Alex Grey : 意識の深層を描く
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要旨
このソースは、世界的芸術家であるアレックス・グレーとアリソン・グレーが、意識の諸相や創造性の源泉について語った対談をまとめたものです。
彼らはサイケデリック体験や瞑想を通じて得られる神秘的なビジョンが、いかにして芸術表現や自己の変容に結びつくかを深く考察しています。現実の背後にある多次元的な存在や、生と死、そしてすべてを繋ぐ愛のエネルギーについても独自の視点が示されています。
また、精神的な目覚めを促すための道具として、日々の記録(ジャーナリング)やマインドフルネスの重要性が強調されています。
全体を通して、個々の表現が神聖な想像力を形にする「薬」となり、世界を癒やす可能性を提示しています。
目次
- 要旨
- ビジョナリー・アートと意識の深層:アレックス・グレイ&アリソン・グレイ対談ブリーフィング
- アレックス・グレイとアリソン・グレイへのインタビュー:意識と創造性
- 意識の諸相:覚醒、夢、そして「源(ソース)」を理解するためのガイド
- 意識の状態
- 多次元的存在と実体
- 創造性と芸術
- 精神的哲学
- CosM(神精鏡の礼拝堂)
- 情報源
ビジョナリー・アートと意識の深層:アレックス・グレイ&アリソン・グレイ対談ブリーフィング
エグゼクティブ・サマリー
本文書は、著名なビジョナリー・アーティストであるアレックス・グレイおよびアリソン・グレイ夫妻へのインタビューに基づき、意識の諸相、サイケデリック体験、創造的プロセス、および死生観に関する洞察をまとめたものである。
主要な論点は以下の通りである:
- 意識の連続体: 覚醒、夢、サイケデリック状態は異なる次元へのアクセスであり、最終的には「源(ソース)」としての普遍的な意識に繋がっている。
- 異次元の存在: DMT等の使用時に報告される「マシン・エルフ」や蛇などのエンティティは、神聖な想像力の領域に属する存在であり、これらとの接触は自己や現実の理解に影響を与える。
- アートの役割: 芸術は個人の自己表現を超え、神性や宇宙的な相互連結性を伝えるための「医学」および「導管(チャネル)」として機能する。
- 肉体への責任: 霊的な探求を行う一方で、「肉体という器(ミート・バッグ)」を適切に管理し、現実世界での行動に責任を持つことの重要性が強調される。
- 聖なる鏡の礼拝堂(CoSM): 芸術を通じて神性を体現する物理的空間の構築(Entheonプロジェクト)が進められており、コミュニティにおける精神的覚醒の拠点となっている。
- 意識の諸相と多次元的リアリティ
アレックスとアリソン・グレイは、人間が経験する様々な意識状態を、現実の異なる次元への入り口として定義している。
覚醒、夢、サイケデリック状態の差異
- 覚醒状態: 概念的思考や、身体を動かすための運動学的知性が必要とされる多次元的な状態。
- 夢の状態: 奇妙でリアルな物語や領域に没入する状態。チベットのラマが夢の中で寺院の設計図を受け取った例に見られるように、夢は「ダキーニの知恵」や「デーヴァの知恵」にアクセスできる霊的な環境となり得る。
- サイケデリック状態: dosage(用量)に依存するが、現実が流動的になり、格子状のグリッドワークや色彩が重なり合う。5-MeO-DMTのような物質では、自己の境界が消失し、 boundless(無限)な意識の源と一体化する体験(「ゴッド・スワーリー」と表現される)をもたらす。
分離と統合
- 夢から覚める際、あるいは生と死の境界において、意識の断絶(カチャン、という感覚)が生じる。
- 死は、睡眠 や夢の間に保たれている意識の糸を統合し、内側も外側もない「完全な自由」の状態へと移行するプロセスである。
- 異次元の存在(エンティティ)との接触
