Skip to main content

1990年代、チリ : Friendship 島にある UFO/ET の秘密基地の情報が国民的話題に → 捏造と判明

· 101 min read
gh_20251129_isla_alien_ovni.jpg

(全体俯瞰 : AI 生成) (click で拡大)

前置き

この事件はスペイン語という壁があるゆえ、英語圏では殆ど知られていないようだ。私は初耳の事件。

たまたま La isla Friendship, Ovni という文字列が目に入ったので AI(NobebookLM) で関連するスペイン語情報を整理した。10件のソースの収集も AI に任せ、整理させた。

なお、イタリアで起きた Friendship UFO/ET 事件とは全くの別物。

要旨

AI

チリ沖の異星人伝説

これらの情報源は、チリ南部のチロエ諸島付近に存在する‌‌高度な技術を持つ異星人‌‌(または Immanos と呼ばれるヒューマノイド)の秘密基地とされる‌‌フレンドシップ島の謎‌‌を中心に扱っています。

この神話は、1980年代にアマチュア無線家たちが ‌‌「アリエル」という存在‌‌と交信したことから始まり、特に‌‌エルネスト・デ・ラ・フエンテ‌‌が末期癌からの治癒を主張したことで広く知られるようになりました。この話題は、1998年にスペインの‌‌『Karma 7』誌‌‌で取り上げられ、さらにチリのテレビ番組 ‌‌『OVNI』‌‌で大々的に報道されたことにより、国民的な関心事となりました。

しかし、映画製作者の‌‌クリストバル・バレンズエラ‌‌による調査や、その後の‌‌『Isla Alien』‌‌などのドキュメンタリーによって、デ・ラ・フエンテの主張の多く(彼の職業や病気の治癒を含む)が‌‌虚偽‌‌であったことが暴露されています。

懐疑的な視点にもかかわらず、このテーマは依然として熱烈な信奉者を集め、一部の報告書では、フレンドシップ島の住民は‌‌ノルディック型ヒューマノイド‌‌であり、米国人科学者と協力してDNA実験を行っていると主張されています。

結果として、これらの資料は、この事件が‌‌真実性に欠ける詐欺‌‌として広く分類されたにもかかわらず、その文化的な影響力と、UFOコミュニティ内での議論の複雑さを示しています。

目次

  1. 前置き
  2. 要旨
  3. フレンドシップ島:チリのUFO神話に関するブリーフィング文書
    1. エグゼクティブ・サマリー
    2. 神話の起源と発展
    3. 主要人物と組織
    4. 神話の核心的主張と「証拠」
    5. 懐疑的な見方と神話の解体
    6. 結論と現在の状況
  4. フレンドシップ島:奇跡の癒しと謎に満ちた物語
    1. 導入:地図にない島からの呼び声
    2. 1. 物語の主人公:エルネスト・デ・ラ・フエンテの奇跡
    3. 2. 無線機越しの声:オクタビオ・オルティスと "アリエル" の交信
    4. 3. 二人の証言者:物語の核心
    5. 4. 伝説の拡大:メディアが伝えた島の謎
    6. 結論:未だ終わらない物語
  5. チリの謎:伝説の「フレンドシップ島」とは何か?
    1. 序文:南米に浮かぶ奇跡の島
    2. 1. フレンドシップ島の伝説:語り継がれる物語
    3. 2. 物語の主役たち:誰が伝説を創り上げたのか?
    4. 3. 伝説の拡散:いかにして有名になったか?
    5. 4. 伝説の真相:暴かれた神話の裏側
    6. 5. 結論:神話が生まれるとき
  6. コンタクトの開始と主要人物(1980年代半ば)
    1. 1. コンタクトの開始と主要人物(1980年代半ば)
    2. 2. 神話の核となる出来事(1985年8月17日)
    3. 3. フレンドシップ居住者の初期設定
    4. 4. より大きな文脈:神話の起源に対する後の批判と疑惑
  7. フレンドシップ島とは
    1. I. フレンドシップ島の所在と性質(La Isla)
    2. II. フレンドシップの住人の特徴と能力(Características de los Habitantes)
    3. III. 神話の検証と反論(Fraude y Contradicciones)
  8. 神話成長の経緯
    1. I. 黎明期:アマチュア無線家(オンセ・メトリスタ)による初期の接触(1980年代)
    2. II. 神話の世界への進出:スペインの専門誌による普及(1998年)
    3. III. 国民的な爆発:TVNのドキュメンタリーシリーズ『OVNI』(1999年〜2000年)
    4. IV. 最近のメディア露出と神話の再検証(2010年代以降)
  9. 神話の捏造が暴露された経緯
    1. I. 懐疑論の台頭と初期の調査
    2. II. 決定的な調査:『OVNI』による詐欺の暴露(2000年)
    3. III. 調査ジャーナリズムによる「詐欺」の断定(2023年)
    4. IV. 神話の起源と政治的・懐疑的な側面
    5. V. エクストラテレストリアルの視点からの懐疑論(Elron Groupの主張)
  10. 情報源

フレンドシップ島:チリのUFO神話に関するブリーフィング文書

AI

エグゼクティブ・サマリー

フレンドシップ島(Isla Friendship)の神話は、チリ南部のアイセン州の群島に存在するとされる謎の島を巡る、チリで最も有名かつ持続的なUFO関連の物語である。この神話の中心には、末期がんなどの難病を奇跡的に治癒する高度な技術を持つ、北欧系の外見をした地球外生命体または超人的な存在が住むとされるコミュニティがある。この物語は1980年代にアマチュア無線家(オンセメトリスタ)たちの間で始まり、主にエルネスト・デ・ラ・フエンテとオクタビオ・オルティスという二人の中心人物によって広められた。

この神話がチリ国民の間に広く浸透したのは、1999年に放送されたパトリシオ・バニャドス司会のテレビ番組『OVNI』がきっかけである。この番組で、デ・ラ・フエンテは自身がフレンドシップ島で末期肺がんを治療してもらったと主張し、物語に強い信憑性を与えた。しかし、近年の徹底的な調査、特に2023年に公開されたクリストバル・バレンズエラ監督のドキュメンタリー映画『Isla Alien』によって、この神話の多くがデ・ラ・フエンテによって構築された精巧なデマであったことが明らかにされた。

調査により、デ・ラ・フエンテの主張には物理的・医学的証拠が一切存在しないこと、彼がアウグスト・ピノチェト軍事独裁政権下での人権侵害事件(レティッヒ報告書に記載)に関与していたこと、そして物語の他の要素(例えば、後に出てきた交信者「エマニュエル」)が詐欺として暴露されたことなどが判明した。結論として、フレンドシップ島は物理的に存在する場所ではなく、個人の欺瞞、メディアによる扇情主義、そして独裁政権という特殊な社会政治的背景が複雑に絡み合って生まれた、強力な文化的現象である。

神話の起源と発展

1980年代:無線通信の時代

フレンドシップ島の物語は、インターネットが普及する以前の1980年代半ば、11メートル帯(27MHz帯)を利用するアマチュア無線家、通称「オンセメトリスタ」たちのコミュニティで始まった。当時、特に独裁政権下で夜間外出禁止令が敷かれる中、無線通信は人々にとって重要な娯楽であり、交流の手段であった。

この文脈の中で、オクタビオ・オルティスとその家族を含むサンティアゴのオンセメトリスタたちが、チリ南部の離島に住むと自称する謎のグループとの交信を開始した。交信相手は「アリエル」や「ミゲル」といった天使の名を名乗り、流暢なスペイン語を話した。彼らは自らを宗教団体の一員と称し、その会話は日常的なものから、宗教的・哲学的なものまで多岐にわたった。

1985年8月17日:サンティアゴUFO目撃事件

この物語が単なる無線上の交流からUFO神話へと昇華する決定的な出来事が、1985年8月17日に発生した。この日、サンティアゴ上空に謎の物体が出現し、ドン・フランシスコが司会を務める人気テレビ番組『サバドス・ヒガンテス』で生中継され、国民的な注目を集めた。

偶然にも、この物体が出現したまさにその時、オクタビオ・オルティスは「アリエル」と交信中であった。録音された音声によれば、アリエルは「窓から空を見てごらん」と促し、その物体が自分たちの船であり、意のままに動かせると示唆したとされる。この同時発生的な出来事は、フレンドシップの存在と彼らの超人的な能力を裏付ける「証拠」として、神話の核心部分を形成した。しかし、後にこの物体はフランス宇宙研究センターが放った観測気球「MIR」であったことが判明している。

