨセフ空中浮揚史上最も偉大な浮揚者。現象が派手で、群衆が殺到したため隔離された。聖人として認定。
アグレダのマリアバイロケーションスペインからアメリカ大陸へ瞬間移動。聖母マリアから直接啓示を受けたと主張したことが神学的な問題となった。聖人認定は保留中。

結論:「ありえないこと」の歴史と向き合う

本稿で紹介した物語は、単なるおとぎ話ではありません。それらは、カトリック教会や異端審問所といった、当時最も懐疑的で記録に執着した組織によって、詳細に調査された「証言」に基づいています。教会は、詐欺師を暴き出すために「悪魔の代弁者」という役職を制度化しました。その役割は、あらゆる疑いを提起し、徹底的に反証を試みることでした。この厳格なフィルターを通過した事例が、より一層の重みを持つのはそのためです。

歴史家カルロス・エイラは、こうした記録を前にして、私たちに一つの問いを投げかけます。それは、「この世は物質的なものでしかなく、超常現象などありえない」と最初から決めつけてしまう「独断的な唯物論」に対して、少しだけ懐疑的になってみてはどうか、ということです。

これらの物語が真実であったかを、今となっては証明できません。しかし、何百、何千という目撃者たちが、全員口を揃えて嘘をついていた、あるいは集団で幻覚を見ていたと結論づけることにもまた、ある種の「信仰の飛躍」が必要ではないでしょうか。

空飛ぶ聖人たちの物語は、私たちに単純な答えを与えてはくれません。その代わりに、私たちが生きるこの世界の現実とは何か、そして信じることと知ることの境界線は一体どこにあるのかを、深く問いかけてくるのです。歴史の闇に埋もれた「ありえない」記録と向き合うことは、私たち自身の世界の捉え方を見つめ直す、またとない機会となるのかもしれません。

なぜ昔の人々は「空中浮揚」を信じたのか?――歴史の常識を変える「社会的真実」という視点

AI

導入:事実として語られる「奇跡」との出会い

この記事は、歴史を学び始めた皆さんに向けて書かれています。テーマは、「なぜ過去のある時代、空中浮揚のような奇跡が『事実』として受け入れられていたのか」。その謎を、イェール大学の歴史学者カルロス・アイレ教授の解説を基に解き明かしていきます。

今から約40年前、アイレ教授はスペインのアビラにある聖テレジアの修道院を訪れ、人生を変えるほどの衝撃的な体験をしました。

ガイド付きツアーに参加した教授は、次のような案内を受けました。

  • 「こちらが、聖テレジアが料理をしていた厨房です」
  • 「あちらが、彼女が転んで腕を骨折した階段です」

これらは、誰もが納得する歴史的な「事実」です。しかし、次にガイドが指し示した場所と、その説明に教授は耳を疑いました。

「そして、ここが、聖テレジアと十字架のヨハネが初めて共に空中浮揚した場所です」

空中浮揚という奇跡が、厨房のフライパンや階段といった物理的な存在と全く同じレベルの「事実」として語られていたのです。この出来事は、教授の中に「認知的覚醒」とも呼べるほどの衝撃を与えました。

このエピソードから、私たちの探求は始まります。なぜ奇跡が、台所のフライパンと同じレベルの『事実』として扱われていたのでしょうか?

1. 人が空を飛んだ時代:16世紀と17世紀のヨーロッパ

アイレ教授によれば、空中浮揚やバイロケーション(一人がある場所にいながら、同時に別の場所にも現れる現象)の報告が最も多かったのは、16世紀と17世紀のヨーロッパでした。彼はこの時代を「空飛ぶ人間のピーク期」と呼んでいます。

この時代がなぜ特別だったのか、その背景を3つのポイントで見てみましょう。

  • 中世と近代の狭間 この時代は、超自然的な力が信じられていた中世的な思想が色濃く残る一方で、科学的な思考や懐疑主義といった近代的な考え方が芽生え始めた、価値観が混在する複雑な移行期でした。
  • 宗教改革の衝撃 1517年に始まったプロテスタントの宗教改革により、ヨーロッパはカトリックとプロテスタントに分裂しました。両者は互いに深い不信感を抱き、人々の思想や言動を厳しく監視するようになりました。
  • 奇跡への二元論的な見方 超常現象が起こった際、人々はその源泉が‌‌「神」なのか、それとも「悪魔」‌‌なのかを真剣に問い詰めました。現象の存在そのものを疑うのではなく、その出所を問題にしたのです。

このような時代背景があったからこそ、人が空を飛ぶという現象は、単なるおとぎ話ではなく、神か悪魔かを見極めるべき深刻な問題と捉えられていたのです。

2. 聖人と魔女:同じ現象への異なる解釈

同じ「空中浮揚」という現象も、見る人の立場によってその解釈は180度異なりました。当時のカトリックとプロテスタントの視点を比較してみましょう。

カトリックの視点プロテスタントの視点
非常に信仰深い聖人(神の力による奇跡)か、あるいは悪魔と契約した者(悪魔の力による魔術)の両方の可能性がある。神がそのような奇跡を起こすことはない。空中浮揚はすべて悪魔の仕業であり、その人物は魔女の疑いがある。

カトリック側の代表例が、先ほど登場した聖テレジアです。彼女の空中浮揚には、次のような特徴があったと報告されています。

  • 謙虚さの表れ 彼女は自身の空中浮揚が注目されることを「面倒ごと」だと考えていました。当時、聖人にとって謙虚さは最高の徳とされていたため、彼女が周りの修道女たちに「私が浮き始めたら、下に引っ張ってください」と命じていたことは、聖性の重要な証拠と見なされました。
  • 神秘的エクスタシーの副産物 彼女の空中浮揚は、神との深い一体感を体験する「神秘的エクスタシー」の最中に起こる副産物でした。彼女自身が望んで飛んでいたわけではなかったのです。その光景は、現代の私たちから見ればどこか滑稽にも映りますが、当事者にとっては神の御業か悪魔の誘惑かを見極めるための必死の行動でした。
  • 身体的特徴 エクスタシーの状態では、彼女の体は硬直し(カタレプシー発作)、あらゆる感覚を失っていたと報告されています。針で刺しても、目の前にろうそくを近づけても、何の反応も示さなかったといいます。

このように、同じ空中浮揚という現象も、信じる立場によって「聖なる奇跡」か「邪悪な魔術」か、全く異なる意味を持っていたのです。では、そもそもなぜ社会全体が、このような超常現象の存在を当然のこととして受け入れていたのでしょうか。その鍵となるのが「社会的真実」という考え方です。

3. 歴史を読み解く鍵:「社会的真実」とは何か?