サイケデリック体験、特にDMTの使用において、多くの人々が共通の存在を目撃することが議論されている。
- 一般的な形態: マシン・エルフ、蛇、昆虫のようなクリーチャー(蛾やバッタなど)が報告される。
- エンティティとの対話: アリソン・グレイがDMT体験中に遭遇した存在は、彼女の「より良いアーティスト、パートナー、親になるには?」という問いに対し、一貫して「もっと笑いなさい(Laugh more)」と助言した。
- 存在の性質: これらの存在が自己の無意識の投影なのか、あるいは独立した存在なのかは、現在も研究対象である。チベット仏教には、これらの異次元の存在に関する詳細な分類と階層が存在する。
- サイキック・パラサイト: 意識の門を開いた際に、負のエネルギーを引き寄せる可能性についても言及されており、シャーマンがこれらの存在を払う役割を果たすことがある。
- 創造的プロセスと芸術の使命
芸術家は、独自の経験というフィルターを通じつつ、宇宙的な創造的精神を具現化する導管であるとされる。
「導管」としてのアーティスト
- アーティストは「竹の節」や「ストロー」のような存在であり、天からのインスピレーションを地上に注ぎ込む役割を担う。
- アート・チャーチ(芸術教会): 瞑想しながら描画を行う月例イベント。沈黙の中で各参加者が独自のチャネリングを行い、視覚的なオブジェ クトへと変換する。
医学としての芸術
- 古代ギリシャにおいて劇場が病院の近くにあったように、芸術は精神を癒やし、肉体を回復させる「医学」の一種である。
- 美しいもの(花の生け花や掃き掃除された玄関など)を創り出すことは、それを見る人々への「癒やしの視覚的注入」となる。
- 霊的覚醒の契機:ラム・ダスと「極性の統合」
グレイ夫妻の人生と作品における主要な転換点は、1970年代の神秘体験とラム・ダスの影響にある。
- ラム・ダスの影響: 著書『Be Here Now』はアリソンの人生を劇的に変え、アレックスにとっても、真実を語る「アメリカのグル」としてのラム・ダスは不可欠な存在であった。
- 1976年6月3日の体験: 夫妻が同時に体験した「愛のエナジーの噴水」のヴィジョン。これにより、個人の自己表現から、相互連結性と神性をテーマにする芸術へと方向性が転換された。
- 極性の統合(Polar Unity): 1975年、アレックスは対立するものが灰色の濃淡によって統合されるという哲学に到達し、自身の姓を「グレイ(Grey)」に変更した。
- 実践的な知恵:身体管理と精神的ツール
高次の意識を探求する一方で、現代を生き抜くための具体的なアプローチが提示されている。
肉体(ミート・バッグ)の維持
- 「肉体を尊重せよ(Respect the meat bag)」。化学的・物理的な調整が必要な場合は適切に対応し、自身の行動に責任を持つことが強調される。
- アリソンは38歳の頃、エアロビクスのインストラクターとして身体を鍛え、それが後の人生のリーダーシップの基礎となったと述べている。
バッド・トリップの回避と対処
- セットとセッティング: 適切な精神状態と環境を整えることが不可欠。
- ポジティブな思考: 「私は愛の意識である(I am loving awareness)」といった祈りや、感謝している3つの事柄を思い浮かべることが、低い意識レベルから脱する助けとなる。
- 音楽の活用: バッハのオルガン曲(アルバート・シュバイツァー演奏)などは、地獄のような精神状態から天国へと引き上げる力を持つ。
ジャーナリングの重要性
- スケッチブックや日記を常に携帯すること。手書きの文字は独自の生命の物語を要約した「一点集中の意識(one-pointed awareness)」の現れである。
- アレックスは1971年から全ての記録を保管しており、これを「タイム・ソーセージ(時間のソーセージ)」と呼んでいる。