神話の国際化とメディアでの爆発的普及

1995年頃までに無線交信は途絶え、物語は一部のUFO研究家や無線愛好家の間で知られるに留まっていた。しかし、1990年代末に状況は一変する。

  • 1998年、スペインでの報道:チリのUFO研究家ラウル・ヌニェスから1985年の交信音声テープを受け取ったスペインのUFO研究家ジョセップ・ギハーロが、チリで現地調査を行った。その成果はスペインの雑誌『Karma 7』に掲載され、物語は初めて国際的な注目を浴びた。この記事はチリの新聞『ラス・ウルティマス・ノティシアス』でも取り上げられ、国内での関心を再燃させた。
  • 1999年、テレビ番組『OVNI』:ジャーナリストのパトリシオ・バニャドスが司会を務めるTVNの番組『OVNI』が、「La isla de Friendship」と題した回を放送。これが神話の決定的瞬間となった。番組ではオクタビオ・オルティスや、初めて公に姿を現したエルネスト・デ・ラ・フエンテにインタビュー。デ・ラ・フエンテは、自分がフレンドシップ島に招かれ、末期がんであった肺がんを完治させてもらったと劇的に語った。この放送は絶大なインパクトを与え、フレンドシップ島の名はチリ全土に知れ渡った。
  • 2000年、『OVNI』続編と詐欺の暴露:翌年放送された続編「Regreso a Friendship」では、新たに「エマニュエル」と名乗る人物との交信や、彼を中心に形成された「ヴァンラッシュ」というグループが紹介された。しかし、番組制作チームは電波発信源を探知するラジオゴニオメーターを使用し、エマニュエルの正体がサンティアゴのラ・システルナ地区から発信していたギジェルモ・アリアスという人物であることを突き止め、その詐欺行為を白日の下に晒した。

主要人物と組織

人物/組織役割と概要
エルネスト・デ・ラ・フエンテ神話の中心人物であり、主要な情報源。元テレビ音響技術者。フレンドシップ島で末期がんを治癒されたと主張し、物語を広めた。しかし、がんの医学的証拠はなく、経歴詐称(技術者ではない、ベトナム戦争従軍の嘘など)が判明。ピノチェト独裁政権下で2名の農民失踪事件に関与したことがレティッヒ報告書で明らかになっている。2019年に肺気腫で死去。
オクタビオ・オルティス1980年代にフレンドシップとの無線交信を行った主要なオンセメトリスタ。彼の家族も深く関与した。物語の初期における信頼性の高い証人と見なされていた。
フレンドシップ共同体謎の島の住人とされる存在。金髪碧眼の北欧系の外見で長身、白いチュニックを着用し、天使の名前(アリエル、ガブリエル、エマニュエル等)を名乗る。高度な科学技術と治癒能力を持つとされる。
クリストバル・バレンズエラ2023年のドキュメンタリー映画『Isla Alien』の監督。デ・ラ・フエンテの人物像と独裁政権との関わりに焦点を当て、神話の構造を徹底的に解体した。
ギジェルモ・アリアス2000年代初頭に「エマニュエル」を名乗り、信者グループ「ヴァンラッシュ」を組織した人物。什一献金の要求などを行い、TVNの番組によってサンティアゴからの偽交信が暴露された。
マイティルスII号選ばれた人々をフレンドシップ島へ運ぶとされる船。実在が確認されたことはないが、チリ農業牧畜庁(SAG)が所有していた「マイティルスI号」という船は存在した。

神話の核心的主張と「証拠」

フレンドシップ神話は、長年にわたり様々な逸話や「証拠」とされるものによって補強されてきた。

  • 奇跡的な治癒:最も強力な主張は、エルネスト・デ・ラ・フエンテがフレンドシップ島で末期肺がんを完治させたとされる体験談である。彼は番組で、島の地下にある先進的なクリニックで物理的な手術なしに治療を受けたと語った。しかし、彼ががんであったことを証明する医学的記録は一切提示されなかった。
  • 超常現象:無線交信中には、数々の超常的な出来事が報告された。
    • 未来予知:1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故を事前に予知していたとの主張がある。
    • 遠隔透視:交信相手の個人的な状況や、録音に使用しているテープレコーダーの不具合などを正確に言い当てたとされる。
    • テレパシー:オクタビオ・オルティスは、母親の死をアリエルからテレパシーで知らされたと主張している。
  • 物理的存在:島の物理的存在を示すものとして、以下が挙げられる。
    • マイティルスII号:海軍軍曹が1992年にメリンカで「非チリ人」が乗った同名の船を目撃したと証言。しかし、港に公式な記録はなかった。
    • エルネスト・デ・ラ・フエンテの催眠退行:『OVNI』の番組内で行われた催眠退行で、デ・ラ・フエンテは未知の言語を話し始めた。これは後に、チリ大学ユダヤ研究センターによって聖書ヘブライ語の文字が含まれていると分析された。
  • その他の逸話:フレンドシップのメンバーが、同じ番号が印刷された本物の紙幣で損害賠償を支払ったという話もある。これは彼らが物質を複製する技術を持つ証拠とされた。

懐疑的な見方と神話の解体

この神話は多くの信者を生んだ一方で、当初から懐疑的な見方も根強く存在し、近年の調査によってそのほとんどが論理的に否定されている。

物理的証拠の欠如

チリ海軍の協力のもと行われた探査を含め、複数回の探査が行われたが、フレンドシップ島やその住人を発見するには至っていない。多くの人がケント島(Isla Kent)がその正体ではないかと推測しているが、これは潮の満ち引きで一部が水没するという地理的特徴から来る憶測に過ぎない。デ・ラ・フエンテのがんに関するカルテや検査結果も一切公開されなかった。

詐欺行為の暴露

ギジェルモ・アリアスが「エマニュエル」としてサンティアゴから交信していたことが暴露された一件は、神話の一部が明確な詐欺であったことを示している。また、神話の根幹をなす1985年のUFO事件が観測気球であったという事実も、物語の超常的な側面を大きく損なわせるものである。

エルネスト・デ・ラ・フエンテの役割と背景

ドキュメンタリー『Isla Alien』は、神話の構築におけるデ・ラ・フエンテの役割を決定的に明らかにした。彼は人を惹きつける魅力的な語り手であったが、その経歴には多くの虚偽が含まれていた。 さらに重大なのは、彼がピノチェト独裁政権時代にカルロス・マルドナドとルイス・ロボスという2人の学生の強制失踪事件に関与していた事実である。デ・ラ・フエンテは自身の車を軍に提供し、彼らの連行を手伝った。映画は、この罪悪感やトラウマが、人々を「(別の世界へ)消し去る」というフレンドシップの物語を創造する心理的動機になった可能性を示唆している。

社会的・政治的文脈

フレンドシップ神話が生まれた1980年代のチリは、軍事独裁政権下にあり、言論統制や社会的抑圧が厳しい時代であった。このような状況下では、UFOや奇跡といった超現実的な物語は、人々にとって現実逃避の手段となり得た。また、一部では、これらの物語が政権による情報操作(サイオプス)の一環として、人々の注意を政治問題から逸らすために利用されたのではないかという説も唱えられている。

結論と現在の状況

フレンドシップ島の物語は、単なるUFO譚ではなく、チリの現代史と深く結びついた複雑な文化的構築物である。その起源はアマチュア無線家の純粋な交流にあったかもしれないが、エルネスト・デ・ラ・フエンテという一人の人物の精巧な嘘とカリスマ性、そしてそれを増幅させたメディアの力によって、国民的な神話へと成長した。

現在では、物的証拠の欠如、詐欺行為の暴露、そして中心人物の信頼性の崩壊により、フレンドシップ島が実在する地球外生命体の基地であるという説は、客観的な調査によってほぼ完全に否定されている。しかし、神話は依然として人々の想像力をかき立て続けている。信じる者たちは、デ・ラ・フエンテの嘘と「本物のフレンドシップ」を切り離し、物語の核心には真実が隠されていると主張する。

Netflixで配信されたドキュメンタリー『Isla Alien』などの近年の作品は、この神話を新たな視点から検証し、なぜ人々がこのような物語を信じるのか、そして神話が社会に果たす役割とは何かを問いかけている。フレンドシップ島は、もはやUFO研究の対象というよりも、集団心理、メディアリテラシー、そして歴史の暗部を考察するための重要なケーススタディとなっている。

フレンドシップ島:奇跡の癒しと謎に満ちた物語

AI

導入:地図にない島からの呼び声

チリ南部の広大な群島地帯に、地図には記されていない島「フレンドシップ島」が存在するという伝説がある。そこには高度な知識を持つ謎の共同体が住み、訪れる者に奇跡的な治癒をもたらすと、ささやかれてきた。この噂の渦の中心には、二人の人物が立っている。死の淵から生還したと主張した男、エルネスト・デ・ラ・フエンテ。そして、どこでもない場所からの囁きに耳を傾けた男、オクタビオ・オルティス。彼らの驚くべき体験こそが、この現代の神話の核心を形作っているのだ。