この記事の核心となるのが「社会的真実(Social Fact)」という概念です。これは、‌‌「特定の文化や時代において、疑うことのできない『常識』や『事実』として人々の行動を規定している思い込み」‌‌を指します。

アイレ教授は、この概念を現代のアメリカを例に説明します。

「『すべての人間は平等につくられている』という考えは、現代アメリカの社会的事実です。これを公然と疑えば、社会的なトラブルに巻き込まれるでしょう。」

この「社会的真現実」というレンズを通して16世紀のヨーロッパを覗いてみると、景色は一変します。

当時の人々にとって、‌‌「神や悪魔といった超自然的な存在が、現実世界に直接介入するのは当たり前」‌‌という考えこそが、疑いようのない「社会的真実」だったのです。

この前提に立てば、空中浮揚は「ありえるかどうか」を疑う対象ではありませんでした。それは現実に起こる出来事であり、問題はただ一つ、「神と悪魔のどちらの仕業か」を判断することだったのです。

しかし、人々はただ盲目的に奇跡を信じていたわけではありませんでした。彼らは彼らなりの方法で、その「事実」を厳しく検証しようとしていたのです。

4. 疑い深き信仰者たち:奇跡はどのように「検証」されたのか

当時の人々の懐疑心は、彼らが共有する「社会的真実」の枠組みの中でこそ、鋭く機能していました。彼らが疑ったのは、超常現象が起こりうるかどうかではなく、特定の事例が本物かどうか、そしてその源泉は神か悪魔か、という点でした。特にカトリック教会は、奇跡の報告に対して非常に厳格な調査で臨んだのです。

この検証プロセスは、奇跡の存在という社会的事実を攻撃するものではなく、むしろそれを前提とした「科学的」な方法論でした。

  1. 悪魔の代弁者(Devil's Advocate) 聖人認定のプロセスにおいて、教会は意図的に「悪魔の代弁者」という役職を設けました。この担当者の仕事は、候補者に関するあらゆる疑いを提起し、その奇跡が偽物である可能性を徹底的に調査することでした。
  2. 詐欺師の摘発 この時代、聖人のふりをして偽の奇跡を起こそうとする詐欺師も数多く存在しました。しかし、その多くがこの厳格な調査プロセスによって見破られています。

多くの偽物が暴かれる中で、それでも「本物」と認定された奇跡には、特別な重みがありました。この検証プロセスの存在こそが、聖テレジアのような人物の信憑性を、当時の人々にとって絶大なものにしたのです。

その中でも「史上最高の空中浮揚者」と呼ばれたのが、クペルティーノの聖ヨセフです。彼の空中浮揚はあまりにも頻繁で劇的だったため、教会は彼を「厄介者」と見なし、熱狂する群衆から隠すために人里離れた修道院へと次々に移送しました。この教会の過剰ともいえる対応は、皮肉にも、彼の能力が本物であることの強力な「証明」として、当時の信者たちの目には映ったのです。

結論:過去を理解するための新しいメガネ

この記事の要点を振り返ってみましょう。

かつて空中浮揚のような奇跡が広く信じられていたのは、人々が愚かだったからではありません。彼らが‌‌「超自然的な世界の存在」を自明の理とする「社会的真実」‌‌の中で生きていたからです。

そして彼らは、その「社会的真実」の枠組みの中で、非常に懐疑的かつ論理的な方法で奇跡を「検証」することで、自分たちの世界観をさらに強固なものにしていたのです。

歴史を学ぶ上で、これは非常に重要な教訓を私たちに与えてくれます。それは、‌‌「その時代の『社会的真実』を理解することが、過去の人々の行動や思考を理解する鍵である」‌‌ということです。

最後に、少しだけ未来に目を向けてみましょう。

私たちが今、当たり前だと信じている『事実』は、数百年後の歴史家たちの目には、どのように映るのでしょうか?

この問いを心に留めておくことこそ、歴史を学ぶことの面白さであり、奥深さなのかもしれません。

超常現象の再定義:心霊主義はいかにして「奇跡」を「現象」へと変えたか

AI

1. 序論:神学から科学へ

本稿が探求する問いの起源は、ある種の「認識的不協和」から始まった。イェール大学のカルロス・アイレ教授が、スペインにあるアビラの聖テレサの修道院を訪れた際、案内人は淡々と説明した。「こちらが聖テレサが料理をした厨房です。あちらは彼女が転んで腕を骨折した階段。そして、ここが彼女と十字架の聖ヨハネが共に初めて空中浮揚した場所です」。かつて神聖または悪魔的な「奇跡」としてのみ解釈されていた出来事が、厨房のフライパンや階段といった日常的な事実と何ら変わらないものとして語られる。この瞬間にこそ、本稿の中心課題が凝縮されている。19世紀の心霊主義運動が、いかにしてこのような認識論的断絶を引き起こし、空中浮揚のような超常的出来事を観察可能な「現象」へと再定義したのか。アイレ教授の研究を基に、この概念的枠組みの転換を分析することが本稿の目的である。この変化の核心は、超常現象を宗教的な善悪の二元論から切り離し、世俗的かつ科学的な探究の対象へと移行させた点にある。心霊主義は、新たな語彙を創造し、知的な枠組みを再構築することで、不可能とされてきた事象に対する我々の向き合い方を永久に変えたのである。

本稿では、まず心霊主義が登場する以前の、厳格な宗教的パラダイムを検証する。次に、心霊主義がもたらした言語的・概念的革命を詳細に分析し、最後にその歴史的意義と現代への影響を考察することで、このパラダイムシフトの全貌を明らかにする。

2. 心霊主義以前のパラダイム:宗教的二元論の世界

16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパでは、超常現象は厳格な宗教的二元論のレンズを通してのみ理解されていた。この時代において、「空中飛行」のような常識を超えた出来事は、現象そのものの客観的な性質よりも、その源泉が神の介入によるものか、それとも悪魔の仕業によるものかという神学的な問いによって判断された。この解釈的枠組みは、当時のカトリックとプロテスタント双方の世界観に深く根差しており、超常的な出来事に対する社会全体の反応を規定していた。

2.1. 神聖と悪魔の二項対立

カルロス・アイレ教授が指摘するように、この時代の超常現象に対する解釈は、宗派によって微妙な、しかし決定的な違いがあった。カトリック世界では、聖テレサのような聖人の空中浮揚は、神の恩寵の現れ、すなわち神の御業と見なされる可能性があった。しかし同時に、その現象が悪魔との契約によって引き起こされたものであるという懸念も常に存在したため、現象の目撃は、その源泉が神聖なものか悪魔的なものかを判断するための、慎重な神学的調査の始まりを意味した。これに対しプロテスタントの神学では、「奇跡の時代は聖書の時代と共に終わった」とされていたため、空中浮揚のような現象が神の御業である可能性は完全に否定された。彼らにとって、それは常に悪魔との契約や魔術の結果であり、当事者は魔女であると見なされたのである。アイレ教授が強調するように、そこには「いかなるグレーゾーンも、いかなる中間領域も存在しなかった」。空中浮揚は善か悪かのどちらかであり、現象を客観的に観察するのではなく、その背後にある源泉の道徳性を問うことこそが、当時の知的枠組みの核心であった。

2.2. 教会の懐疑的調査

カトリック教会は、聖人候補者による奇跡の報告を決して無批判に受け入れたわけではなかった。むしろ、その調査プロセスは驚くほど懐疑的かつ体系的であった。特にスペインの異端審問所は、アイレ教授が「病的、あるいは強迫的とさえ言えるほどの執念」と表現するほど、徹底した記録保持を行っていた。この厳格な調査システムの背後には、相互に関連する複数の動機が存在した。教会は、奇跡を偽装する詐欺の存在を強く警戒しており、偽の聖人を認定することが教会の権威を著しく損なうことを理解していた。そして、教会が奇跡そのものよりも価値を置いたのが、当人の「英雄的徳」、とりわけ謙虚さであった。これらの懸念が、網羅的で詳細な記録への執着を生んだのである。

教会の調査プロセスには、以下のような特徴があった。

  • 徹底した記録: 異端審問所は、尋問内容、手紙のやり取り、証言に至るまで、あらゆる情報を体系的に保存し、後世の検証に耐えうる詳細な記録を作成した。
  • 詐欺の警戒: 本物の奇跡と詐欺を見極めることに細心の注意が払われた。偽の奇跡を認定することは、教会の権威に対する直接的な脅威と見なされた。
  • 謙虚さの重視: 聖テレサが空中浮揚を始めた際、注目を浴びることを恐れ、周囲の修道女たちに自分を抑えつけるよう命じたという逸話は、この価値観を象徴している。彼女にとって、この現象は誇るべきものではなく、むしろ隠すべき試練だったのである。教会が最も高く評価したのは、このような謙虚さであった。