- 社会的・建築的ビジョン:Entheon
グレイ夫妻は、ニューヨーク州に「聖なる鏡の礼拝堂(CoSM)」を設立し、芸術による精神的覚醒の場を提供している。
- Entheon(アンセオン): 現在進行中の建築プロジェクト。3階建ての建物に彫刻的な顔を配置し、「神性を内包する場所」としての寺院を目指している。
- ヴィジョニング: 小さな彫刻を祭壇に置き、多くの人々が共に視覚化することで、高額な建設費用や複雑なエンジニアリング(装飾コンクリート技術など)を現実のものとしてきた。
- 現代建築への批判と期待: 効率性やボトムライン(収益)を優先するミニマリズムに対し、古代の寺院のような装飾的で精神性の宿る建築の復活を提唱している。
- 結論:苦しみの中のコンパッション
対談の終盤では、仏教的観点から「苦しみ(ドゥッカ)」の性質が議論された。
- 世界は絶えず不満足な状態にあるが、ティク・ナット・ハンが述べたように、苦しみがあるからこそコンパッション(慈悲)が存在し得る。
- 全ての存在が解放されるまで自らも戻り続けるという「菩薩の誓い」が、この混沌とした世界で活動し続ける動機となっている。
アレックス・グレイとアリソン・グレイへのインタビュー:意識と創造性
| トピック | アレックス・グレイの見解 | アリソン・グレイの見解 | 関連する精神状態・物質 | 提供されたアドバイス・教訓 |
|---|---|---|---|---|
| サイケデリック体験と神性 | 境界のない無限の源との一体化を体験する。1976年の体験では、自分たちが愛のエネルギーの噴水のような「ノード(結節点)」であると感じた。 | 1976年に二人で同時に神性を目撃したことが、自己中心的な芸術から精神性を主題とする芸術へ転換する決定的な契機となった。 | LSD、5-MeO-DMT、愛のエネルギー | 自らの創造性を開くための手段として、暗い部屋で一人でLSDを摂取するアプローチを( 自身の経験として)示唆している。 |
| 次元間存在 (Interdimensional Beings) | これらが無意識の投影か実在する存在かという問いに対し、チベット仏教の体系などを用いて階層化・分類して理解を試みている。 | DMT体験でエンティティに遭遇した際、より良い芸術家・パートナー・親になる方法を尋ね、「もっと笑いなさい」という教えを受けた。 | DMT、アヤワスカ、マシンエルフ | 存在の真偽は研究途上だが、芸術家はこうした精神的現実とのつながりに依存して表現を行っていることを認識すべきである。 |
| 芸術の役割と創造性 | 芸術家は天のエネルギーを吸い上げる「竹の管」のような媒介であり、進化する意識の方向性を具現化する役割を持つ。 | 創造性は頭頂部から入る漏斗のようなイメージであり、個々のフィルターを通じて独自のスタイル(ブランド)として現れる。 | 創造的精神、マインドフルネス | インスピレーションを逃さないよう常にスケッチブックを持ち歩き、感情に色や形を与えて記録する習慣をつけること。 |
| 意識の諸状態 | 覚醒、夢、サイケデリック状態はそれぞれ異なる次元へのアクセスであり、特定の脳波や内外の物質がその扉を開く。 | 夢から覚めることは「小さな誕生」であり、死は夢と覚醒の間の断絶を埋める「意識の糸」が統合されるプロセスである。 | 脳波、内因性/外因性物質、夢、覚醒状態 | 夢の状態を、次元を超えた知恵を受け取るための「ドリーム・ヨガ」のような精神的修行の環境として扱うこと。 |
| バッドトリップ・困難への対処 | バッハの音楽(特にオルガン 曲)を聴くことで、地獄のような心理状態から天国的な領域へと意識を運ぶことができる。 | 「私は愛の気づきである」という祈り(アファメーション)や、感謝している3つの事柄を数えることで、低次元の意識から脱却できる。 | ケタミン、バッハの音楽、感謝の念 | ポジティブな思考や祈りを、困難な精神状態から引き上げてくれる「ロープ」として活用し、セットとセッティングを重視すること。 |