1. 物語の主人公:エルネスト・デ・ラ・フエンテの奇跡

フレンドシップ島の伝説を世に広めた最大の功労者は、エルネスト・デ・ラ・フエンテという一人の男だった。しかし、彼の人物像は謎に満ちている。彼は自らを技術者と称したが、実際にはそうではなかった。ベトナム戦争で戦ったと語ったが、その経歴も確認されていない。このような虚実の境界が曖昧な人物が語るからこそ、その体験談は、絶望の淵から奇跡的な希望を見出した物語として、多くの人々の心を捉えたのかもしれない。

彼が公に語ったところによれば、末期の肺がんと診断され死を宣告された後、島の友人たちから「治療のために島へ来ないか」という招待を受けたという。もはや失うものはないと考えた彼はその招きに応じ、謎に包まれた島へと渡った。そして数日後、本土へ戻ってきたとき、彼の身体を蝕んでいたがんは跡形もなく消え去っていたと、デ・ラ・フエンテ自身が証言したのである。この奇跡の物語は、フレンドシップ島が単なる噂ではなく、希望の地であるという強い印象を人々に与えた。

  • : デ・ラ・フエンテ自身の証言によれば、島の住人との接触は偶然だったという。彼はチロエ島で、地元民が「グリンゴ(外国人)」に状態の悪い家畜を高値で売りつけているという話を耳にする。彼はその「グリンゴ」たちが騙されていると警告しに行った先で、「アリエル」と名乗る人物に出会い、彼らとの関係が始まったとされている。
  • : その後、彼は末期の肺がんと診断され、絶望の淵に立たされる。その知らせを聞いた島の友人たちは、彼を治療するために島へ来るよう無線で招待した。
  • : 招待を受け入れた彼は、島で治療を受けたとされる。その内部施設について、彼はこう具体的に証言している。「丘の内部へと続く素朴な門があった。 (…) 下へと向かうエレベーターに乗った。 (…) そこにはコンピューター端末があり、何でも質問することができた…」。物理的な手術は行われず、わずか数日でがんは完治したという彼の主張は、フレンドシップ神話の最も劇的な証言となった。

2. 無線機越しの声:オクタビオ・オルティスと "アリエル" の交信

物語のもう一人の中心人物が、アマチュア無線家(オンセメトリスタ)のオクタビオ・オルティスだ。彼と彼の家族は1980年代半ばから、フレンドシップ島の住人と名乗る存在と、無線機を通じて長年にわたる交信を続けていた。

交信相手は主に「アリエル」と名乗り、その会話は日常的な雑談から、時に人生や宇宙に関する超越的な内容にまで及んだ。彼らの声は完璧なスペイン語を話したが、どこか機械的で、複数の人物が同時に話しているかのような奇妙な響きがあったといわれる。

この交信が伝説として語られる決定的な出来事が、1985年8月17日に起こった。この日、チリの首都サンティアゴ上空に謎の飛行物体が出現し、テレビ番組で生中継されるなど国中が大騒ぎとなった。まさにその時、オルティス家はアリエルと交信の最中であった。録音された音声には、オルティスたちが空に浮かぶ物体に興奮する様子と、それに対してアリエルが冷静に「あれは我々のものであり、動かすこともできる」と語る声が残されている。この事件は、無線機越しの声と現実世界の異常現象が結びついた、物語の神秘性を象徴するエピソードとなった。しかし、後にこの謎の飛行物体は、フランス宇宙研究センターが打ち上げた観測用のMIR気球であったことが判明する。一つの謎が解明されたことで、伝説の土台がいかに脆いものであったかが示された瞬間だった。

3. 二人の証言者:物語の核心

エルネスト・デ・ラ・フエンテとオクタビオ・オルティスは、それぞれ異なる形でフレンドシップ島の物語に関わった。以下の表は、二人の役割と主張をまとめたものである。

登場人物役割と立ち位置主な体験・主張
エルネスト・デ・ラ・フエンテ物語の「体験者」であり、奇跡の体現者。末期がんからの奇跡的な治癒。島の内部にある「素朴な門」、地下へ続くエレベーター、そして何でも答えをくれるというコンピューター端末を目撃したと証言。
オクタビオ・オルティス物語の「交信者」であり、外部との窓口。"アリエル" と名乗る存在との長年の無線交信。1985年のUFO目撃事件の際に、当事者と同時交信していたと主張。

4. 伝説の拡大:メディアが伝えた島の謎

当初、一部の無線愛好家の間でのみ知られていたフレンドシップ島の物語は、1990年代末にメディアの力によってチリ全土を巻き込む社会現象へと発展した。

  1. この伝説が国際的な注目を集めるきっかけは、スペイン在住のチリ人研究家ラウル・ヌニェス・ガルベスの存在だった。彼はチリのUFO研究家から1985年の交信を記録した音声テープを受け取り、スペインのUFO研究家ホセップ・ギハロにその存在を知らせた。ギハロはこれに強い関心を抱き、1998年にチリを訪問。帰国後、自身が関わる雑誌『Karma 7』で大々的に特集を組み、録音テープを付録にしたことで、フレンドシップ島の伝説は初めて世界に知られることとなった。
  2. 伝説の爆発的な拡散のきっかけは、1999年に放送されたテレビ番組『OVNI』であった。著名なジャーナリスト、パトリシオ・バニャドスが司会を務めたこの番組は、デ・ラ・フエンテの奇跡の治癒体験やオルティスの交信記録を詳細に紹介した。高い視聴率を誇ったこの番組の影響力は絶大で、多くのチリ国民がこの物語に魅了され、フレンドシップ島は現代の神話として大衆の意識に深く刻み込まれることになったのである。

5. 物語のほころび:暴かれた偽りのコンタクト

フレンドシップ神話が熱狂的に受け入れられる一方で、そのすべてが真実ではないことを示す出来事も起こった。その象徴が、「ヴァンラッシュ(Vanrash)」と名乗るグループによる詐欺事件である。

テレビ番組『OVNI』の初回放送後、フレンドシップ島との新たな交信が始まったとされ、"エマヌエル"と名乗る島の住人が登場した。この交信を中心に、「ヴァンラッシュ」というグループが形成され、信奉者を集めていた。

しかし、2000年に放送された『OVNI』の続編で、この新たな交信の正体が暴かれる。番組スタッフが電波の発信源を探知する装置(ラジオゴニオメーター)を用いて調査したところ、電波はチリ南部の孤島からではなく、首都サンティアゴの住宅街から発信されていることが判明したのだ。発信者はグループの中心人物の一人、ギジェルモ・アリアスという男であった。彼は自宅から偽の交信を行い、信者から金銭(十分の一税)を集めようとさえしていた。この一件は、フレンドシップという名前を利用した詐欺行為が紛れ込んでいることを白日の下にさらし、神話全体に大きな疑念を投げかける結果となった。

結論:未だ終わらない物語

エルネスト・デ・ラ・フエンテをはじめとする主要な証言者の多くがこの世を去った今、フレンドシップ島の伝説は新たな、そしてより暗い意味合いを帯び始めている。暴かれた偽りや数々の矛盾にもかかわらず、なぜこの物語は生き続けるのか。その答えは、物語の創造主自身の闇の中にあるのかもしれない。

近年のドキュメンタリー映画『Isla Alien』の調査によって、衝撃的な事実が明らかになった。エルネスト・デ・ラ・フエンテの名前が、ピノチェト軍事独裁政権下の人権侵害を記録したレティグ報告書に記載されていたのだ。報告書によれば、彼は自身の車両を軍に提供し、それが二人の学生の拉致・失踪事件に利用されたとされている。

この事実は、フレンドシップの物語全体を根底から揺るがす。彼が語った「奇跡の島」は、自らが関与したとされる残忍な現実から逃避するため、あるいは過去を覆い隠すために生み出された、精巧な心理的構築物だったのだろうか。絶望的な病からの救済という物語は、拭い去ることのできない罪の意識に対する、彼自身の贖罪の神話だったのかもしれない。

もはや、フレンドシップ島の謎は、UFOや奇跡の存在を問うものではない。それは、 một人の人間が自らの過去と向き合うために、いかにして壮大な物語を紡ぎ出すのかという、より深く、より普遍的な問いを投げかける。真実か嘘かという二元論を超え、この伝説は、時代の不安と個人の罪悪感が交錯して生まれた現代の神話として、今なお私たちの心を捉えて離さない。フレンドシップ島は、地図の上にはなくとも、人間の心の奥底に存在する「救済への渇望」を巡る、未だ終わらない物語なのである。

チリの謎:伝説の「フレンドシップ島」とは何か?