このように、心霊主義以前の時代における超常現象の調査は、客観的な事実確認を目的とする現代科学とは根本的に異なっていた。その目的は、あくまで神学的・道徳的な正当性を判断することにあり、この知的土壌が、次の時代に訪れる根本的な変化の背景となるのである。

3. 心霊主義革命:新たな語彙と概念の誕生

19世紀に隆盛した心霊主義運動は、超常現象の歴史における決定的な転換点となった。この運動は、超常現象を説明するための全く新しい語彙を創造し、それを善悪二元論という宗教的道徳律から解放した。これにより、かつては信仰か異端の対象でしかなかった出来事が、観察と研究が可能な「現象」へと姿を変え、知的な探究の新たな道が開かれたのである。

3.1. 新しい語彙の創出:「空中浮揚」と「テレパシー」

アイレ教授が明確に指摘するように、心霊主義者たちは「levitation」(空中浮揚)や「telepathy」(テレパシー)といった、今日我々が当たり前のように使用する用語を造語した。この言語的な変化は、意図的な意味論的再構成であり、その含意は極めて大きい。

  • 以前: 聖人や魔女の体験は、単に「飛ぶ(flying)」と表現されていた。これは単純な行動を指す言葉であり、その原因は神か悪魔かに帰せられていた。
  • 以後: 「空中浮揚(levitation)」という用語は、より科学的で中立的な響きを持つ。それは、特定の法則や未知の力が関与する、体系的に理解しうる「現象」であることを示唆した。

この用語の転換は、超常現象を神学の閉ざされた領域から引き剥がし、その神聖あるいは悪魔的な意味合いを剥奪する戦略的な試みであった。現象に科学の客観的な言語をまとわせることで、それを実証的な探究の対象へと変えるための、最初の、そして最も重要な一歩だったのである。

3.2. 宗教的道徳からの脱却

新しい語彙の導入と並行して、心霊主義は現象の原因に関する解釈を根本的に書き換えた。もはや「神か悪魔か」という二者択一は、唯一の選択肢ではなくなった。

  • 原因の再定義: 心霊主義は、空中浮揚のような現象を「霊(spirits)」の働きや、我々の世界とは異なる「別の次元(another dimension)」との相互作用によって引き起こされると説明した。
  • 道徳的中立化: この新しい解釈により、空中浮揚は善悪の判断から切り離された。それは神の恩寵の証でも、悪魔との契約の証でもなく、ある種の法則性に基づいた、道徳的に中立な「現象」として捉えられるようになった。

この概念的なシフトは、ダニエル・ダングラス・ヒュームのような霊媒による空中浮揚の実演を、聖テレサの神聖な恍惚や、魔女の悪魔的な飛行とは全く異なる文脈で語ることを可能にした。超常現象は、ついに道徳的裁判から解放されたのである。

3.3. 科学的正当性の追求

心霊主義がもたらした最も興味深い側面の一つは、それが単なる大衆的な迷信に留まらず、当時の著名な知識人や科学者たちを強く惹きつけたという事実である。この運動は、自らの主張を科学的に検証しようとする姿勢を積極的に打ち出した。

アイレ教授は、この運動に興味を示した人物として以下の名を挙げている。

  • トーマス・エジソン (Thomas Alva Edison)
  • アーサー・コナン・ドイル (Arthur Conan Doyle)
  • ピエール・キュリーとマリー・キュリー (Pierre and Marie Curie)
  • メアリー・トッド・リンカーン (Mary Todd Lincoln)

特に、ノーベル賞受賞者である物理学者ピエール・キュリーが交霊会でテーブルの浮揚を目撃した逸話や、リンカーン大統領夫人がホワイトハウスで交霊会を開いていたという事実は、この運動が一部のエリート層によって真剣な科学的探究の対象と見なされていたことを示している。彼らは、これらの現象の背後に未知の自然法則が存在する可能性を探っていたのである。

心霊主義は、「霊」や「別次元」の介在といった、理論上は再現可能な作用因を仮定することで、管理された条件下での実験という概念的可能性を創出した。それは超常現象に「科学の衣」を着せることに成功し、その後の超常現象研究、すなわちパラサイコロジー(超心理学)の直接的な土台を築いたのである。

4. 歴史的分析と意義

心霊主義がもたらした変化は、単なる一過性の文化的ブームではなかった。それは、西洋文化における「不可能なもの」との向き合い方に永続的な影響を与えた、重大なパラダイムシフトであった。この運動は、超常現象をめぐる言説のルールそのものを書き換え、現代に至る我々の思考様式の基礎を形成したのである。

4.1. 「不可能」を理解するためのパラダイムシフト

カルロス・アイレ教授が用いる「社会的事実(social fact)」という概念は、この認識の変化を分析する上で極めて有効である。心霊主義は、「人が飛ぶ」という出来事をめぐる社会的事実を根本から変容させた。神学的パラダイムにおいては、この出来事は信仰と道徳の枠組み内で解釈される社会的事実、すなわち神の奇跡か悪魔の誘惑かのいずれかであった。対照的に、心霊主義は、未知の自然法則や霊的な力が介在する、観察可能な「現象」として、全く新しい社会的事実を構築した。しかし、アイレ教授が用いる「異なる撚り糸からなる一本のロープ」という比喩が示すように、このパラダイムシフトは、古いものが完全に新しいものに取って代わられるような断絶ではなかった。むしろ、神学的な解釈という古い「撚り糸」が消えることなく、そこに心霊主義的な、あるいは科学的な解釈という新しい「撚り糸」が織り込まれたのである。その結果、現代の我々の世界観は、超常的な出来事に対して宗教的な説明と準科学的な説明が奇妙に共存する、複雑でしばしば矛盾した様相を呈している。

4.2. 現代への永続的遺産

19世紀の心霊主義が作り出した知的遺産は、現代の我々の超常現象に対する考え方に深く根付いている。アイレ教授が学術界における「独断的唯物論(dogmatic materialism)」への反発に言及しているように、目に見える物質世界だけが全てであるという見解に対する懐疑的な視点は、心霊主義が切り開いた道と無関係ではない。心霊主義は、「現象」「エネルギー」「次元」といった、非宗教的でありながら非唯物論的な語彙と概念的枠組みを提供した。この知的ツールキットは、後の世代が伝統的な宗教に回帰することなく、純粋な唯物論的世界観に異議を申し立てるための土台となったのである。最終的に、心霊主義の遺産とは、それが生み出したとされる現象そのものではなく、それが我々に与えた知的な許可証にある。すなわち、科学的説明を拒む出来事に対し、科学的な響きを持つ問いを発することを許したことである。我々が今日、不可思議な物事を調査するための現代的な枠組みを有しているのは、19世紀に起こったこの思考の革命に負うところが大きい。