意識の諸相:覚醒、夢、そして「源(ソース)」を理解するためのガイド
- 意識の全体像:多次元的な「劇場」とし ての精神
意識とは、単なる思考の集積ではありません。それは常に変化し続ける出し物を映し出し、壮大な物語を上演する「偉大なる劇場」です。私たちは普段、目の前の物理的現実という唯一の舞台にのみ没入していますが、実際には意識のスポットライトが当たっている場所が変わるだけで、舞台裏には想像を絶する豊かさと知恵を湛えた「太古の、そして根源的な(プリモーディアルな)」景観が広がっています。
私たちの精神は、特定の周波数にチューニングできる「多次元的なアンテナ」のようなものです。どのチャンネルを選ぶかによって、映し出されるリアリティは全く異なる次元へと切り替わります。日常的な「覚醒」は、実は広大な宇宙の放送網の中の一つのチャンネルに過ぎません。その背後には、物質界の境界を超えた、振動するエネルギーの海が静かに波打っているのです。私たちが日常的に経験するこの「覚醒」という狭い光の背後に、いかに広大な意識のネットワークが張り巡らされているか、その予感と共に深淵なる旅を始めましょう。
- 三つの意識状態の比較分析:覚醒・夢・サイケデリック
意識は断絶した断片ではなく、一つの連続した「スレッド(糸)」によってつながっています。以下の表は、私たちが通過する主要な次元の特性を整理したものです。
意識状態 主な特徴 身体・環境との関係 得られる知恵・教訓 覚醒 概念的知能と運動感覚的知能を駆使する「物質的トランス」。 肉体という「スペーススーツ」を纏い、物理法則に従って二元的な世界を航行する状態。 「極性の統合(ポーラー・ユニティ)」の認識。物質界で の責任と、自己のアイデンティティの形成。 夢 物理法則が消失し、シナリオが瞬時に変化する多次元環境。 「ラバールーム(ゴムの部屋)」のように柔軟な現実。内面的なイメージが即座に外在化する。 「ダイニ(空行母)」や「デヴァ」の知恵。チベットのラマが夢で「寺院の設計図」を受け取ったような、高次元の導き。 サイケデリック 境界が消失し、流動的なグリッド構造や色の火花が舞う異次元へのアクセス。 5-MeO-DMT等による「ホワイトアウト」。肉体の感覚が消え、「源(ソース)」との境界が完全に失われる。 「ゴッド・スワーリー(神の渦)」によるエゴの洗浄。分離のない「源」との一体化と、宇宙的な愛の体感。
- 「ソース(源)」との一体感:自己という境界の融解
深い瞑想やサイケデリック体験の最深部で遭遇する「ソース」とは、あらゆる存在を貫く「超越的な光」です。それは、私たちが単なる個体ではないことを思い出させてくれます。
- 分離の消失(ゴッド・スワーリー): 自己と宇宙、あるいは自己と神の間に境界線など存在しないという圧倒的な真実の認識です。それはまるで神に頭を洗われている(ゴッド・スワーリー)かのような、衝撃的で愛に満ちたアイデンティティの再起動です。
- 愛のエネルギー(トーラス状の泉): ソースは無限に循環する光の噴水、すなわち「トーラス状のエネルギー体」として現れます。私たちはその噴水の一筋であり、同時に全体でもあります。特筆すべきは、私たちはこの「精神の体における一つの細胞」として特定の次元を探索し、体験をソースへと「報告(レポートバック)」する役割を担っているという点です。
- 神聖なるアイデンティティと「秘められた文字(シークレット・ライティング)」: 物理的な肉体は一時的な器に過ぎません。意識の探求者アリスン・グレイが目撃した「シークレット・ライティング(神の言語)」は、万物の表面を洗い流し、すべてが神聖な知性で構成されていることを示しました。私たちはソースそのものであり、この「スペーススーツ」を着て物質界という夢を旅しているのです。