AI

序文:南米に浮かぶ奇跡の島

何十年もの間、チリには一つの神話が存在した。地図にない幻の島、慈悲深い北欧系の異星人、そして末期がんの奇跡的な治癒。それは暗黒の時代に生まれた希望の物語だった。しかし、それはまた、残酷な現実を隠すために構築された、完全な虚構でもあった。

この記事では、この現代神話の起源、物語を広めた中心人物たち、そしてそれがどのようにしてチリ全土を巻き込む現象となったのかを深く掘り下げていく。さらに、近年の調査によって白日の下に晒された、伝説の背後に潜む衝撃的な真実にも迫る。

1. フレンドシップ島の伝説:語り継がれる物語

フレンドシップ島の伝説は、数々の魅力的な要素で構成されている。物語の支持者たちが語ったその核心的な特徴は、以下の通りである。

  • 場所: チリ南部アイセン州に存在するとされる、あらゆる地図から姿を消した幻の島。一部ではケント島ではないかと推測されている。
  • 住民: 長身で金髪、明るい色の目を持つ北欧系の容姿で、しばしば観光客やモルモン教の宣教師と見間違えられた。
  • 目的: がんなどの不治の病を治療できる、高度な技術を備えた基地を持つことだとされた。
  • コミュニケーション手段: 主な接触方法は11メートルバンドの市民ラジオを通じて行われ、島の住民は「アリエル」などの天使を思わせるコードネームを使い、チリの無線愛好家(オンセメトリスタ)と交信した。
  • 交通手段: 選ばれた人々を島へと運ぶとされる、神話的な船「ミティルスII号」(Mytilus II)の存在が語られた。

この壮大な物語は、いかにしてチリ国民の心をとらえたのか。その起源は、数人の中心人物たちの証言に遡る。

2. 物語の主役たち:誰が伝説を創り上げたのか?

フレンドシップ島の物語には、その伝説を形成し、広める上で決定的な役割を果たした3人の中心人物がいる。

人物 (Person) 役割 (Role) エルネスト・デ・ラ・フエンテ (Ernesto de la Fuente) 物語の中心人物。末期の肺がんをフレンドシップ島で治癒されたと主張し、伝説の核心となる証言を提供した。 オクタビオ・オルティス (Octavio Ortiz) サンティアゴの無線愛好家(オンセメトリスタ)。1980年代に「アリエル」と名乗る島の住人と無線で長期間交信した最初の「コンタクティ」の一人。 パトリシオ・バニャドス (Patricio Bañados) 国営放送TVNの人気番組「OVNI」の司会者。1999年の放送でこの話を取り上げ、フレンドシップ島の伝説をチリの全国的な現象へと押し上げた。

しかし、アマチュア無線の雑音の向こう側で語られていた物語は、いかにして国民的な熱狂へと発展したのだろうか。その答えは、2つの決定的なメディア・イベントにある。

3. 伝説の拡散:いかにして有名になったか?

フレンドシップ島の物語がチリ国民の間に広く知られるようになった背景には、特に2つのメディアにおける出来事があった。

  1. 1985年のUFO目撃事件 1980年代、ピノチェト独裁政権下のチリでは、夜間外出禁止令が敷かれることも珍しくなく、インターネット以前の時代において11メートルバンドの市民ラジオは単なる趣味を超え、人々を結びつける貴重で親密なコミュニティ空間となっていた。このような状況下で、1985年8月17日、サンティアゴ上空で謎の飛行物体が目撃され、大きな話題となった。この出来事が決定的だったのは、オクタビオ・オルティス一家と「アリエル」との無線交信が記録されていたことだ。録音の中でアリエルは、上空の物体はフレンドシップ島のものであり、自分たちが「それを動かすことができる」と実演までしてみせた。この意図的な演出は、伝説に強い信憑性を与えた。しかし、この物体は後にフランスの科学観測気球「MIR」であったことが判明し、物語には早くから疑いの目が向けられることとなる。
  2. テレビ番組「OVNI」の絶大な影響 伝説が真に爆発的な広がりを見せたのは、皮肉にも番組制作者がUFOのネタ切れに悩み、「穴埋め」として企画した1999年のテレビ番組「OVNI」の特集がきっかけだった。司会者パトリシオ・バニャドスの下、この番組はエルネスト・デ・ラ・フエンテが末期がんから奇跡的に回復したという衝撃的な証言を、初めて全国の視聴者に届けた。放送後の反響はすさまじく、多くの人々がフレンドシップ島に救いを求め、チリの集合的記憶にその名を深く刻み込んだ。しかし、翌2000年の続編では、新たなコンタクティ「エマヌエル」を名乗る人物(ギジェルモ・アリアス)が、南の島ではなくサンティアゴ市内から無線を発信していた詐欺師であることが暴露され、物語の信頼性は大きく揺らいだ。

長年にわたる熱狂と憶測の後、近年の調査は、この神話の核心に潜む衝撃的な真実を白日の下に晒し始めた。

4. 伝説の真相:暴かれた神話の裏側

長年謎に包まれていたフレンドシップ島の伝説は、2023年に公開されたドキュメンタリー映画『Isla Alien』によって、その神話性が組織的に解体された。この徹底的な調査は、物語の中心人物であったエルネスト・デ・ラ・フエンテの語りを一つひとつ検証し、奇跡的な治癒ではなく、計算された欺瞞の歴史を明らかにした。

まず、物語の感情的な核心である「がんからの奇跡的な治癒」が崩れ去った。調査の結果、デ・ラ・フエンテががんと診断されたことを示す医療記録は一切存在しないことが判明。彼は2019年に肺気腫で亡くなっている。

次に、彼が作り上げた英雄的な自己像が解体された。彼は自身をエンジニアやベトナム戦争の退役軍人であると語っていたが、実際には音響技術者(sonidista)であり、いずれの経歴も偽りであったことが確認された。

そして最後に、最も衝撃的な事実が明かされた。公式な人権報告書である「レティグ報告書」には、デ・ラ・フエンテがピノチェト独裁政権下で2人の学生の拉致・失踪事件に関与し、自身の車を軍に提供したことが記録されていたのだ。研究者たちは、フレンドシップ島の物語は、彼が自身の暗い過去の行いと向き合うために創り出した「心理的な構築物」であった可能性を指摘している。

物理的な証拠もまた、完全に欠如している。チリ海軍の協力を含む複数回の探検でも、伝説にあるような島や基地は発見されなかった。物語の鍵を握る船Mytilus IIについても、公式な登録記録は一切見つかっていない。

物理的な証拠が皆無であるにもかかわらず、なぜこれほど多くの人々が、一人の男が作り上げた物語に希望を見出したのだろうか?

5. 結論:神話が生まれるとき

フレンドシップ島は、地球外生命体の基地ではなく、一人の男性、エルネスト・デ・ラ・フエンテが紡いだ強力かつ虚偽の物語に基づいた、現代の神話であった。

この物語が当時のチリ社会でこれほどまでに深く響いたのは、それがピノチェト独裁政権の厳しい現実に対する完璧な「対抗物語」を提供したからに他ならない。抑圧的な権力者の代わりに慈悲深い「友人」たちが、国家による暴力の代わりに奇跡的な癒しが、そして国際的な孤立の代わりに技術的に進んだユートピアへの逃避が、そこにはあった。フレンドシップ島の伝説は、人々が渇望していた希望そのものだったのである。

最終的に、フレンドシップ島の物語が示すのは、異星人との遭遇ではなく、私たち自身との痛切な遭遇である。それは、 một国のトラウマと一人の男の暗い過去が共謀し、いかにして真実と感じられるほど強力な神話を生み出すことができるかを、私たちに突きつけている。

コンタクトの開始と主要人物(1980年代半ば)

AI

チリの「イスラ・フレンドシップの神話(Mito de la Isla Friendship)」というより大きな文脈において、1980年代のコンタクトの起源について、各ソースが伝えている内容は以下の通りです。

1980年代は、この神話がごく一部の愛好家の間で誕生し、発展した時期として特定されています。このコンタクトの起源は、主にアマチュア無線(特にCB無線、またはオンセ・メトリスタ oncemetristas)を介した通信にあります。

1. コンタクトの開始と主要人物(1980年代半ば)

このコンタクトは、1985年頃にチリの無線家たちと、フレンドシップ島の住人と思われる人物(エンティティ)との間で始まったとされています。

  • ‌コンタクトの媒体:‌‌ 連絡は、インターネットや携帯電話が存在しなかった当時、唯一の通信手段であった無線(ラジオ・コムニカシオン)を通じて行われました。
  • ‌オクタビオ・オルティスとアリエル:‌‌ 1985年から1995年まで、サンティアゴ在住の無線家オクタビオ・オルティスとその家族(ルセロ局)がフレンドシップ島の住人との間で交信を続けました。島のリーダー的な存在とされる人物は、‌‌アリエル‌‌という天使の名前で名乗っていました。
  • ‌エルネスト・デ・ラ・フエンテの登場:‌‌ 神話の主要な拡散者であるエルネスト・デ・ラ・フエンテも、この時期にコンタクトを開始したとされています。デ・ラ・フエンテは、チロエに定住していた植民者(コローノ)で、孤独から無線機を購入し、地元の人が「グリ〇ゴ(外国人)」が家畜を高値で買っていると話しているのを聞いたのがきっかけで、この人々(フレンドシップ)と接触したと語っています。彼はその後、フレンドシップに雇われ、選ばれた病人を島へ運ぶ手配役になったと主張しました。