5. 結論

本稿で分析したように、19世紀の心霊主義運動は、超常現象に対する西洋文化の認識に革命的な変化をもたらした。それは「空中浮揚」や「テレパシー」といった新しい語彙を導入し、超常的な出来事を神学的・道徳的な判断から切り離すことによって、かつては「奇跡」と呼ばれたものを、観察可能な「現象」へと再定義したのである。この概念的転換は、超常現象を宗教の聖域から引き出し、科学的探究のテーブルに乗せるという、決定的な役割を果たした。カルロス・アイレ教授の歴史分析が示すように、この転換がなければ、超常現象が近代的な探究の対象となることはなかったであろう。かくして心霊主義が起こした真の奇跡とは、人や物を浮かせたことではなく、かつて神学の独占物であった「奇跡」を、探究可能な「現象」へと変容させ、我々が「不可能」と向き合うための言葉そのものを永遠に変えたことであった。

近世ヨーロッパにおける心霊現象への懐疑論:カトリックとプロテスタントの対立がもたらした分水嶺

AI

1. 序論:近世ヨーロッパにおける「不可能なもの」の歴史

本稿の目的は、イェール大学のカルロス・アイレ教授の研究を基軸とし、近世ヨーロッパにおける浮遊やバイロケーション(同時刻に二箇所に存在すること)といった現象の歴史的受容を再検討することにある。これらの現象は、単なる民衆の迷信として片付けられるべきものではなく、カトリック教会とプロテスタント双方によって真剣に調査・議論された対象であった。本稿の核心は、16世紀の宗教改革が引き起こした神学的対立が、これらの超常現象に対する「懐疑論」の性質をいかに決定的に方向付け、二つの異なる知の潮流を生み出したかを分析することにある。

16世紀から17世紀という時代は、中世的な世界観と近代的な思考が複雑に混在する「移行期」であった。この時代、超自然的なものに関する競合する「社会的信念(social fact)」、すなわち文化的に自明とされた真実の体系が、互いに激しく争っていた。この思想的背景こそが、奇跡的な現象の解釈に多層的な複雑さをもたらした要因であり、同じ現象が一方では神聖な奇跡と見なされ、他方では悪魔的な魔術として断罪されるという、解釈の鋭い対立を生んだのである。

本稿では、まずカトリック教会が採用した、現象の源泉を厳格に見極めようとする懐疑的アプローチを分析する。次に、プロテスタントが「奇跡の時代は終焉した」という教義に基づき、これらの現象を悪魔の業と断定した視点を考察する。両者のアプローチを比較分析することで、宗教的対立がいかにして二つの異なる懐疑論を生み出したかを明らかにし、それが後の世俗的な懐疑論の台頭へとどのように繋がっていったのかを論じる。

2. カトリック教会の懐疑的アプローチ:神性と欺瞞の峻別

カトリック教会は、浮遊やバイロケーションのような、身体的顕現を伴う神秘的エクスタシーに対して、その存在自体を頭ごなしに否定する姿勢を取らなかった。教会が採用したのは、その現象の源泉が真に神に由来するものか、あるいは悪魔による欺瞞か、はたまた人間による詐欺かを厳格に見極めようとする、極めて慎重かつ懐疑的なアプローチであった。この峻別のプロセスは、教会の権威と教義の純粋性を守る上で死活的に重要な意味を持っていた。なぜなら、聖性を認定することは教会の権威を高める一方、悪魔の業や詐欺を見抜けなければ、その信頼は根底から揺らぐからである。

カトリック教会の具体的な調査手法と判断基準は、以下の点に集約される。

  • 調査の二元論的視点: 浮遊やバイロケーションは「神からの奇跡」と「悪魔の業」の両方の可能性があるという見解は、中世以来の教会における伝統的な考え方であった。この二元論的な視点こそが、全ての超常現象に対して徹底的な調査を不可欠なものにした根本的な理由である。神聖な奇跡と悪魔的な罠の区別がつかなければ、信者を誤った道へ導く危険があった。
  • 厳格な調査機関: 特にスペインの異端審問所は、アイレ教授が「狂気的であり、強迫神経症的」と評するほど詳細かつ膨大な記録を保持し、徹底的な調査を行っていた。聖人候補者の列聖調査プロセスにおいては、偽の奇跡を排除するための制度が確立された。その象徴が、候補者の聖性に疑義を呈し、反論することを専門の職務とする「悪魔の代弁者(Devil's Advocate)」の設置である。この制度化された懐疑主義は、偽物と本物を選り分けるための、いわば知的な品質管理機構として機能した。
  • 重要な判断基準「謙虚さ」: アビラの聖テレサは、自身の浮遊現象が始まった際、それを隠そうとし、注目を浴びることを極度に恐れた。彼女は、浮遊が「何一つ良いことにならない厄介事」であることを知っており、修道女たちに、浮遊しそうになったら自分を力ずくで押さえつけてほしいと命じたという。教会は、奇跡的な現象そのものよりも、当事者が示す「英雄的徳性」、とりわけ「謙虚さ」を聖性の最も重要な証拠と見なした。自己顕示欲に駆られて奇跡をひけらかす者は、聖人ではなく、悪魔の影響下にあるか、単なる詐欺師であると疑われたのである。
  • 詐欺師の存在と手続き的懐疑論: 調査の背景には、奇跡を偽装する「詐欺師(fakers)」が実際に存在するという明確な認識があった。このため、教会の懐疑論は、個々の事例の信憑性を問う「手続き的懐疑論」としての性格を強く帯びていた。それは現象の可能性自体を疑うのではなく、目の前の事例が本物か偽物かを見極めるための精緻なフィルターであった。

結論として、カトリック教会の懐疑論は、現象の「存在」を否定するものではなく、その「源泉と意図」を徹底的に問うものであった。このアプローチは、次に述べるプロテスタントのそれとは根本的に異なっていた。

3. プロテスタントの視点:奇跡の終焉と悪魔の顕現

プロテスタント改革は、超常現象の解釈に根本的なパラダイムシフトをもたらした。プロテスタント神学は、聖書の時代(使徒の時代)以降、神が個人を通じて浮遊のような奇跡を直接行うことはないと主張した。この「奇跡の終焉」という教義は、カトリック教会が聖人の奇跡として称揚してきた現象の解釈から「神聖さ」という選択肢を完全に排除するものであった。その論理的帰結として、もし人間が物理法則を超えて浮遊するならば、その力の源泉は神ではあり得ず、必然的に悪魔の仕業や魔術と結びつけられることになった。

プロテスタントの懐疑論は、以下の特徴によって形成され、近世ヨーロッパ社会に大きな影響を与えた。

  • 神による奇跡の否定: プロテスタントの教義では、神が個人を媒介として浮遊やバイロケーションを引き起こすことはないとされた。これにより、カトリック世界で最も神聖な現象とされた「聖人による奇跡」というカテゴリーは、プロテスタントの視点からは偶像崇拝的な迷信に過ぎないとして完全に否定された。
  • 唯一の解釈「悪魔との契約」: 神の介入が否定された結果、超常的な浮遊現象に対する説明は「悪魔との契約」または「魔女の業」という解釈しか残されなかった。この神学的枠組みは、カトリック世界では聖人候補と見なされたかもしれない人物を、プロテスタント世界では魔女や悪魔崇拝者として断罪する思想的土壌を形成し、当時ヨーロッパ全土で激化していた魔女裁判に直接的な燃料を供給した。
  • 初期の存在的懐疑論: 一方で、プロテスタント側には異なる形の懐疑論も芽生えていた。例えば、あるルター派の作家は、魔女とされた女性たちが主張する飛行体験は、身体に塗った軟膏による幻覚に過ぎないと論じた。これは、現象の源泉を悪魔に求めるのではなく、精神的な混乱や薬物といった自然現象として説明しようとする試みであった。カトリックの「手続き的懐疑論」とは異なり、これは現象の超自然的起源そのものを疑う、いわば初期の「存在的懐疑論」と評価できる。