この深淵な一体感から戻ったとき、私たちはもはや自分を「孤立した点」としてではなく、万物を結ぶ「存在の網(ネット・オブ・ビーイング)」の不可欠な結節点として定義し直すことになります。
- 異次元の存在と「神聖なる想像力」の領域
探求の途上、私たちは「マシン・エルフ」や昆虫のような形をした「エンティティ(異次元の存在)」に遭遇することがあります。これらは「神聖なる想像力」の領域に住まう住人たちです。
- 精神の生態系と「掃除屋」: コスタリカでの体験談にあるように、ある者は巨大な蛾やカマキリのような存在を目撃します。これらは「スピリチュアルな生態系」の一部であり、参加者が放出したネガティブな「 purge(浄化された泥)」を食べる掃除屋のような役割を果たしています。これらは恐怖の対象ではなく、私たちの精神的な器をクリーニングしてくれる慈悲深い存在なのです。
- 「もっと笑え」という教え: エンティティたちは、しばしば極めてシンプルで本質的な助言を与えます。ある探求者が「どうすればより良い人間になれるか」と問うた際、彼らはただ「もっと笑え」と答えまし た。この「笑い」こそが、深刻すぎるエゴを解き放ち、内面を浄化する最強の薬となります。
これらの存在が自分の無意識の投影か、独立した実体かという問いはさておき、重要なのは彼らとの対話を通じて、自分自身の「精神的な器」を整えるプロセスそのものにあります。
- 誕生、死、そして意識の連続性(アコーディオンのメタファー)
意識の旅において、誕生と死は終止符ではなく、急激な「シフト」です。これを理解するために、アコーディオンの比喩を用いましょう。
- 時間のアコーディオン:
- 短縮されたアコーディオン(サイケデリック体験): わずか数時間の間に一生分の浄化、恐怖、そして至福を凝縮して経験すること。
- 引き伸ばされたアコーディオン(一生): 数十年をかけてゆっくりと展開される物質界での学び。
- インカーネーション(転生)の契約: 私たちはこの物質界に降り立つ際、ある「契約」に署名したことを忘れています。それは「この不完全で、死にゆく、無常な器(肉体)を受け入れる」という同意です。この契約により、私たちは二元性のゲームをプレイすることが可能になります。
- 死という解放と「輝く核」: 死とは、肉体という「ナッツの殻」から解放され、目覚めることのない自由な夢へと移行することです。そこには内も外もありません。私たちは次の転生を選ぶまで、純粋な「輝く核(ラディアント・カーネル)」として存在し続けます。死は恐れるべき終焉ではなく、アコーディオンが閉じられ、再び開かれるための神聖な静止なのです。
- 内面的成長のため の実践的ツール
日常生活の中で自分のチャンネルをクリーンに保つことは、この肉体という「ミートバッグ(肉の袋)」に対する私たちの責任です。
- マインドフルネスと「タイム・ソーセージ(時間のソーセージ)」: 思考や感情に色や形(丸いか、鋭いか)を与え、ジャーナルに記録しましょう。アレックス・グレイのように、スケッチブックの背表紙に白ペンで日付を記す習慣をつけてください。それはあなたの人生の断片が詰まった「タイム・ソーセージ」となり、自己の変容を可視化します。
- セットとセッティング(準備と環境): 内面への旅において、自分の心の構え(セット)と物理的な環境(セッティング)を整えることは絶対的な規律です。
- 祈りとアファメーション(言葉のロープ): アリスン・グレイが提唱するように、「私は愛の覚醒である」「私は変容である」「私は奉仕である」という言葉を繰り返してください。これは低次の意識の泥沼から自分を救い出す「ロープ」となります。