2. 神話の核となる出来事(1985年8月17日)

1985年8月17日は、フレンドシップ神話において最も重要な起源となる出来事が発生した日です。

  • ‌サンティアゴ上空のUFO:‌‌ この日、アリエルはオクタビオ・オルティスの娘クラウディアに窓から空を見るよう警告し、その直後、サンティアゴ上空に奇妙な金属物体(UFO)が目撃されました。
  • ‌全国的な報道:‌‌ このUFO目撃事件はチリのメディアで大々的に報じられ、テレビ番組『サバド・ヒガンテ(Sábado Gigante)』で生中継されるほどでした。
  • ‌録音の存在:‌‌ アリエルはこのUFOがフレンドシップ島のものであると伝え、移動させることもできると実演したとされています。この無線交信(1985年8月17日)の音声テープは録音され、後にスペインの雑誌『Karma 7』を通じて広く公開されました。

3. フレンドシップ居住者の初期設定

初期のコンタクト(1980年代)を通じて、フレンドシップ島の住人は以下のように描写されました。

  • ‌構成員と外見:‌‌ 彼らは外国の宗教的な集団(コングレガシオン・レリヒオーサ)に属し、非常に背が高く、白人系の特徴(金髪、青い目)を持つ北欧人のような外見であるとされていました。街中では、彼らは観光客やモルモン教徒に間違われるような服装で「カモフラージュ」しているとされました。
  • ‌能力と目的:‌‌ 彼らは高度な科学的知識を持ち、テレパシーでコミュニケーションを取り、‌‌末期がんなどの病気を治癒できる‌‌とされていました。デ・ラ・フエンテは、自身が末期の肺がんから回復したと主張しました。
  • ‌別名:‌‌ 彼らは自らを「主の天使たちの奉仕者(servidores de los ángeles del Señor)」と称し、そのコンタクトは宗教的・精神的な要素を含んでいました。

4. より大きな文脈:神話の起源に対する後の批判と疑惑

1980年代にコンタクトが始まった時点では真実とされていた話は、後に調査されると、その主要な情報源の信頼性から疑義が生じました。

  • ‌捏造としての起源:‌‌ 調査ジャーナリズムにより、この物語は実際には主要な拡散者の一人によって「‌‌慎重に構築された詐欺‌‌」であったと暴露されました。
  • ‌デ・ラ・フエンテの虚偽:‌‌ デ・ラ・フエンテは、がんが治癒したという主張や、自身がエンジニアまたはサウンドエンジニアであったという経歴など、多くの点について嘘をついていたことが判明しました。
  • ‌独裁政権との関連(政治的背景):‌‌ コンタクトが始まった1980年代は、チリの独裁政権時代と重なります。
    • このコンタクトの起源を語る中心人物であるデ・ラ・フエンテは、‌‌レッティグ報告書(informe Rettig)‌‌ に名前が記載されており、独裁政権下で2人の学生の失踪に関与し、自分の車を提供していたという暗い過去があります。
    • ドキュメンタリー監督のクリストバル・バレンズエラは、デ・ラ・フエンテが後にフレンドシップ島へ人々を運び「消滅させる」と語ったことは、チリの「失踪者」の悲劇を別の方法で語るメタファーのようであったと指摘しています。
    • 一部の意見では、この神話自体が、独裁政権時代の拷問や失踪といった国内の深刻な問題から人々の注意をそらすための心理作戦(psiop)または軍事的な策略だったのではないかと推測されています。

要約すると、1980年代のコンタクトの起源は、少数の無線家グループと「アリエル」と名乗る集団との間の無線通信であり、特にUFO目撃事件が全国的な注目を集めたことが特徴です。しかし、後の包括的な調査では、この物語は、過去の政治的行動(独裁政権)と関連がある主要な拡散者(エルネスト・デ・ラ・フエンテ)の捏造または誇張されたファンタジーであった可能性が高いという結論が示されています。


‌起源の文脈を理解するための比喩:‌

イスラ・フレンドシップのコンタクトの起源は、まるで‌‌洞窟の入り口の小さなささやき声‌‌のようなものです。最初は小さな無線機の音(ささやき声)として始まりましたが、その声の主(アリエルやデ・ラ・フエンテ)が語る奇跡やUFOの話(洞窟の奥にある宝の噂)が、独裁政権下という暗い時代(不安定な地形)のチリ社会に響き渡り、やがて多くの人がその宝を信じ、その噂が世界中に広まる大きな神話(巨大な洞窟)へと成長していきました。しかし、後に探検家(調査者)が詳しく調べたところ、宝の噂を広めた中心人物の過去に重大な秘密(洞窟の真の目的)が隠されており、その起源自体が、単なる異星人との交信ではなく、人間の心理や歴史的背景に深く根ざした物語であったことが示唆されたのです。

フレンドシップ島とは

AI

ご提示いただいたソースに基づいて、チリの「イスラ・フレンドシップの神話(Mito de la Isla Friendship)」のより大きな文脈における、この島の‌‌特徴(Características)と伝説(Leyendas)‌‌について、各ソースが伝えている主要な点を以下に包括的に説明します。

「イスラ・フレンドシップ」は、‌‌地図に載っていないとされる島‌‌にまつわる、‌‌奇跡的な治癒能力を持つ高度な科学技術を持つ存在‌‌との交信を核とした神話です。

I. フレンドシップ島の所在と性質(La Isla)

この伝説の中心にある「島」の物理的な特性については、その存在自体が不明確であり、様々な推測がなされています。

  1. ‌地図にない島の伝説:‌

    • フレンドシップ島は「‌‌地図に載っていない島‌‌」であるとされています。
    • その存在は証明されておらず、都市伝説(mito urbano)または直接的なデマ(bulo)と見なされています。
    • チリの報道機関では「‌‌幽霊島(isla fantasma)‌‌」と見なされています。
  2. ‌推定される所在地:‌

    • この島は、チリの‌‌チロエ諸島‌‌の西側の海に位置すると噂されています。
    • アジェン地域、特に‌‌チリのアウストラル南部のフィヨルド‌‌にあるとされ、チロエ諸島(Chiloé)とグアイテカス諸島(Guaitecas)の間、プエルト・アギーレ(Puerto Aguirre)の管轄内のどこか、あるいはケント島(Isla Kent)の南西に位置すると推測されていました。
    • 一部の目撃者は、フレンドシップを‌‌ケント島‌‌と特定していますが、ケント島の一部は潮の満ち引きで沈むことがあるため、その説が生まれた可能性があります。
    • 島にたどり着くには、船が運航する海域(ロス・チョノス諸島)であり、3,500もの島々が点在する非常に複雑な海域であるため、特定の到着地点を知っている人物がいなければ、熟練した船乗り(marinos)でも見つけるのは不可能だとされています。
  3. ‌島の実体(非物理的な側面):‌

    • フレンドシップ島は、単なる物理的な島ではなく、‌‌地下基地‌‌として存在していると説明されることもあります。
    • この基地は‌‌地下に建設された建物‌‌であり、エルネスト・デ・ラ・フエンテは、‌‌地下深くへ降りるエレベーター‌‌でアクセスし、‌‌温度が一定で空気のきれいな、コンピューター端末や高度な医療クリニックを備えた洗練された建設物‌‌を見たと描写しています。
    • ある情報筋によると、地下基地は‌‌500m×500m‌‌という広大な規模で、深さは約200m、5階建てであるとされています。
    • フレンドシップの住人は、‌‌島全体を別の場所に移動させる能力がある‌‌とも言われています。
    • 島は‌‌プライベートな性質‌‌を持つため、海図には載っていません。
    • フレンドシップは、‌‌地球の終末(Apocalipsis)‌‌が近づくにつれて、彼らの知識を伝え、新しい人類を準備するための場所であると信じられていました。
    • イタリアのAmicizia(アミチツィア)の事例との類似性が指摘されており、Amiciziaも「友情」を意味し、地下基地に設置された地球外生命体のコミュニティが関わっていたとされます。