本セクションを総括すると、プロテスタントの懐疑論は、カトリックとは異なり、現象の「神聖な可能性」そのものを原理的に否定するものであった。それは超常現象を神学的に再定義し、悪魔の領域へと押し込めるラディカルな試みであり、次に示すように、二つの思想世界に深刻な断絶をもたらした。

4. 比較分析:宗教的対立が生んだ二つの懐疑論

カトリックとプロテスタントの懐疑論は、単なる教義上の違いに留まるものではなかった。それは、宗教改革という大きな社会的・政治的対立の中で形成された、互いに競合する世界観そのものであった。本セクションでは、両者のアプローチを直接比較し、それぞれの懐疑論が持つ独自性と歴史的意義を明らかにしたい。同じ「浮遊する人間」という現象が、一方では聖性を証明し、他方では魔性を告発する根拠となるという、驚くべき解釈の分岐点が存在したのである。

両者の懐疑論の主要な相違点は、以下の表のようにまとめることができる。

項目カトリックの懐疑論プロテスタントの懐疑論
現象の源泉神または悪魔の両方の可能性を考慮悪魔のみ
調査の焦点聖性、謙虚さ、詐欺の有無の検証悪魔との契約、魔術の証拠の発見
現象の当事者聖人または悪魔憑き(詐欺師も含む)魔女または悪魔との契約者
最終的な帰結列聖(聖人認定)または異端認定魔女裁判と処刑

この対立は、近世ヨーロッパにおける認識論(epistemology)の根源的な分裂を象徴している。カトリック世界では、厳格な調査を経て「聖人」を生み出す可能性があった現象が、プロテスタント世界では、議論の余地なく「魔女」として断罪される対象となった。これは、同じ出来事が、それぞれの文化圏が共有する「社会的信念」という異なる枠組みの中で、いかに正反対の解釈をされ、個人の社会的・法的運命を決定づけてしまったかを示す、歴史上の好例と言える。

結論として、近世ヨーロッパの懐疑論は一枚岩ではなかった。それは宗教的アイデンティティと密接に結びついた多元的なものであり、人々の運命を左右するほどの力を持っていた。この宗教的な枠組みの中から、やがてどのようにして神も悪魔も介在しない、世俗的な懐疑論が芽生えていったのかを、次のセクションで考察する。

5. 近代への移行:世俗的懐疑論の台頭とパラダイムシフト

神か悪魔かという宗教的な二元論に基づいていた懐疑論は、17世紀後半から18世紀にかけての思想的転換期を経て、徐々に世俗的な視点へと移行していく。この変化は、超常現象の解釈から神学的権威を排除し、自然法則や人間心理の枠組みで説明しようとする新たな知的潮流を反映していた。このパラダイムシフトは、一直線に進んだわけではないが、以下の事例を通してその変容の過程を辿ることができる。

  1. 法的なパラダイムシフト(18世紀): 18世紀のイギリスで行われた魔女裁判において、ある裁判官が下した判決は象徴的であった。目撃者が「被告が空を飛んでいるのを見た」と証言したのに対し、彼は「飛ぶことを禁じる法律はない」と述べた。この判決は、超常現象を神学的な罪として裁くのではなく、法的に裁けない(あるいは、そもそも存在しない)事象として扱おうとする、新たな思考の萌芽を示している。超自然的なものが、宗教的断罪の対象から、法的・社会的な無関心の対象へと移行し始めた瞬間であった。
  2. 心霊主義による再定義(19世紀): 19世紀に隆盛した心霊主義(Spiritualism)は、「浮遊(levitation)」や「テレパシー(telepathy)」といった、今日我々が用いる新しい用語を生み出した。歴史家にとってこの言語的転換は極めて重要である。なぜなら、これ以前の時代に「levitation」という単語は存在せず、キーワード検索による調査を困難にしているからだ。これらの用語の誕生により、現象は神や悪魔といった宗教的権威から切り離され、「霊(spirits)」が引き起こす一種の「現象」として再定義された。これにより、超常現象は信仰の対象から、ある種の科学的な探求や実証の対象へとその性格を変えた。
  3. 現代の「教条的唯物論」への問い: アイレ教授は、現代社会が支配されている「教条的唯物論(dogmatic materialism)」、すなわち物質世界以外は存在しないという前提に立つ考え方に警鐘を鳴らす。彼は、過去の時代の人々が自らの時代の「社会的信念」に囚われていたように、現代人もまた、科学的合理性という自らの時代の文化的バイアスに無自覚である可能性を指摘する。歴史を学ぶことは、この現代的な「常識」そのものを懐疑的に見つめ直す視点を与えてくれる。

本セクションの結論として、超常現象に対する懐疑論の歴史は、迷信から真理への直線的な進歩の物語ではない。むしろ、それは時代ごとの支配的なパラダイムや「社会的信念」によって、その対象や方法論が常に再定義され続けるプロセスであったと言える。宗教的懐疑論から法的な無関心へ、そして科学的探求の対象へと、懐疑の形は変容し続けてきたのである。

6. 結論:歴史的文脈における懐疑論の再評価

本稿では、近世ヨーロッパにおける超常現象への懐疑論が、単一の思想ではなく、カトリックとプロテスタントの間の深刻な宗教的対立によって二つの異なる潮流に分岐したことを論じた。カトリック教会は、現象の源泉が神か悪魔か、あるいは詐欺かを峻別するために懐疑的な調査プロセスを制度化し、プロテスタントは、奇跡の終焉という教義に基づき、それらを一律に悪魔の業と断じた。それぞれの懐疑論が、現象の当事者の運命を「列聖」か「処刑」かという両極端に決定づけるほどの力を持っていた事実は、思想が現実世界に与える影響の大きさを物語っている。

カルロス・アイレ教授の研究が示すように、歴史を学ぶことの意義は、過去の出来事を知ることに留まらない。それは、現代の我々が自明のものと考える「事実」や「常識」もまた、特定の時代と文化に束縛された「社会的信念」である可能性に気づかせる点にある。かつての人々が、現代の我々とは全く異なる前提で世界を解釈していたことを知ることは、我々自身の思考の前提を相対化し、批判的に検証する視座を与えてくれる。

この壮大な歴史研究の出発点が、16世紀スペインのアビラの修道院で起きたとされる一つの出来事、すなわち聖テレサと十字架の聖ヨハネが神学を語り合ううちに共に浮遊したという逸話であったことは、示唆に富む。近世の人々が我々の言う「不可能なもの」と真摯に向き合った歴史を考察することは、現代社会が直面する未知の現象や理解を超えた出来事に対し、より開かれた、そして自己批判的な態度を促すものである。自らの時代の「常識」さえも疑うこと。それこそが、歴史から我々が学びうる最も重要な懐疑の精神なのかもしれない。

主要な現象

AI

空中浮揚(レビテーション)とバイロケーション(遠隔臨場)の歴史において、これらのソースが語る主要な現象とその文脈は、単なる超常現象の記録に留まらず、‌‌「理性と信仰」、「中世と近代」が交差する複雑な歴史的プロセス‌‌を反映しています。

提供された資料に基づき、これらの現象について以下の主要なポイントを説明します。

1. 歴史的ピーク:16世紀から17世紀の「空飛ぶ人間」

歴史家のカルロス・アイレ教授によれば、‌‌16世紀と17世紀は、西洋史において空中浮揚やバイロケーションの報告が最も集中した「最盛期」‌‌でした。この時期はルネサンスから近代へと移行する過渡期であり、近代的な合理主義が芽生えつつも、依然として中世的な超自然観が強く残っていました。