- 芸術という薬(アート・メディスン): バッハのオルガン曲(アルバート・シュバイツァーの演奏)が「恐怖のゾーン」から救い出してくれるように、美を創造し、享受することは魂への「視覚的な治癒注射」です。古代ギリシャで劇場の隣に病院があったように、芸術は世界を癒やす最も強力な「医学(メディスン)」なのです。
- 結論:目覚めた人生を送るために
私たちは皆、この多次元的な意識のドラマにおける演出家であり、主演俳優です。日々の生活の中で積み重なった「不自然さという barnacles(フジツボ)」、すなわち過去の執着や虚偽の物語を手放すことを恐れないでください。
このガイドは、あなたを単なる知識の習得へと誘うものではありません。今この瞬間を「輝く核」として、愛と笑いを持って生きるための招待状です。肉体という「ミートバッグ」を丁寧にメンテナンスしながら、意識のアンテナを常に高く掲げ、神聖なる想像力の海を共に泳ぎましょう。あなたはソースであり、愛であり、そして永遠に続く意識の冒険そのものなのです。
以下、mind map から
意識の状態
アレックスとアリソン・グレイにとって、意識とは単なる個人の脳の働きではなく、万物(花崗岩でさえも)に遍在する普遍的な根源です。彼らは、人間が経験する様々な「意識の状態」を、この広大で無限な意識ネットワークへのアクセスレベルの違いとして説明しており、それが彼ら の創造性とアートの核となっていると述べています。
日常の覚醒、夢、そしてサイケデリックな状態
彼らは、覚醒状態、夢、サイケデリックな状態がそれぞれ異なる次元や現実へのアクセスを提供していると考えています。
- 夢の状態: 夢の中では、私たちは完全に奇妙な領域や筋書きを「現実」として没入して受け入れています。彼らは夢の状態を単なる脳の処理としてではなく、チベット仏教の夢のヨーガ(マスターから直接教えや寺院の設計図を受け取るような事例)のように、偉大な知恵を受け取ることができる「霊的な環境」として捉えています。
- サイケデリックな状態: サイケデリックな体験は夢の世界と類似しており、現実の複数の次元へのアクセスを開きます。この状態では環境が流動的になったり、網目模様が見えたりするだけでなく、物理的な環境が完全に消去される「ホワイトアウト」を経験することもあります。この状態では、自分が「安全な自己」として持っていた物語や肉体の感覚を失うため恐怖を感じることもありますが、最終的には自分と「意識の源(ソース)」との間に境界がないことを認識し、無限の宇宙的意識と溶け合う体験をもたらします。
生と死、そして意識の移行
アリソン・グレイは、睡眠と覚醒の間の移行(ガチャン、ガチャンという切り替え)を、誕生と死の経験に例えています。誕生が心身にとっての突然の試練であるように、死もまた試練ですが、死は意識の途切れやギャップを終わらせるものだと彼女は説明し ます。絶えず目覚めたり眠ったりするサイクルから解放され、意識の糸を持ったまま、完全な自由の中で冒険を続けることができる状態が死であると捉えています。
「帯域幅」の制限と二元性のゲーム
グレイ夫妻によれば、すべての存在は意識を持っていますが、人間は物質界に忙殺されているため、意識の「帯域幅(バンド幅)」が制限されています。しかし彼らは、神とのつながりや光の記憶を忘却した「記憶喪失」の二元的な状態(人間の宇宙服を着た状態)に飛び込むことは、非常に勇敢な行為であると示唆しています。私たちは、すべてを忘れた状態からゼロから記憶を取り戻すという、神との「いないいないばあ」のようなゲームを生きているのです。
意識の状態が創造性(アート)に与える影響
これらの意識状態の探求は、彼らのアートの方向性を決定づける極めて重要な背景となっています。1976年、二人はLSDによるサイケデリックな状態の中で、自分たちが愛のエネルギーの「トロイダル(ドーナツ型)の噴水」であり、神や霊の無限の身体を構成する細胞の一部として互いに結びついているという神秘体験を共有しました。この「相互接続性」のビジョンを共有したことで、彼らのアートは個人的な「自己」を探求するものから、精神性や超越的な光、そして生命のつながりを探求するものへと完全にシフトしました。