II. フレンドシップの住人の特徴と能力(Características de los Habitantes)

島の住人(フレンドシップ)は、特定の外見、起源、および‌‌超常的な能力‌‌を持っていると伝えられています。

  1. ‌外見的特徴:‌

    • 彼らは‌‌背が高く(約1.90m)‌‌、‌‌白人系の特徴(金髪、青い目)‌‌を持つ‌‌北欧人(nórdicos)‌‌のような姿をしているとされています。
    • 大きな目をしていて‌‌まぶたがない‌‌ため、‌‌巨大なゴーグル(enormes gafas)‌‌のようなものを着用しているとも言われています。
    • 彼らは街中では「観光客」や「モルモン教徒」に間違われるような‌‌普通の服‌‌で「カモフラージュ」しているか、あるいは‌‌汚れた漁師の服‌‌を着て、魚の匂いをつけ、髭を生やして、汚い身なりをしていることで、彼らが地球外生命体であるという疑いを一切持たせないようにしていると描写されています。
    • 彼らは非常に運動能力が高く(atléticos)、平和に暮らし、平均寿命は120歳、あるいは150歳まで生きると言われています。
  2. ‌起源とアイデンティティ:‌

    • 彼らは自らを「‌‌主の天使たちの奉仕者(servidores de los ángeles del Señor)‌‌」と名乗り、そのコンタクトには宗教的・精神的な要素が強く含まれていました。
    • コンタクト時に使用された名前は、「‌‌アリエル(Ariel)‌‌」、「‌‌ガブリエル(Gabriel)‌‌」、「‌‌エマヌエル(Emanuel)‌‌」、「‌‌エゼキエル(Ezequiel)‌‌」といった‌‌天使の名前‌‌でした。
    • UFO研究家は、彼らを‌‌ノルディック型宇宙人(extraterrestres nórdicos)‌‌であると主張しています。
    • ある説では、彼らは‌‌Imm III‌‌という惑星から来た「‌‌イマノス(immanos)‌‌」という人類であり、DNAは地球人と同じであるが、遺伝子構造が高度に発達していると主張されています。彼らは600年前に地球に来て、最初は‌‌イースター島(Isla de Pascua)‌‌に住み、巨大なモアイ像を建設したとされます。
  3. ‌能力と科学技術:‌

    • フレンドシップの住人は‌‌高度なテクノロジー‌‌を持っており、末期の‌‌がんなどの病気を治癒できる‌‌とされていました。
    • 彼らは‌‌テレパシー‌‌でコミュニケーションを取ることができ、また、‌‌出来事を予知する‌‌能力があるとされています。
    • 1985年8月17日のサンティアゴ上空のUFO目撃事件の際、彼らは無線を通じて、そのUFOがフレンドシップ島のものであり、‌‌動かすことができる‌‌ことを実演して見せたとされています。
    • 彼らは‌‌タイムトラベル‌‌の技術を持っており、それが故に未来の出来事(例えば、チャレンジャー号の事故)を予測できたと主張する説もあります。
    • 彼らは‌‌高度な科学知識‌‌を持ち、非常に高い‌‌知能指数‌‌を持っているとされています。
    • 彼らは‌‌細胞を再生‌‌することでがんを治癒したとされており、エルネスト・デ・ラ・フエンテは肺がんから回復したと主張しました。

III. 神話の検証と反論(Fraude y Contradicciones)

フレンドシップの伝説は、その魅力的な特徴にもかかわらず、その起源と信憑性について多くの懐疑的な見方を引き起こしています。

  1. ‌詐欺(Fraude)としての伝説:‌

    • 徹底的な調査により、この物語は実際には主要な拡散者である‌‌エルネスト・デ・ラ・フエンテ‌‌による「‌‌注意深く構築された詐欺(un fraude cuidadosamente construido)‌‌」であったと暴露されました。
    • デ・ラ・フエンテは、‌‌末期がんから治癒したという主張‌‌や、エンジニアまたはサウンドエンジニアとしての経歴など、‌‌自身の過去について多くの嘘‌‌をついていたことが、後の調査で判明しています。
    • デ・ラ・フエンテの物語は、‌‌彼の人生の他の嘘と結びついていた‌‌ことが指摘されています(例:ベトナム戦争への参加、ミティルスII号が彼の幼少期のボートの名前を模倣していたこと)。
    • 「イマノス」の説を提唱するソースは、デ・ラ・フエンテが治癒したという話は「‌‌目立つための捏造(inventó la fábula de que fue llevado a la isla y curado de un cáncer)‌‌」であると断言しています。
    • 2000年には、新しいコンタクト人物の「エマヌエル」が、‌‌サンティアゴのラ・シスエルナにある自宅‌‌から無線通信を行っていたことが、テレビ番組『OVNI』の追跡調査(電波方向探知機を使用)によって暴露されました。この通信は南アウストラルから発信されたものではなかったことが判明しました。
  2. ‌UFOの正体:‌

    • 1985年8月17日にサンティアゴ上空で目撃されたUFOは、後に‌‌フランス宇宙研究センター‌‌が打ち上げた‌‌MIR気球‌‌であった可能性が示されています。
  3. ‌連絡役の過去と政治的背景:‌

    • デ・ラ・フエンテは、チリの独裁政権時代に‌‌2人の学生の失踪に関与し、車を提供していた‌‌という過去があり、その名はレッティグ報告書(informe Rettig)に記載されています。この事実は、彼が「島に人を運び、‌‌人々を失踪させた‌‌」と語ったことが、チリの歴史における失踪者の悲劇の‌‌メタファー‌‌であった可能性を示唆しています。
    • この神話が、独裁政権下での拷問や失踪といった‌‌国内の深刻な問題から人々の注意をそらすための心理作戦(psiop)‌‌または軍事的な策略であったという陰謀論も存在します。
  4. ‌島の非存在:‌

    • 島の存在を示す‌‌確固たる物理的証拠は一度も見つかっていません‌‌。
    • 海軍や民間による2度の捜索隊が派遣されましたが、島を発見できませんでした。
  5. ‌モルモン教とナチスとの関連の推測:‌

    • フレンドシップの住人が外国人観光客や‌‌モルモン教徒‌‌に間違われるという言説から、この神話とモルモン教の関連が噂されました。
    • また、住人のノルディックな外見や、コンタクトが始まった時代の政治的背景から、‌‌ナチスの元幹部‌‌がチリ南部に隠れ住むコミュニティ(コロニア・ディグニダのような事例に類似)ではないかという陰謀論も存在します。ただし、「イマノス」説では、ナチスとの関連は現実から最もかけ離れた説であると断言されています。

フレンドシップ島の伝説は、‌‌奇跡的な治癒(治療)‌‌、‌‌高度な科学技術‌‌、‌‌地下基地の存在‌‌、そして‌‌ノルディックな外見を持つ謎の指導者‌‌といった特徴で彩られていますが、その全てが、主要な情報源の‌‌捏造‌‌によって支えられていた可能性が高いという結論に達しています。この物語は、UFO現象を単なる宇宙人の話としてではなく、‌‌人間の信じる欲求‌‌や、‌‌チリの歴史的・政治的文脈‌‌を反映したものとして捉え直す必要性を示しています。

神話成長の経緯

AI

「イスラ・フレンドシップの神話(Mito de la Isla Friendship)」というより大きな文脈において、これらのソースが神話の‌‌普及とメディア露出(Divulgación y Exposición Mediática)‌‌について述べている内容は、この物語がごく一部の愛好家の間で誕生し、スペインの専門誌を通じて広がり、その後チリのテレビ番組によって国民的な現象へと爆発的に拡大し、最終的にはドキュメンタリーを通じて厳しく検証されたという、段階的な変遷を示しています。

I. 黎明期:アマチュア無線家(オンセ・メトリスタ)による初期の接触(1980年代)

神話の起源は、インターネットや携帯電話が存在しなかった1980年代半ばの‌‌無線通信(radiocomunicación)‌‌にあります。

  • ‌ニッチな拡散:‌‌ 当初、フレンドシップ島に関する話は、‌‌オンセ・メトリスタ‌‌(CB無線帯域の利用者)と呼ばれる少数の無線家グループ、その友人や家族、そして一部のチリのUFO研究家(ufólogos)にのみ知られていました。
  • ‌ラジオ番組での言及:‌‌ 1998年以前にも、ラジオ番組『Saludando la noche』の「Mundo Espacial」コーナーなど、特定のラジオ番組でこの話題が取り上げられていた可能性はあります。
  • ‌中心的な出来事の記録:‌‌ 1985年8月17日のUFO目撃事件の際、オクタビオ・オルティス(ルセロ局)とアリエルとの間で交わされた無線交信は録音されており、これが後にメディア露出の核となりました。