  • ‌宗教的解釈と二極化‌‌: 当時、これらの現象は「神」か「悪魔」のいずれかによるものと見なされていました。カトリック教会では、聖なる人物が神への愛によって浮揚すると考えられた一方、プロテスタント側では、宙に浮く者はすべて悪魔と契約した魔女であると疑われ、多くの人々が処刑されました。
  • ‌異端審問による記録‌‌: 驚くべきことに、これらの現象の多くは‌‌スペインの異端審問所のような機関によって、非常に詳細かつ強迫的なまでに記録‌‌されていました。これは、教会がこれらの現象を鵜呑みにしたわけではなく、詐欺や悪魔の介入を暴くために極めて懐疑的な目で調査を行っていたためです。

2. 空中浮揚の物理的・精神的性質

ソースは、空中浮揚が単なる身体の移動ではなく、‌‌「神秘的恍惚(エクスタシー)」の副産物‌‌として発生したことを強調しています。

  • ‌カタレプシー(強直性静止)‌‌: 空中浮揚が起こる際、本人の体は硬直し、針で刺しても反応しないほどの無感覚状態になることが一般的でした。
  • ‌「時空の外側」にある次元の泡‌‌: 興味深い証言として、浮揚中の聖人は一種の‌‌「次元の泡」‌‌に包まれているように見えたと言います。この状態では、たとえ本人が移動していても衣服にシワ一つ寄らず、重力の影響を受けず、時間の経過も感じない(数時間の浮揚でも本人には一瞬に感じられる)という特徴がありました。
  • ‌目撃証言の多さ‌‌: クパティーノの聖ヨセフのように、何百人、時には何千人もの人々が同時に彼の浮揚を目撃したケースもあり、全員が嘘をついていると仮定すること自体が困難なほどの証拠が残っています。

3. バイロケーションの特殊性

バイロケーション(同時に二つの場所に存在すること)は、空中浮揚よりも‌‌立証が困難な現象‌‌とされています。

  • ‌証言の必要性‌‌: 浮揚は一箇所で目撃されれば成立しますが、バイロケーションは‌‌「地点A」と「地点B」の両方で同時に目撃者が必要‌‌だからです。
  • ‌アグレダのマリアの事例‌‌: 17世紀のスペインの修道女マリアは、スペインの修道院にいながらにして、同時に現在のアメリカ(テキサスやニューメキシコ)に出現し、先住民に布教を行ったと報告されています。彼女は現地の植物や動物について詳細に記録を残しており、その伝説は今日でも南西部で語り継がれています。

4. 19世紀の心霊主義によるパラダイムシフト

19世紀になると、「空中浮揚(Levitation)」という言葉が心霊主義者によって作られ、現象の捉え方が変化しました。

  • ‌宗教からの脱却‌‌: 以前は「神か悪魔か」という道徳的次元で語られていた現象が、‌‌「霊の作用」や「未知の自然現象」として科学的な探求の対象‌‌となりました。エジソンやアーサー・コナン・ドイル、キュリー夫人といった著名人も、浮揚する家具や霊媒師の現象に強い関心を示しました。

5. 現代における「教条的唯物論」への問い

アイレ教授は、現代の歴史学やアカデミアにおいて主流となっている‌‌「教条的唯物論(物質界以外には何も存在しないという仮定)」に対して、歴史家として疑問を呈しています‌‌。

  • ‌文化的なバイアス‌‌: 現代人が過去の超自然的な記録を「無知な人々の妄想」として一蹴するのは、私たちが自分たちの時代の文化(唯物論)に縛られているからに過ぎない、と彼は指摘します。
  • ‌不可能性への開かれた目‌‌: 科学が量子力学やマルチバースの可能性を議論している今、過去の豊富な証言を「不可能なこと」として切り捨てるのではなく、‌‌「私たちがまだ理解していない現実の側面」‌‌として真摯に向き合うべきだというのが、ソースの主要なメッセージです。

‌**‌*

‌比喩による理解‌‌: これらの現象の歴史を理解するには、‌‌「一本の太いロープ」‌‌を想像してみてください。そのロープは、古代から続く古い糸(迷信や信仰)、16世紀に差し込まれた糸(異端審問の記録)、そして近代に加わった新しい糸(唯物論的科学)など、異なる時代の考え方が複雑に絡み合ってできています。空中浮揚やバイロケーションは、そのロープの特定の箇所で、現代の私たちが「不可能」と呼ぶ色が鮮明に浮き出ている部分なのです。

歴史的背景と記録

AI

空中浮揚(レビテーション)とバイロケーション(遠隔臨場)の歴史において、これらのソースが語る‌‌歴史的背景と記録‌‌の性質について説明します。

イェール大学のカルロス・アイレ教授によれば、これらの現象は単なる伝説ではなく、特定の時代背景の中で極めて詳細に記録されてきた「歴史的事実」として扱われています。

1. 歴史的背景:転換期としての16〜17世紀

16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパは、空中浮揚やバイロケーションの報告が最も集中した‌‌「空飛ぶ人間」の最盛期‌‌でした。

  • ‌中世と近代の交差点‌‌: この時期はルネサンスを経て近代合理主義が芽生えつつも、中世的な超自然観が依然として色濃く残る「過渡期」でした。アイレ教授はこの状況を、古代から続く糸と近代の新しい糸が混ざり合う‌‌「一本のロープ」‌‌に例えています。
  • ‌宗教改革の影‌‌: 1517年に始まったプロテスタント改革による宗教的分断が、現象の解釈に決定的な影響を与えました。カトリック側はこれらを「聖性の証(奇跡)」として慎重に調査した一方、プロテスタント側は「神はこのような奇跡を行わない」とし、宙に浮く者はすべて‌‌「悪魔と契約した魔女」‌‌であると見なしました。この結果、数千人もの人々が魔法使いや魔女として処刑されるという悲劇的な背景も存在します。

2. 記録の性質:異端審問所による「強迫的」なドキュメント

驚くべきことに、これらの現象の記録の多くは、カトリック教会の‌‌スペイン異端審問所‌‌などの公的機関によって残されました。

  • ‌執拗なまでの詳細さ‌‌: 異端審問所は、尋問の内容、やり取りされた書簡、さらには拷問(水責め)の経過に至るまで、驚くほど‌‌執拗かつ強迫的に記録‌‌を残していました。
  • ‌懐疑的な調査プロセス‌‌: 教会はこれらの現象を盲信していたわけではなく、むしろ詐欺や悪魔の介入を暴くために‌‌極めて懐疑的な目‌‌で調査を行いました。17世紀には、疑義を提起し徹底的に調査する‌‌「悪魔の代弁者(デビルズ・アドボケイト)」‌‌という役職が作られました。その調査手順は、現代のパラ心理学の基準に照らしても非常に徹底しており、有能なものであったと評されています。
  • ‌目撃証言の圧倒的な量‌‌: 記録には、数百人、時には数千人の目撃者による証言が含まれており、「全員が嘘をついている」と仮定すること自体が困難なほど、証拠の蓄積が存在します。

3. バイロケーションと「場所」の記録

バイロケーションについては、さらに特殊な記録の裏付けが必要とされました。

  • ‌同時性の証明‌‌: バイロケーションを立証するには、離れた二つの地点の両方に目撃者が必要であり、その整合性を取ることは法廷的な手続きに近いものでした。
  • ‌アグレダのマリアの事例‌‌: 17世紀の修道女マリアのケースでは、彼女がスペインにいながら北米の先住民に布教した際、現地の植物や動物(現地の衣服の断片など)について詳細な記録を残しており、その証言が歴史的・文化的な記録(青い服の貴婦人の伝説など)として今日まで残っています。