彼らにとって創造的な精神とは、宇宙の無限の供給源にアクセスし、自分自身を天のエネルギーが注ぎ込まれる「導管(ストローや竹のようなもの)」として機能させる状態を意味しています。意識の状態を広げることは、この普遍的なインスピレーションを受信するアンテナを磨き、それを物質世界に「アート」として顕現させるためのプロセスなのです。
多次元的存在と実体
アレックス・グレイとアリソン・グレイにとって、多次元的存在や実体(エンティティ)は、人間の意識がアクセスできる「神聖な想像力の領域」や霊的な現実の一部として位置づけられています。彼らは、人間の意識が特定の状態(夢やサイケデリック体験など)に拡張された際に出会うこれらの存在について、創造性や宇宙の真理と深く結びつけて説明しています。
変性意識状態における実体との遭遇
グレイ夫妻は、夢やサイケデリックな状態において、別の次元の存在と遭遇し、彼らから叡智や影響を受けることがあると述べています。
- 夢の中のマスター: 明晰な夢の状態は霊的な環境になり得ます。例えば、チベット仏教のラマが夢の中で別の次元の存在から直接寺院の設計図を受け取り、それを現実世界で建設した事例が紹介されています。
- DMT体験と「笑う実体」: アリソン・グレイは、DMTを吸引した際に角を曲がって現れ、彼女を笑う実体に遭遇しました。彼女がその存在に「どうすればより良いアーティスト、パートナー、親になれるか」と尋ねると、実体はただ「もっと笑いなさい」とだけ答えて消え去りました。
- アヤワスカと「浄化」の精霊: サイケデリック体験中には、昆虫や蛾の姿をした存在が現れることが報告されています。シャーマンによれば、彼らは人間の浄化(パージ)の際に出るネガティブな排泄物やエネルギーを「食べる」ために集まってくる存在であり、アレックスはこれを集団のエネルギーを飲み干して空間を浄化する神々や悪魔の姿に例えています。
実体の正体:無意識の投影か、独立した存在か
アレックスは、これらの実体が「自分の無意識を映し出す無限のびっくりハウスの鏡」に過ぎないのか、それとも「独自の意図を持ち、人間を食物連鎖の一部とするような独立した存在」なのかは、現在も研究されている未解決の疑問であると指摘しています。チベット仏教ではこれらの次元間の存在を階層化して明確に分類しています。アレックス自身は、地球外生命体、天使、悪魔、異次元の存在などはすべて同じ「奇妙なものの全体」の一部であり、人間の本性と同じように彼らの世界にも「光と闇」の両方が存在すると考えています。
「憑依」とアーティストの創造性
この多次元的な実体との関係は、彼らの創造性(アート)の概念にも直結しています。 私たちは通常、ハイヤーセルフや過去の親族、守護天使といった霊的な存在の側近たちに囲まれて関係を持っています。しかし、サイケデリック体験などで無自覚に「扉」を開けてしまうと、エネルギーを奪う「サイキック・パラサイト(精神的な寄生虫)」が入り込む危険性もあります。
創造性の観点から見ると、アーティストはこの霊的な現実世界との繋がりに依存しており、時には他の人格や力をチャネリング(媒介)することがあります。アレックスは、ピカソが「自分は憑依されている」と語ったことや、ソクラテスが導き手として内なる声(ダイモーン)を持っていたことを挙げ、ある種の力に憑依されることが芸術的インスピレーションの源になる可能性を示唆しています。ただしアリソンは、創造性や人生のトラブルをすべて「何かに憑依されたから」と責任転嫁するのではなく、物理的な世界にいる以上は自分の肉体や行動に対して自ら責任を持つべきだと強調しています。
究極の意識の「劇場」