II. 神話の世界への進出:スペインの専門誌による普及(1998年)

神話が一般に知られるようになった「次の段階」は1998年に始まりました。

  • ‌カセットテープの到着:‌‌ 1988年または1989年頃、チリのUFO研究家リリアーナ・ヌニェスから、スペイン(バルセロナ)に住んでいたチリの調査員ラウール・ヌニェス・ガルベスに、フレンドシップ関連のオーディオテープが送られました。
  • ‌『Karma 7』の独占記事:‌‌ ラウール・ヌニェスは、このテープを雑誌『Karma 7』で協力していたスペインのジャーナリスト、‌‌ジョセップ・ギハロ‌‌に聞かせ、ギハロはこのテーマに魅了されました。
  • ‌現地調査と記事出版:‌‌ ギハロは1998年2月と4月にチリを訪問して情報収集を行い、1998年6月、スペインの雑誌‌‌『Karma 7』‌‌(第292号)でフレンドシップ島に関する最初の記事を出版しました。この号には、‌‌「宇宙人の声を聞け」‌‌というテキストとともに、1985年8月17日の有名な無線録音の一部を収録した‌‌カセットテープ‌‌が同梱され、ヨーロッパの読者に詳細な物語が初めて伝えられました。
  • ‌国内紙での初期報道:‌‌ ギハロのチリ滞在中、日刊紙『Las Últimas Noticias』が彼の来訪と神話の調査について記事を掲載しました。これが地元メディアでこの神話が言及された最初期の例である可能性があります。
  • ‌国内雑誌の追随:‌‌ スペインでの出版を受け、チリ国内の雑誌(Conozca MásOvnivisiónRevelación)もフレンドシップに関する記事を書き始め、物語は広く一般に知られるようになりました(vox populi)。

III. 国民的な爆発:TVNのドキュメンタリーシリーズ『OVNI』(1999年〜2000年)

この物語の‌‌真のメディア爆発(explosión mediática)‌‌は、1999年半ばにテレビで起こりました。

  1. ‌『OVNI』第一回放送(1999年):‌

    • 1999年6月17日、チリ国営テレビ(TVN)の番組‌‌『OVNI』‌‌が「ラ・イスラ・デ・フレンドシップ」と題されたエピソードを放送しました。
    • このエピソードは、UFO研究家のロドリゴ・フエンサリダによると、ネタ切れのために「穴埋め(de relleno)」として制作されたものでしたが、そのインパクトは計り知れないものでした。
    • 番組では、主要なコンタクティである‌‌オクタビオ・オルティス‌‌と、神話の主要な拡散者である‌‌エルネスト・デ・ラ・フエンテ‌‌(末期肺がんから島で治癒したと主張)がインタビューされました。
    • ‌社会的な影響:‌‌ この番組の司会者が、高い信頼性を持つ‌‌パトリシオ・バニャドス‌‌であったことも、物語の信用を高めました。また、多くのチリ人が1985年8月17日にサンティアゴ上空で目撃されたUFO事件を覚えていたため、番組は大きな反響を呼びました。特に、デ・ラ・フエンテの治癒の主張を聞いた多くの人々が、TVNに島への連絡方法を求めて電話をかけました。この出来事はフレンドシップ島の歴史における「節目(hito)」となりました。
    • ‌調査の試み:‌‌ 『OVNI』の制作チームは、島の所在座標を入手し、チリ海軍の哨戒艇を使って捜索を試みましたが、悪天候のため到達できませんでした。
  2. ‌『OVNI』第二回放送(2000年)と詐欺の暴露:‌

    • 大きな反響を受け、2000年10月27日に続編「フレンドシップへの帰還(Regreso a Friendship)」が放送されました。
    • この回では、新たなコンタクティ集団「‌‌Vanrash‌‌」と、リーダーである「‌‌エマヌエル(Emanuel)‌‌」が特集されました。
    • ‌決定的な暴露:‌‌ 制作チームは、ロベルト・アランシビアら懐疑的な元メンバーの協力を得て、‌‌電波方向探知機(radiogoniómetro)‌‌を使用してエマヌエルの通信元を追跡しました。その結果、エマヌエルは遠く離れた南アウストラルからではなく、‌‌サンティアゴのラ・シスエルナにある自宅‌‌から、ギジェルモ・アリアスという人物によって発信されていたことが判明し、詐欺が公に暴かれました。

IV. 最近のメディア露出と神話の再検証(2010年代以降)

詐欺が暴露されたにもかかわらず、フレンドシップの神話は生き続け、メディアはそれを再検証する方向へとシフトしています。

  • ‌継続的な言及:‌‌ 2012年には短編映画『¿Sabe usted algo de la isla Friendship?』がカンヌ映画祭で公開され、History Channelのシリーズ『Inexplicable: Latinoamérica』でも取り上げられました。
  • ‌パトリシオ・アブスレメの著作(2023年):‌‌ 調査ジャーナリストである‌‌パトリシオ・アブスレメ・ホフマン‌‌は、広範なモノグラフ『El secreto de Isla Friendship』を出版し、この物語が「‌‌主要な普及者の一人によって慎重に構築された詐欺‌‌」であったことを厳密な資料とインタビューに基づいて暴露しました。
  • ‌Netflixドキュメンタリー『Isla Alien』(2023年):‌‌ クリストバル・バレンズエラ監督のドキュメンタリー『Isla Alien』は、劇場公開後、‌‌Netflix‌‌で配信され、この神話を世界的なプラットフォームに乗せました。
    • このドキュメンタリーの目的は、神話そのものを宣伝するのではなく、「‌‌神話を解体しようと試みる‌‌」ことにありました。
    • 特に、神話の主要人物であるエルネスト・デ・ラ・フエンテの虚偽(末期がんの治癒や、エンジニアとしての経歴など)を暴き、さらに彼の‌‌チリ独裁政権下の学生失踪事件への関与‌‌を‌‌レッティグ報告書‌‌を通じて明らかにし、神話の暗い政治的側面を浮き彫りにしました。監督は、この物語が「信じることへの必要性」や、当時の政治的状況(メディア統制、トーチャーの時代)からの注意をそらすための「メタファー」であった可能性を示唆しています。

このように、フレンドシップ島の物語は、ニッチな無線通信から始まり、国際的な出版物と国内のテレビ番組(特に『OVNI』)によって国民的な「伝説(leyenda contemporánea)」へと変貌を遂げ、最終的には、デマ(bulo)として断定されながらも、その複雑な起源と心理的・政治的な背景が現代のドキュメンタリーで深く掘り下げられています。

神話の捏造が暴露された経緯

AI

ご提示いただいたソースに基づいて、チリの「イスラ・フレンドシップの神話(Mito de la Isla Friendship)」というより大きな文脈における、‌‌懐疑論と調査(Escepticismo e Investigaciones)‌‌について各ソースが伝えている内容は、この神話が初期のメディア露出後、多くの懐疑的な検証の対象となり、その結果、主要な語り手の主張がほとんどすべて虚偽であることが暴かれ、神話の起源が詐欺や政治的背景と結びついている可能性が示された、という流れを詳述しています。

I. 懐疑論の台頭と初期の調査

フレンドシップの物語が1990年代後半にメディアで広く取り上げられるようになると、その信憑性について初期の懐疑論と調査が始まりました。

  • ‌物理的証拠の欠如:‌‌ フレンドシップ島の存在を裏付ける‌‌確固たる物理的証拠は一度も見つかっていません‌‌。神話は「都市伝説」または「直接的なデマ(bulo)」と見なされています。
  • ‌初期の捜索:‌‌ メディアの注目(TVNの番組『OVNI』など)を受け、島の捜索が試みられました。
    • 1999年、『OVNI』の制作チームは、‌‌チリ海軍‌‌の哨戒艇を用いて捜索を試みましたが、悪天候のため到達できませんでした。
    • 別の私的な捜索も行われましたが、やはり島を発見することはできませんでした。
    • 海軍の艦長の一人は、悪天候を理由に引き返したものの、後にインタビューで、人々から「あれはチリ南部に隠れた‌‌ナチス‌‌の集団ではないか」と告発されたことを明かしています。
  • ‌座標の検証:‌‌ 『OVNI』の制作チームは、軍関係者から提供されたとされる座標を使って船(チェコ出身の船長 Vaclav Novy の船)で5日間の捜索を行いましたが、その場所にあったのはただの‌‌海‌‌でした。
  • ‌UFO目撃事件の検証:‌‌ 神話の中心的な証拠の一つである1985年8月17日のサンティアゴ上空のUFOは、後に‌‌フランス宇宙研究センター‌‌が打ち上げた‌‌MIR気球‌‌であった可能性が示されています。
  • ‌アソシアシオン・エスケプティカ・デ・チレ (AECH) の見解:‌‌ チリ懐疑論協会は、島の存在を否定し、それを‌‌デマ‌‌と断定しています。