4. 19世紀以降のパラダイムシフト

19世紀に入ると、歴史的背景は「宗教」から「心霊主義(スピリチュアリズム)」へとシフトしました。

  • ‌用語の誕生‌‌: 「レビテーション(空中浮揚)」や「テレパシー」といった言葉はこの時期に作られました。現象は「神か悪魔か」という道徳的な枠組みから切り離され、‌‌「未知の自然法則」や「霊的な現象」として科学的な探求の対象‌‌となりました。トーマス・エジソンやキュリー夫人といった著名な科学者たちも、これらの現象の目撃記録に関わっています。

5. 現代における歴史学的視点

アイレ教授は、現代の歴史家がこれらの記録を無視する傾向にあるのは、現代特有の‌‌「教条的唯物論(物質的なもの以外は存在しないという前提)」‌‌というバイアスに囚われているからだと指摘しています。歴史家としての彼の役割は、過去の人々が「不可能」なことを「事実」としてどのように記録し、生きていたのかを真摯に記述することにあります。

‌**‌*

‌比喩による理解‌‌: これらの記録は、‌‌「法廷の記録保管庫」‌‌のようなものです。そこには、単なる噂話ではなく、厳しい検察官(異端審問官)が詐欺を暴こうと目を光らせ、何百人もの証人を呼び出し、一言一句を書き留めた膨大な「公的記録」が眠っているのです。

注目すべき人物

AI

空中浮揚(レビテーション)とバイロケーション(遠隔臨場)の歴史において、提供された資料は、これらの「不可能」とされる現象を体現した複数の‌‌注目すべき人物‌‌を挙げています。これらの人物は、単なる超常現象の主役としてだけでなく、当時の社会、宗教、そして現代の学術的視点におけるパラダイムを象徴する存在として描かれています。

以下に、ソースに基づいた主要な人物とその役割を説明します。

1. 神秘的恍惚の象徴:聖テレサと十字架の聖ヨハネ

16世紀スペインの聖人である‌‌アビラの聖テレサ‌‌と‌‌十字架の聖ヨハネ‌‌は、空中浮揚の歴史における最も象徴的な人物です。

  • ‌共同浮揚のエピソード‌‌: 1572年から1574年の間、二人が三位一体について語り合っていた際、同時に宙に浮き上がったという非常に珍しい記録が残っています。この時、ヨハネは椅子に座ったまま、椅子ごと浮揚したと伝えられています。
  • ‌謙虚さと苦悩‌‌: 聖テレサはこの現象を誇るどころか、目立つのを嫌って他の修道女たちに「浮き上がりそうになったら私を力ずくで押さえてほしい」と頼んでいました。彼女にとって浮揚は、自らの意志で制御できない「神からの恵み」の副作用であり、異端審問の対象になりかねない厄介な事象でもありました。

2. 「空飛ぶ聖人」の頂点:クパティーノの聖ヨセフ

資料の中で‌‌「史上最大の空中浮揚者」‌‌として言及されているのが、17世紀の‌‌クパティーノの聖ヨセフ‌‌です。

  • ‌圧倒的な目撃数‌‌: 彼の浮揚は数百人、時には数千人の群衆の前で公然と行われました。恍惚状態に入ると木の上に飛び移り、数時間降りてこないこともあったため、はしごを使って降ろさなければならないほどでした。
  • ‌教会の対応‌‌: 彼はあまりにも「度が過ぎる(too much)」存在であったため、教会当局は彼を大衆から隔離し、人生の最後の10年間は人里離れた修道院で事実上の独居房生活(隔離状態)を送らせました。

3. 大西洋を越えたバイロケーション:アグレダのマリア

17世紀のスペイン人修道女‌‌マリア・デ・アグレダ‌‌は、バイロケーションの最も驚くべき事例として挙げられています。

  • ‌青い服の貴婦人‌‌: 彼女はスペインの修道院を一度も離れることなく、現在のテキサスやニューメキシコの先住民の前に500回以上現れ、キリスト教を布教したとされています。現地では「青い服の貴婦人」としての伝説が今日まで残っています。
  • ‌証拠としての記録‌‌: 彼女は自分が行ったこともない場所の動植物や地理について、非常に詳細な記録を残していました。しかし、彼女が聖母マリアから直接啓示を受けて執筆したとされる膨大な著書が教義的な論争を呼んだため、現在も列聖(聖人として認められること)は完了していません。

4. 近現代の事例:イヴォンヌ・エメとダニエル・ダグラス・ヒューム

現象は中世・近世に留まらず、近代から20世紀にかけても記録されています。

  • ‌イヴォンヌ・エメ・ド・マレストロワ‌‌: 20世紀前半のフランスの修道女で、数百回のバイロケーションが文書化されています。彼女は超自然的な能力を持つ一方で、ナチス占領下のフランスで抵抗運動(レジスタンス)を助けた功績により、シャルル・ド・ゴールから最高位の勲章を授与されるという、極めて現実的な英雄としての側面も持っています。
  • ‌ダニエル・ダグラス・ヒューム‌‌: 19世紀の心霊主義時代を代表する霊媒師です。彼の空中浮揚はロンドンやアメリカで多くの著名人に目撃され、当時の科学者たちの関心を集めるきっかけとなりました。

5. 現象を裏付ける知識人たち

ソースは、これらの現象を単なる迷信として片付けなかった著名な科学者や文化人にも触れています。

  • ‌科学者‌‌: ノーベル賞受賞者の‌‌ピエール&マリ・キュリー夫妻‌‌は、テーブルが浮揚する現象を実際に目撃し、関心を持っていました。また、‌‌トーマス・エジソン‌‌も心霊現象に強い関心を示していました。
  • ‌政治家‌‌: ‌‌エイブラハム・リンカーン‌‌とその妻メアリー・トッドはホワイトハウスで降霊会を開いており、そこでも家具が浮揚したという報告があります。

‌**‌*

‌比喩による理解‌‌: これらの注目すべき人物たちは、歴史という大きな夜空に点在する‌‌「明るい星々」‌‌のようなものです。個々の星(人物)が放つ強烈な光(現象の記録)があまりに眩しいため、現代の私たちはそれを「あり得ない幻」と考えがちですが、アイレ教授は、これら無数の星が同じ星座(歴史的証言の集積)を形成しているという事実に目を向けるべきだと説いています。

科学的・哲学的視点

AI

空中浮揚やバイロケーションといった現象に対し、これらのソースは単なる「奇跡」や「迷信」という枠組みを超え、‌‌現代の科学的・哲学的パラダイムを揺さぶる視点‌‌を提供しています。

カルロス・アイレ教授の解説に基づき、科学的および哲学的視点から以下の主要なポイントを説明します。

1. 「教条的唯物論」への哲学的挑戦

アイレ教授は、現代のアカデミアを支配している‌‌「教条的唯物論(Dogmatic Materialism)」‌‌、すなわち「物質界以外には何も存在しない」という前提に疑問を呈しています。

  • ‌文化的制約(社会的事実)‌‌: 私たちがこれらの現象を「不可能」と断じるのは、現代特有の文化に縛られているからであり、社会学者のエミール・デュルケーム(ソース内では誤って別の名で言及されていますが文脈上は社会的構成概念を指しています)が呼ぶところの「社会的事実(Social Facts)」に支配されているためです。これは、ある文化において「事実」とされる前提が、個人の思考や行動を規定してしまうことを指します。
  • ‌懐疑主義の再定義‌‌: 近代科学の祖フランシス・ベーコンは「疑いから始めれば確信にいたる」と説きましたが、アイレ教授は、この懐疑主義を「目に見えないもの」だけでなく‌‌「唯物論というドグマ」そのものにも向けるべきだ‌‌と主張しています。