数多くの奇妙な異次元の存在との遭遇を探求しているものの、アレックスは最終的に、それがどのような種類のエイリアンや実体であっても、それらを映し出しているのは自身の意識という「巨大な劇場」であるという核心を忘れてはならないと述べています。 多次元の存在が引き起こす現象や迷宮のような物語に気を取られるのではなく、背景にある「すべては一つであり、神の源(ソース)と繋がっている」という意識の究極の性質に目覚めることこそが最も重要であると彼は結論づけています。
創造性と芸術
アレックス・グレイとアリソン・グレイにとって、芸術とは単なる自己表現の手段ではなく、目に見えない意識の深層や多次元的な現実を物理的な形に翻訳する神聖なプロセスです。彼らは創造性を、人間の存在そのものや宇宙の進化と深く結びついたものとして語っています。
「自己」から「精神性と相互接続性」へのシフト
彼らの芸術の方向性を決定づけたのは、1976年のLSDによる神秘体験です。二人は、自分たちが愛のエネルギーの「トロイダル(ドーナツ型)の噴水」であり、神や霊の無限の身体を構成する細胞の一部として互いに結びついているというビジョンを同時に共有しました。この体験を通じて、彼らはアートの主題を個人的な「自己(エゴ)」の探求から、生命の相互接続性や普遍的な精神性へと完全にシフトさせました。
導管(チャネル)としてのアーティストと独自のフィルター
彼らは、宇宙には常に創造的なエネルギーが流れており、アーティストはその天のエネルギーを吸い上げる「ストロー」や「竹」のような導管(チャネル)として機能することを選択できると述べています。彼らが毎月開催している「アート・チャーチ」では、瞑想しながら頭頂部から漏斗(ファネル)のようにインスピレーションを取り込み、指先から紙へと流し込むという視覚化を行っています。
しかし、チャネリングされた普遍的な情報であっても、それがアーティスト自身の人生経験という独自の「フィルター」を通ることで、比類のない独自の芸術(ブランド)として顕現します。これまでの人生で得たすべての影響や経験が、美醜や善悪を判断する瞬間に集約され、客観的な普遍のエネルギーが主観的でユニークな芸術へと変換されるのです。
霊的な現実とのつながりと「憑依」
多次元的存在の文脈でも触れられたように、アーティストはこの霊的な現実との繋がりに依存しており、時には他の人格や力をチャネリングすることがあります。ピカソが「憑依されている」と感じていたことや、ソクラテスが導き手として内なる声(ダイ モーン)を持っていたように、芸術的インスピレーションはこれらの見えない力との関係性からもたらされることがあります。
日常の創造性と「ジャーナリング」の魔法
創造性は絵画や彫刻に限定されません。文章を書くこと、料理、ガーデニング、あるいは単に朝起きて世界をどう動くかさえも、すべて創造的な精神の表現です。彼らは自身の創造性を開くための最も実用的で効果的な習慣として、常にノート(ジャーナル)を持ち歩き、手書きで思考やインスピレーションを書き留めることを強く推奨しています。この行為は、ペンの先に「一点集中型のマインドフルネス」をもたらし、自分の人生の物語を物理的な世界に定着させる魔法のような実践だと語っています。
「薬(メディスン)」としての芸術と集団的ビジョン
最終的に、彼らは芸術とは「薬(メディスン)」であると位置づけています。古代ギリシャの病院に美しい装飾や劇場が併設されていたように、肉体の治癒には精神の治癒が不可欠です。ポーチを掃除したり、花を飾ったりといったささやかな行為でさえ、世界を美しくすることは、そこを通り過ぎる人々の精神に「癒しの注射」を与えるようなものだと語っています。彼らが手掛ける「聖なる鏡の礼拝堂(CoSM)」や現在建設中の「エンテオン(Entheon)」も、大勢の人の祈りと想像力を結集させてビジョンを物理的な空間として立ち上げるという、巨大な癒しと創造性のプロジェクトなのです。