II. 決定的な調査:『OVNI』による詐欺の暴露(2000年)

懐疑論は、TVNのドキュメンタリー番組『OVNI』の調査によって頂点に達しました。

  • ‌「エマヌエル」の正体の追跡:‌‌ 1999年の最初の放送後、新たなコンタクティ集団「‌‌Vanrash‌‌」が現れ、リーダーの「エマヌエル」と名乗る人物が南アウストラルから無線交信を行っているとされました。
  • ‌電波方向探知機の使用:‌‌ 『OVNI』の制作チームは、懐疑的になったVanrashの元メンバーであるロベルト・アランシビアの協力を得て、‌‌電波方向探知機(radiogoniómetro)‌‌を使用し、エマヌエルの通信元を追跡しました。
  • ‌詐欺の公的暴露:‌‌ 2000年7月21日の夜、この追跡調査の結果、信号は遠い南部ではなく、サンティアゴの‌‌ラ・シスエルナにあるギジェルモ・アリアスの自宅内にある車‌‌から発信されていたことが判明しました。アリアス(エマヌエル)は、自分が持っていた小さな装置で島から送信していると否定しましたが、‌‌欺瞞は公に暴かれました‌‌。
  • ‌宗教的な要素の盗用:‌‌ 調査により、エマヌエルのメッセージの一部は、‌‌モルモン書(Libro de Mormón)‌‌からそのままコピーされていたことが判明しました。

III. 調査ジャーナリズムによる「詐欺」の断定(2023年)

近年の調査、特にジャーナリストのパトリシオ・アブスレメや映画監督のクリストバル・バレンズエラによる綿密な調査により、神話の起源自体が「詐欺」であったという結論が確固たるものになりました。

  • ‌アブスレメのモノグラフ:‌‌ 調査ジャーナリストの‌‌パトリシオ・アブスレメ・ホフマン‌‌は、著書『El secreto de Isla Friendship』(イスラ・フレンドシップの秘密)を出版し、この物語が「‌‌主要な普及者の一人によって慎重に構築された詐欺(un fraude cuidadosamente construido)‌‌」であったことを、厳密な資料とインタビューに基づいて暴露しました。
  • ‌デ・ラ・フエンテの嘘の立証:‌‌ 神話の主要な語り手であった‌‌エルネスト・デ・ラ・フエンテ‌‌に関する調査が行われ、彼の主要な主張のほとんどが嘘であったことが判明しました。
    • ‌治癒の虚偽:‌‌ 彼が‌‌末期の肺がんから島で治癒した‌‌という主張は、「目立つための捏造(inventó la fábula)」であると結論付けられました。彼が‌‌癌を患っていたという医学的文書は提示されず‌‌、彼は後に‌‌肺気腫‌‌で亡くなりました。
    • ‌経歴の虚偽:‌‌ 彼は‌‌エンジニアやサウンドエンジニアではなかった‌‌ことが判明しました。
    • ‌ベトナム戦争の虚偽:‌‌ 彼がベトナム戦争で戦ったという話は、調査の結果、‌‌記録がなく‌‌、‌‌同僚から盗んだ物語‌‌であったことが判明しました。
    • ‌島の情報源の虚偽:‌‌ 彼が語った島の詳細や連絡方法についても、彼の人生における他の虚偽と関連付けられていました。
  • ‌『Isla Alien』による再検証:‌‌ クリストバル・バレンズエラ監督のドキュメンタリー『Isla Alien』(2023年)は、神話を解体し、デ・ラ・フエンテの虚偽を暴くことを目的としました。

IV. 神話の起源と政治的・懐疑的な側面

調査は、この神話が単なるUFOの話ではない、より暗い背景を持つ可能性を示唆しています。

  1. ‌独裁政権との関連(政治的懐疑論):‌

    • デ・ラ・フエンテの調査で、彼の名前がチリの独裁政権下の‌‌レッティグ報告書(Informe Rettig)‌‌に記載されており、‌‌2人の学生の失踪事件に自家用車を提供して関与していた‌‌ことが判明しました。
    • ドキュメンタリー監督は、デ・ラ・フエンテが「島へ人々を運び、‌‌失踪させた‌‌」と語ったことは、‌‌チリの失踪者の悲劇の「メタファー」‌‌であった可能性を示唆しています。
    • 一部では、この神話自体が、独裁政権時代の拷問や失踪といった‌‌国内の深刻な問題から人々の注意をそらすための心理作戦(psiop)‌‌または軍事的な策略だったのではないかという憶測も存在します。ただし、ドキュメンタリー監督自身は、初期のコンタクトがごく少数であったことから、軍事作戦としては「失敗」であったと考えています。
  2. ‌UFO研究界隈の責任:‌

    • 『Isla Alien』の監督は、チリのUFO研究界隈(ufología chilena)が、デ・ラ・フエンテの嘘が知られていたにもかかわらず、この物語を擁護し続けたことを批判しています。
    • 神話が広まった背景には、「‌‌真剣な調査ではなく、娯楽のための製品‌‌」として制作されたTVNの番組『OVNI』が大きく関与しており、UFO研究家(ufología)がこのケースを「宣伝」したのに対し、真剣な調査を行う「オヴニロジー(ovnilogía)」によって詐欺が暴かれた、と結論付けられています。
  3. ‌継続的な信仰:‌

    • デ・ラ・フエンテの嘘が暴露されたにもかかわらず、多くの人々は神話自体を信じ続けています。ドキュメンタリー監督は、人々が‌‌「フレンドシップは真実であり、エルネストは嘘つきである」‌‌というように、両者を切り離して考える傾向があることを発見しました。これは、人々が「‌‌信じる必要性‌‌」を反映しているとされています。

V. エクストラテレストリアルの視点からの懐疑論(Elron Groupの主張)

コンタクトチャネリングを主張するエルロン・グループ(Grupo Elron)のソースは、独自の調査結果(Ruanelというエンティティとの対話)に基づき、フレンドシップ神話における多くの懐疑論を裏付けています。

  • ‌無線通信の否定:‌‌ フレンドシップ(イマノス)は無線では通信しないため、アマチュア無線家との交信は‌‌完全に偽り(absolutamente falso)‌‌であると断言されています。
  • ‌治癒と接触の否定:‌‌ デ・ラ・フエンテが癌を治癒したという主張や、チリ人が基地に連れて行かれたという報告は‌‌すべて虚偽(totalmente falso)‌‌であるとされています。彼ら(イマノス)は秘密を厳守しており、外界の人間を基地に入れることはありません。
  • ‌偽造紙幣の可能性:‌‌ 過去にフレンドシップが事故の賠償として渡したとされる、すべて同じ通し番号のチリの紙幣は、彼らが合法的な収入源(銀の交換やアメリカの科学者からのドル)を持っているにもかかわらず、‌‌イマノスが製造した偽造紙幣‌‌であったと確認されています。

要約すると、フレンドシップ島に関する懐疑論と調査は、まず物理的な島の発見の失敗から始まり、次にメディアの追跡調査による偽のコンタクティの暴露へと進みました。そして最終的に、この神話の基礎を築いた中心人物(エルネスト・デ・ラ・フエンテ)の人生そのものが、治癒の主張から経歴、さらには独裁政権との関連に至るまで、‌‌嘘と欺瞞に満ちていた‌‌ことが、厳密な調査ジャーナリズムによって明らかにされたのです。

情報源

ご提示いただいたソースに基づいて、今回使用された10のソースの詳細なタイトルと所在地情報を以下にリストアップします。

#詳細なタイトル (Título detallado)URL/所在地情報 (URL/Información de ubicación)
1‌"El secreto de Isla Friendship", el mito chileno que cruzó fronteras‌Factor el Blog
2‌#441 Los radioaficionados y la misteriosa isla Friendship por Rodrigo Fuenzalida‌YouTubeチャンネル "net de la tecnologia "
3‌Aida. Isla Friendship: 1‌maestroviejo (ウェブサイト名)
4‌DESMONTANDO EL GRAN MITO UFOLÓGICO CHILENO‌LITORALPRESS
5‌El hombre que dice haber estado en la Isla Friendship‌El Noticiero del Huasco
6‌Enigma de la Isla Friendship‌Scribd (sergio calfu氏によりアップロードされた文書)
7‌Friendship, mito y realidad‌Grupo Elron
8‌Isla Alien, el documental que indaga sobre el mito de Friendship y su intrincada relación con la dictadura‌Interferencia
9‌Isla Friendship‌Wikipedia, la enciclopedia libre (特定の取得元URL: https://es.wikipedia.org/w/index.php?title=Isla_Friendship&oldid=170137535)
10‌¿Caso Isla Friendship?‌r/chile - Reddit

‌補足事項:‌

ほとんどのソースにおいて、完全なウェブサイトのURLは提供されていませんでしたが、それぞれのソースの起源やプラットフォーム情報(ブログ名、YouTubeチャンネル名、ウェブサイト名、プラットフォーム名など)が記載されています。Wikipediaの記事については、記事の取得元のURLが参照情報として記載されています。

(2025-11-29)