2. 科学的アプローチの変遷と「次元」の概念

歴史の中で、これらの現象を解釈するための科学的アプローチは進化してきました。

  • ‌用語と概念の誕生‌‌: 19世紀の心霊主義時代に「空中浮揚(Levitation)」や「テレパシー」といった用語が作られ、現象を神学から切り離し、‌‌未知の自然法則として科学的に探求する試み‌‌が始まりました。
  • ‌一流科学者の関心‌‌: トーマス・エジソンやピエール&マリ・キュリー夫妻のような、現代科学の礎を築いた科学者たちも、実際に浮揚現象などを目撃し、真剣に関心を寄せていました。
  • ‌物理学的仮説‌‌: 現代のある科学者は、空中浮揚中の聖人が衣服も含めて硬直する現象に基づき、彼らが‌‌「時空の外側(次元の泡)」‌‌に存在しているという説を提唱しています。これはアインシュタインの相対性理論に基づき、重力や時間の経過が通常とは異なる次元にいる可能性を示唆するものです。

3. 歴史学的な「事実」の扱い

アイレ教授は、歴史家として「これらの現象が物理的に起きたか」を証明することはできませんが、‌‌「膨大な目撃証言が存在する」という歴史的事実‌‌を無視することは不誠実であると考えています。

  • ‌記録の信頼性‌‌: カトリック教会の異端審問所が行った調査は、現代のパラ心理学や科学的調査の基準に照らしても非常に徹底しており、詐欺を暴くための「対照実験」のような役割を果たしていました。
  • ‌マルチバースとシミュレーション仮説‌‌: 現代の物理学者がマルチバース(多重宇宙)やシミュレーション仮説を真剣に議論している現在において、過去の「不可能な」記録を頭ごなしに否定する態度は、かえって非科学的であるという視点を示しています。

4. 意識の役割:対話と恍惚

哲学的な観点から興味深いのは、空中浮揚がしばしば‌‌「深い対話」や「精神的恍惚(エクスタシー)」の副産物‌‌として発生している点です。

  • ‌共鳴する意識‌‌: 聖テレサと十字架の聖ヨハネが同時に浮揚した事例は、二人の精神的な対話が互いを高め、通常の物理法則を無効化するほどの「高揚した意識状態」を作り出した可能性を示唆しています。これは、意識が物質界に物理的な影響を与える可能性についての哲学的な問いを投げかけています。

‌**‌*

‌比喩による理解‌‌: これらの現象を巡る科学的・哲学的状況は、‌‌「地図を信じすぎて実際の地形を無視する旅行者」‌‌に例えられます。現代の「唯物論」という地図には空中浮揚という道は描かれていません。しかし、歴史の記録(地形)には確かにその痕跡が残っています。アイレ教授は、「地図が間違っている可能性」を考慮し、実際の地形をもう一度よく観察しようと提案しているのです。

Uri Geller に関する事例

Me: 動画の中で Uri Geller に関する逸話がいくつか語られているので、それらの箇所をそれぞれ敷衍して。

AI

動画の中で言及されている‌‌ユリ・ゲラー(Uri Geller)‌‌に関する逸話は、主に「テレポーテーション(瞬間移動)」と「パブリック・パフォーマンス」という二つの側面から語られています。

ソースに基づき、それらの箇所を詳しく解説します。

1. マンハッタンからオシニングへのテレポーテーション

動画の中で最も注目すべき逸話として挙げられているのが、ユリ・ゲラーが‌‌マンハッタンから、ニューヨーク州オシニングにあるアンドリア・プハリッチ(Andrea Puharich)の自宅までテレポーテーションした‌‌とされる事件です。

  • ‌距離と状況‌‌: 移動した距離は約30マイル(約48キロメートル)に及びました。
  • ‌非自発的な現象‌‌: 聞き手のジェフリー・ミシュラブによれば、この出来事はステージ上でのマジックではなく、‌‌自発的(自然発生的)に起きた現象‌‌であったとされています。
  • ‌証言の信頼性‌‌: ミシュラブはこの現象について、彼自身が個人的に知り、信頼している複数の人物によって証言されていると述べています。

2. スプーン曲げとメディアでの評価

ユリ・ゲラーは、公共の場でのパフォーマンスを通じて世界的に有名になった人物として紹介されています。

  • ‌象徴的な能力‌‌: 彼は‌‌スプーンやフォークを曲げる能力‌‌を披露し、観客を困惑させました。
  • ‌ジョニー・カーソンの番組‌‌: 彼はアメリカの有名なトーク番組『ジョニー・カーソン・ショー』に出演したことでも知られています。
  • ‌懐疑的な視点‌‌: このようなメディア露出の多さから、多くの人々は彼を「明らかなペテン師」であると考えていました。

3. アメリカでの初公演とミシュラブとの関わり

聞き手のジェフリー・ミシュラブ自身が、ユリ・ゲラーのアメリカでのキャリア初期に深く関わっていたという興味深い事実も明かされています。

  • ‌プロデューサーとしての関わり‌‌: ミシュラブは1970年代に、カリフォルニア大学バークレー校の‌‌ゼラーバック・オーディトリアム(Zellerbach Auditorium)‌‌で行われた、ゲラーの‌‌アメリカにおける最初の主要な公演出演をプロデュース‌‌しました。
  • ‌長年の追跡‌‌: この経験から、ミシュラブは数十年にわたり彼のキャリアを間近で観察し続けてきました。

4. 現代における状況

ソースでは、ユリ・ゲラーの近況についても触れられています。

  • ‌イスラエルへの帰還‌‌: 彼は最近、母国である‌‌イスラエルに戻った‌‌という記事が公開されています。
  • ‌現代の事例としての位置づけ‌‌: アイレ教授は、空中浮揚やバイロケーションの「最盛期」は16・17世紀であったとしながらも、ユリ・ゲラーのような現代の事例が、私たちが知らないだけで今も密かに起きている可能性を示唆しています。

‌**‌*

‌比喩による理解‌‌: ユリ・ゲラーの逸話は、この動画の文脈において、‌‌「歴史の霧の中から現代のスポットライトの下へ飛び出してきた謎」‌‌のようなものです。アイレ教授が研究する中世の聖人たちの記録が「古い羊皮紙」に記されたものだとすれば、ゲラーの逸話は「テレビ映像や現代の証言」として残された、同じ種類の「不可能な現象」の現代版と言えるでしょう。

情報源

動画(1:10:21)

Levitation and Bilocation with Carlos Eire

https://www.youtube.com/watch?v=31P5m4ZveMs

24,900 views 2024/01/01

Carlos Eire, PhD, is the T. Lawrason Riggs Professor of History and Religious Studies at Yale University. He is a historian of late medieval and early modern Europe. He is author of many books including War Against the Idols, From Madrid to Purgatory, A Very Brief History of Eternity, and Reformations: Early Modern Europe 1450-1650. His memoir of the Cuban Revolution, Waiting for Snow in Havana, won the U.S. National Book Award for Nonfiction. A second memoir, Learning to Die in Miami focuses on the early years of his exile in the United States. His most recent book is They Flew: A History of the Impossible.

Here he focuses on accounts from the 16th and 17th century of individuals who were reported to either fly (i.e., levitate) or bilocate.

(2025-12-30)